サードアイⅡ・グラウンディング ep.11「夢にいざなわれて」
セッションルームは壁も床もカーテンも白く、モダンな絵が何枚か飾られていた。部屋の中央には天蓋付きの大きなベッドがあり、その横に黒革のハイバックソファが置かれている。彼はソファに座ると、俺にはベッドに腰かけるように言った。
こんなふうに改まってガーデと対面すると妙に落ち着かない。彼は目にかかった前髪をかきあげると、身を乗り出して、打ち明けるように話し始めた。
「ボクは人の生まれる前の記憶を呼び覚ますことができるんだ。いわゆる、前世療法ってやつね。軽く催眠状態になってもらって、脳内で過去世を体験するって感じ。その人が今、必要としている過去世が見えるみたいだよ」
ステファンが体験していたクリーニングの旅と似ていると思って聞いてみた。
「四次元世界でも同じような療法がある。魂を過去世に送ってその人生を客観視し、積年のカルマを解消していくんだが、それに似たようなことだろうか?」
ガーデは驚いて目を丸くすると、
「魂を送るって、幽体離脱でもするっていうの?ふーん、何だか面白いね」と言って、背もたれに身体を預けた。
「ボクはね、小さい頃から、色々な世界を脳内で旅していたのさ。もちろん過去世の旅だよ。これって普通に、他の人も同じようにしているんだって思ってたんだけど、あるとき、どうやらこれは特殊なことなんだって気が付いてね。だったら、みんなにもこの素晴らしい体験をさせてあげられないかなって、色々と試してみたら、催眠誘導でそれができるってわかったんだ。リラックスした催眠状態になって過去世からのビジョンを受け取るんだよ」
ガーデは椅子から立ち上がると、俺のすぐ前まで迫って来た。下から見上げる彼は王族のように気高く、その目はいつもとは違う鋭利な輝きを帯びていた。彼はおもむろに俺の額に手をかざした。熱気を帯びた空気が額に注がれていく。むず痒くてたまらず、うわっと叫びたくなのを必死でこらえる。
「あなた、ここのチャクラ、すんごい開いてるよね。で、もうすぐ、こっちも、開きそう」
彼の手が俺の頭上に移ると、生暖かい空気も一緒についてきた。触れられていないのに頭をなでられているようで、硬くなった心の芯がほどけていく。
ある一点で彼の手の動きが止まった。しばらくすると頭蓋骨がゆるやかに動く感じがした。脳内がとろけそうな心地よさに、否応なしに身体が疼きだす。強い情動が今にも噴き出しそうになった。
「で、どうする?」
ガーディの有無をいわせぬ甘い誘いに、俺は頷くしかなかった。
「わかった。じゃあ、始めよう」
ガーディは俺の頭上にかざした手をはずした。生温かい余韻が脳内に残る。
「このベッドに横たわってごらん。そう、ゆっくりでいいよ。そうしたら目を瞑って」
彼の誘導に任せて素直に従う。こうやって子供のように誰かに身を委ねきる体験はおそらく初めてだった。彼の指示に従って身体を動かすことに微かな快感を覚える。もうすでに催眠状態に入っているのだろうか。いや、もしかしたら、出会ったときから彼の何らかの術にかかっていたのかもしれない。だが、そんなことは、もはやどうでもいい。今は、この心地良さを、ひたすらに味わっていたい。
「身体の重みを感じて。それをベッドに流し込んむように。うん、いいよ。どんどん流し込んで。カラダの輪郭、感じる?それも溶け出していくから」
もう自分の体がそこに、あるのかどうか、わからなくなっている。
「そう、いい子だ。何にも縛られず、透明なままで。いい?いくよ」
再び、ガーデの熱がどくんと身体を巡る。震えるような多幸感に包まれて、俺はそのまま眠りに落ちた。