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サードアイ ep 18 北海の太陽

 ブルーノに案内されて向かった先はラボの最上階に位置する司令塔で、壁一面に画面があって、各部屋の様子が映し出されているモニタールームだった。紹介されたのは、ラボの上級役員で、ショートカットのキリッとした年配の女性だった。ヒノエのような燃える赤い目をしている。
 ブルーノは彼女を見ると、子犬のように近づいていき、
「マミー!元気でっか?」と、嬉しそうに話しかけた。
「ブルーノちゃん、久しぶりね。なかなか顔を見せないんだから」
「いやぁ、マミーの顔を見てると、エネルギー酔いしちゃうもんで。さてさて、こちらが例のオーエン殿でさぁ。マミーに大事な話があるってもんでお連れしやした。じゃあ、ブルーノちゃんはこれにて。マミー、愛してるでやんすよ!」と、投げキッスをして、ブルーノは部屋を出ていった。
 二人は年齢的には親子とも言えなくもないが、あまりにも似ていない。どんな関係なんだろうかと思っていたら、女性がこちらに向き直った。俺は慌てて敬礼をした。
「はじめまして。オーエンです。貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」
「あら、礼儀正しいのね。噂ではけっこうな荒くれ者が紛れ込んできたって聞いてたんだけど。私はマオミ。ここではみんなマミーって呼ぶの。何とでも呼びやすいように」
「はい。では、マオミさんで。実は、ヒノエのことでご相談がありまして」
「あなたが救ってくれたんですってね。本当に感謝するわ」
「オレ、いや、私は何もできなかったです」
「オレでいいわよ。どうぞ気楽に」
「はい。じゃあ、オレは、彼女のことを何も知らないんです。今は一緒に遠征してるんで、彼女の人となりはわかっているつもりです。だけど、その、ヒノエは誰にも心を許さないというか、人に頼らずに自分だけで責任を背負いこんでいて。だけど、これからは、彼女があんなふうに倒れたり危険な目にあったりしないよう、オレがちゃんと守っていきたいんです。あっ、でも、アイツのほうが強いし凄いんで、守るってか、見張るってのが合ってるのかも」
 マオミは頷きながら一言一句を丁寧に聞いてくれていた。全てを受け入れるような温かい眼差しで微笑むと、
「オーエン、君はけっこういい奴じゃない。気に入ったわ。こんなこと話したら、ヒノエに叱られるかもしれないけど、あなたになら大丈夫だと思う」といって、隣の応接室に案内してくれた。
 「どうぞあちらにおかけになって」とすすめられた椅子は、王室にありそうなクラッシックで優美なものだった。マオミは猫足のソファーに腰かけながら話し始めた。
「昔、この星の特殊部隊の任務中に三次元世界で大規模なテロ事件がおこったの。部隊長だったヒノエの父親も犠牲になって、そこで命を落としてしまって。彼女がまだ幼い少女の頃だったわ。残された妻はそれはそれは悲しんでね。喪失感に耐えられなくて、とうとう精神を病んでしまって。父親を亡くした上に、母親は長期入院となってしまって、ヒノエには酷な状況だったわ。それでも、幼いながらも色々と考えたんでしょうね。自分が父に代わって戦争のない世界を作るんだって。そして、母を必ず元に戻すんだって言って」
 初めて聞くヒノエの身の上話だが、きっと彼女ならそう考えるし、そう行動するだろうと思われた。
「優秀な子だったから、士官学校の選抜クラスに最年少で入ってね。女の子だったし、周りからもかなり特異な目で見られていて、校内では色々と大変だったみたい。でも、あれよあれよと言う間に出世して、重要な任務につくようになったの」
 才能だけでなく、相当の努力をしてきたはずだ。やっかみや妬みを受けて疎外されてきただろう。そんな環境の中で、自身を鍛えて誰よりも強くなることでしか存在価値が示せなかったとしたら、他人に甘えるなどという選択肢は持ちようがない。
「そのころね、アリフと知り合ったのは。アリフはヒノエのかたくなさを、少しずつほぐしていった。彼女が笑ったり冗談を言ったりするのを見て、皆が本当に喜んだわ。だって、彼女が笑うと、お日様が輝いたようで、誰もが嬉しい気分になるのよ」
 それは、よくわかる。アイツの笑顔は人を惹きつける力がある。
「本当に、信頼し合っていて仲のいい二人だった。でも、アリフが突然この星を去ってしまって、残されたヒノエは、また元の孤独の沼へと落ちていったわ」
「アリフは、なぜ、出ていったんでしょうか」
「本当のところはわからないけど、おそらく、人類の異次元上昇計画で意見の相違があって、どうしても、アリフは下界に、しかも肉体を伴って降りなければならない理由が生まれたのでしょうね」
 前にヒノエが言っていた話だ。三次元世界を全部上昇させるのは無理で、どうしたって、一部の魂しか上がれない。アリフはそれを是とせず、全人類を救うという信念で動いたっていうことだった。
「私の想像では、異次元上昇する際の莫大なエネルギーをどう調達するかでもめたんだと思う。そして、ヒノエは自分自身のエネルギーを使う気なんじゃないかと」
「ヒノエのエネルギーっていうのは?」
「彼女のファイアーレッドアイの最大の能力は、天地をひっくり返せるほどのエネルギー源となりうるってことなの」
 俺の頭ではうまくついていけない話だったが、自身を爆発でもさせるつもりなのか。
「彼女は焦っていた。このままだとじきに人類は滅んでしまうって。だから、自分の身を犠牲にしてでも、一刻も早く異次元上昇を実現させようって考えていたのかもしれない」
 おそらく、それだ。ヒノエは世界平和のためなら身命を投げ打ちかねないし、それを止めるには、アリフも体を張らないとならなかったのだろう。
「オレはさっき、ヒノエは誰にも相談しないし信用しないって言いましたけど、マオミさんとアリフには心開いていたんですね。安心しました」
「いいえ。残念ながら、あの子は、叔母である私にさえ、あくまでも礼儀正しく距離を置いて接してくるわ。アリフにだけね、心を開いていたのは」
 だとしたら、ますますアリフをこっちに呼び戻さないとならない。
「私は彼女に生きていてほしい。大事な弟を亡くして、可愛い姪までいなくなるなんて、そんなこと、とうてい耐えられないわ」と呟くと、マオミは咳こんだ。
「大丈夫ですか?」
「ええ、持病がね、ここんどころ。そろそろ私も引退かしらね」
そういって寂しそうに笑った。
「ヒノエを理解するのに重要な話を聞けました。今日はお忙しい中をありがとうございました」
「お役に立ててよかったわ。またいつでもいらっしゃいな。みんな、私のオーラを敬遠して、寄り付かなくってね。あなたは、大丈夫なの?」
「はい、今のところは、特に」
「あら、随分と鍛えられたのね。ヒノエに感謝ね」
といって、マオミはウインクして笑った。


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