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サードアイ ep12 軍法会議

 三次元から魂を運ぶという初任務の完了後、俺はしばらく隔離されて身体中のあちこちを検査された。その結果、異常なしということで、ようやく病棟から出してもらえた。
 どうやら俺のファイアーレッドアイの能力が覚醒したらしい。ブルーノによると、それは予期せぬ早さだったようで、しかも俺の能力は特殊だということだ。
「こんな能力、見たことも聞いたこともありやせんぜ。通常は三次元から帰還するには、行きと同じルートを通って、魂が肉体に戻る手順を踏むんでっせ。それを、オーエンは、どうなってるか知りやせんが、直接ラボに来たもんで、びっくり仰天大騒ぎとなりやんしたぜ」
「迷惑かけたな。でも、あのダンサーの魂を握った瞬間に、こいつを一刻も早くなんとかしないとって、考えなしに走り出しちまったんだ。それはそうと、あいつは、あのダンサーは無事だったのか」
「そりゃ、通常よりずっと早くラボに届けられたもんで、ダンサーちゃんはピンピンのシャッキーンでさぁ。損傷もほとんどなくて三次元のときより魂もピッカピカでさぁ」
「そうか、そいつは良かった。結果オーライってことだな」
「いえいえ、そうとも言えませんぜ。ヒノエの姉様は、それはそれはご立腹でやんした」
 俺はヒノエの言う通りの手順を踏まずに、勝手に単独行動をしたことになる。それは軍の規律に反する行為で、どんな罰でも甘んじて受けざるをえないだろう。あの厳しい訓練に耐えて、せっかく任務にもつけたというのに、ここで懲戒処分にでもなったら無念だと、柄にもなく心配になった。

 それからしばらくして、いよいよヒノエから呼び出しがかかった。向かった先は軍司令塔の会議室だった。そこにはヒノエと十数人の恰幅のいい男たちがすでに集まっていた。
「体調はいかがかしら?ミスター・オーエン」
 ヒノエはにっこりと微笑んで俺に問いかけた。その笑顔の真意を測るべく、じっと彼女のオレンジ色の瞳を見る。特に他意はなさそうだったが、上官としての尊厳を無視された憤りからか、眼差しは冷ややかだった。
 室内は緊迫した空気が流れていた。これは、誠心誠意、詫びを入れないとまずいことになりそうだ。俺は腹を決めた。謝ろう。あとは成るように成るまでだ。
「とっさのこととはいえ、あれだけシュミレーションを重ねておきながら、実際のところ単独行動をとってしまい、申し訳なかったと心から反省しています。つきましては、どんな処罰も受けるつもりであります」
 ヒノエはじっと俺を見て、また微笑んだ。今度は少しだけ温かみが感じられる笑みだった。そして、すくっと椅子から立ち上がると、片手を上に放り投げるようにして、明瞭に言葉を放った。
「今回の不手際は不問に付すことにします。あのとき突然、あなたのファイアーレッドアイが覚醒してしまったのだから致し方ありません。それに、今後はその特殊能力を当て込むことで、我々の計画はさらに進捗が早められるでしょう」
 そう言うと、同意を求めるように部下たちを見まわした。どこからともなく拍手が起こり、全員が立ち上がって俺を見て頷いた。ヒノエは拍手が止むのを待って、一呼吸置くと、彼らに向かって高らかに告げた。
「今後は、アタシとオーエンで主要人物の招聘計画を急ぎ実行していきます。あなた方は、別途、計画通りに事を進めていってください。もはや中断していた穴を埋めることはできませんが、人類の次元上昇を必ず実現すべく、あらん限りの力を尽くしてまいりましょう。以上。散会!」 
 男たちがヒノエに一礼して去っていく。ヒノエは俺にここで待つように言った。参加者が全員、すみやかに退室するのを見届けてから、ヒノエは俺のほうに向きなおって、今度は高らかに笑った。
「はぁ、愉快、愉快。最初のうちはあんなにヨチヨチ歩きだったのに、ターゲットの魂を受け取ったとたん、切れた凧のように上空に飛んで行ってしまったんですもの。あっけにとられたというものよ」
「すまなかった。何ていうか、早く何とかしなきゃと焦って」
「了解してるわ。まぁ、ステファンも同じ心境だったのでしょうね。あなたと出会ったときに」
 そうか、そういう意味では、あいつも、俺のことを必死で守ったんだろう。ヤツには感謝しかない。
「さあ、言ったとおり、これからは忙しくなるわよ。よろしく頼むわね。その前に、早速なんだけど、ひとつ、任務というか、相談があるの」
 ヒノエの話では、この星のディーヴァである王室歌劇団のトップ歌手が、突然、原因不明の難病で声を失ったそうだ。あらん限りの方法で治療が行われたが効果が見られず、王もとても傷心しているという。
 そこで、勘が鋭い俺がその歌姫に会って、病気のことでも何でも、何か感じ取ったことがあれば教えてほしいということだった。
「ダンサーの次は歌手か。つくづく、この星は、アーティストに手厚いな」「当たり前でしょう。AIで何もかもが動く時代において、芸術は人類の誇れる唯一の産物なのだから。それにクロエは、そこらへんの歌手とは比較にならないくらい、圧倒的な歌唱力を持っているのよ。あの歌声を失うってことは、この星にとっての大損失であり、一大悲劇でもある。ひいては、人類の次元上昇にも致命的な影響を及ぼす事態となりうるのよ」
「そいつはスゲーな。一大事ってことか。で、オレは何をすればいいんだ?」
「今から、クロエのところに連れていくから、ただ様子を観察していて。くれぐれも失礼のないように。繊細な人だから、けっして怯えさせたりしないでちょうだいね」
「怯えさせるって。オレはブルーノのおかげで、ちっとはまともな姿になってるんだろうが」
 ヒノエは俺を一瞥すると、ふんっと鼻で笑った。
「あなたのその放つオーラが厄介だって言っているの。ともかく、お行儀よくして。いいわね。ついていらっしゃい」というと、くるっと向きを変えて、すたすたと部屋を出て行ってしまった。


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