心が風邪を引いていた

こころの風邪


ここ最近精神的不調が続いていた。
毎日眠い。眠いくせに布団に入ってもなかなか寝付けず、目覚めるのはしっかり朝の4時台だ。

鬱は『こころの風邪』なんてよく言われたりする。
私はもう若い頃から何度も鬱気味になっている。
だから『あ、こころが風邪っぽいな』と気づけるのがわりと早いほうだと思う。

20代の終わり頃になった鬱が一番ひどかった。
無力感で何も出来なくなった。
息をしているだけの『何か』になっていた時期。
死にたいと思うラインも通り越して全てがめんどくさかった。
よくあそこから戻ってこれたなと未だに思う。

その経験から「これ以上行くとあの日のようになる」という一つの感覚のようなものが身についている。

身体で言えば「喉が痛いからのど飴をなめておこう」とか「お腹が痛いから整腸剤を飲んでおこう」とか。
軽症のうちにちょっとした対処すれば悪化しづらいのと同じで、やばいと思ったら素直に心をストレスから離し、休養を取る。
それだけで極端に酷い状態まで落っこちることは防げる。

鬱をこじらせるときというのは大抵「大丈夫、まだやれる」とそこで踏ん張って立ち向かってしまうときだ。立ち向かってはいけない。

しかし今回、何が原因かさっぱりわからない。

今までだったら子どもが登校拒否やら登園拒否をしているという日常の方の悩みであるとか、マンガを描いても描いてもうまくいかないであるとか、アカウントが炎上したとか。

何かしら”こころの風邪”の原因はよくわかるものだった。
原因がわかれば距離を取る方法は考えようもあった。
でも今回は全然わからない。

むしろ子どもたちは喜んで学校や幼稚園に行き、私はマンガがバズったり賞を受賞したりでむしろ良いことばかりだった。

ストレスがわからないのでは対処が打てない。
間違いなく不調なのはわかっているのに。

ほんの入口の不調が身体や行動に出始める。

日々の眠気と若干の睡眠障害。
本が読めない。美味しいものがわからない。
結果食欲が出ない。

何か知らんけど突然泣きたくなる。
感情がうまく動かない。
人との会話が入ってこない。

爪噛みがひどくなる。
血が出て強い痛みが出るまでむしらないと気がすまなくなる。

利き手の指数本、指先から血が出るほど爪をむしりとった。
指が痛くて日常生活に支障をきたす。

…そろそろどうにかしないとヤバいことを自覚する。

日光浴をしてみたり、運動に行ってみたりもした。
でもストレスの原因から離れられていないせいか、あまり改善しない。

まず一番すべき対処法は「ストレスから離れる」なのに。
何がストレスかが、わからないよ。

そんなときあるツイートを見かける。


そうだ、デジタルデトックスをしよう


…これだ。

先月末あたりから立て続けにバズって、上げたマンガが片っ端から伸びた。
取材依頼もたくさん来て、フォロワーさんも増えた。大賞もとった。
自分が今まで頑張った成果が少し形になった気がして、嬉しくて嬉しくて。次々来る取材に片っ端から応えていく。

嬉しくなってまたマンガを描く。
描けない間は過去作でつなぐ。

しかしバズりが何回か続いた後から、自分のマンガはパタリと伸びなくなった。なんだか焦った。もっといい作品を作らなければ。

取材依頼に応えて沢山の質問に回答する。
同じような質問に同じような答えを返す虚しい時間。
無償でテキストを打つ時間ばかりどんどん増えていく。

マンガを描こうと焦れば何を描いていいかわからなくなった。
描かずに何も上げられない日は悪いことをしている気持ちになる。
何とか描けたものを上げたときには、反応がどうなっているのかが気になって仕方ない。

大した思いもない、なんてこと無い絵日記は想いが無くても描けた。
だが大抵が伸びることはない。

伸びることはないことなんてわかっている。
本当に些細な絵日記なのだから。
期待なんてしていないはずなのにまた焦る。

今まで、ただ楽しくて描いていたはずの絵日記すら描くのが怖くなる。
”反応が少ないのではないか”その思いが怖くなる。

今気づいたからこうやって冷静に描いているけど、完全に「マンガを描く理由」を見失っていた。

”いいねを沢山もらえるマンガを描かなければいけない”という精神に囚われるといいものは描けないと私は思っている。

なのに完全に私はその泥沼にはまっていた。
しかも自分でハマっていることに気づいていなかった。

だからこそ、ストレスに気づくことも出来なかった。
でも、一秒さんのツイートで「これだ!」と思った。

ストレスの存在に気づいた私は「デジタルデトックス」をすることにした。
対処は早ければ早いほどいい。

デジタルデトックスといえばスマホ全体の封印かもしれないが、私の場合Twitterだ。スキあらば開いてしまうTwitterだけでも何とかしたい。
通知が来ていないか。いいねは、リプは、取材依頼のメッセージは!?
確かに、常に気にしていた。

そんなにマメに気にしても、通知はそんなに来ていなかった。
さらに自分以外の他者が伸びているのを偶然見かければ自分も良い作品を出さねばと焦る。

完全に悪循環だ。
ただ漠然とタイムラインを見ていることがストレスだったのだ。
こんな事がこころの風邪の原因になるなんて考えもしなかった。

デジタルデトックスをする前にこんな宣言をした。

これが良かった。
宣言したのに誰かにいいねでもしようもんなら「こいつデトックスできてねーじゃん」というのがすぐにわかってしまう。

宣言したからにはやらないといかんのだ。
本気でスマホを触らないようにした。

Twitterを封印した時点で、スマホにはほぼ触らなくなっていた。
自分がスマホを触る理由はほぼTwitterだったことに気づく。
そして一日の相当な時間をそこに使っていたことも。

スマホを触らない時間をどうにかしたくて本を読んだ。
目が滑って読めなかったはずだったが、この日は読めた。

前に読めなかった日の事を思い出す。
本を読みながらTwitterが気になって仕方なかったのだ。
数ページ読んではスマホに触る。そんな状態だった。
それで本に集中出来るはずがない。

割り切ってTwitterから離れてしまえば、また本は読めた。

本に集中していたら、数時間があっという間に経った。
掃除をして、洗濯をした。
外の草むしりをした。
ちょっとだけ横になって昼寝した。
子どもとじゃれあった。

そんなたった1日を過ごしただけで驚くほど気持ちが落ち着いた。

その次の日。
ちょっとだけ美味しいごはんを子どもがいない時間にこっそり食べに行く。
完璧だ。心がだいぶ爽快だ。

あとは、爪のない指先の痛みだけ。

早くのびてくれ爪。

私がマンガを描く理由


私がマンガを描くときには、自分の思いを多くの人に聞いて欲しいという「自己承認欲求」が強く現れている。

だからこそ今回、いいねの数、受賞、取材依頼…というわかりやすい「他者の承認」に酔っ払った状態になってしまった。

そして「自分の思いを表現する」ことより「もっと沢山承認して」という方に気持ちが持っていかれてしまい、描きたいものが描けなくなっていた。

私がマンガを描くのは承認そのものが目的ではない。
ウケるためのものを描きたいのではなくて、自分の描きたいものがウケることが目的なのだ。
これは似て非なるものである。


私の作品作りは「誰かわたしの思いを聞いて」という、心の叫びみたいなものに近い。この「自己承認欲求」の強さは自分の成育歴によるものだと最近思っている。

…ちゃんと、愛されて育った子どもは、ここまで拗れた自己承認欲求を持っていないだろう。


※ここから先は家族の事をちょっと掘り下げて書くので有料になります。
値段設定が高いのは、それだけ「読みたい」と思ってくれる人だけに読んで欲しい部分だからです。
自分の話だけなら好き勝手書くけど、家族のことはね。



家族のこと


私は上に兄、下に弟がいる。

幼少期の私はどんな子どもだったか。

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