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【劇場公開されなかった名作】映画:ある女流作家の罪と罰

かつてベストセラー作家だったリー・イスラエルは、仕事が減り酒に溺れる孤独な生活を送っていた。ある日とうとう金に困り、大切にしていた当時大女優からもらった手紙を売ることに。そこでコレクターの間で有名人の手紙が高値で売れることを知ったリーは、手紙を偽造して生活と作家としての自分を保とうする。第91回アカデミー賞で3部門(主演女優賞、助演男優賞、脚色賞)にノミネートされた作品。


ノンフィクション作家の実話を元にした映画

この映画は2008年に出版したリー・イスラエルの自伝「Can You Ever Forgive Me?」が原作の実話が元になっています。主人公のリー・イスラエルは1970年代・80年代に当時の大物女優や有名人の伝記を発表することでベストセラー作家の仲間入りしました。

その後は段々と仕事が減り、生活が苦しくなったことで自分の知識を活かして有名人の手紙を偽造し金を得ようとします。映画は2018年に公開され、第91回アカデミー賞で3部門(主演女優賞、助演男優賞、脚色賞)にもノミネートされましたが、残念なことに日本では劇場公開されなかったようです。


華のない主人公を演じる、ハリウッド女優の演技

主人公は仕事もない、ペットの病院代も払えない、髪ぼさぼさで毎日酒浸り。パーティーに参加しても馴染めず、クロークで嘘をついて他人のコートを盗むことで小さな自尊心を満足させるしかないような人物です。かつてのベストセラー作家はとっくに過去の栄光で、だれからも相手にされなくなった状況は古本屋に積まれる値段がつかない本と重なります。

このみじめな主人公リー・イスラエルを演じるのは、メリッサ・マッカーシー。近所にこんなおばさんいたよなと思うくらい、本当にいそうな地味な役柄を見事に演じていています。全く華の無い地味な主人公を、コメディも演じる華やかなハリウッド俳優さんが演じているんだから、すごい。


歌と人物が重なる名シーン

ある日、主人公のリーは唯一の友人となるジャックと出会います。
ジャックと立ち寄ったバーでドラッグクイーンの歌にリーが涙するシーンがあり、そこが最高に美しいんですよね。

ドラッグクィーンが歌うのは、ルー・リードの「Goodnight Ladies」


思わず感情が高ぶって涙するありがちなシーンかと思っていたんですが、歌詞や曲の背景を知ると実はめちゃくちゃ染みるシーンだったんです。
この町山さんの解説を読んでいただけるとそれが分かります。


ざっくり記事を要約すると、
・この曲は年老いた娼婦やそういったスポットがあたらない人たちをうたった歌
・有名になれると思ってずっと生きてきたけれど、今ではだれも電話もかけてこない、だれにも相手にされない
・そういった人たちに対してそっと「おやすみ」ってやさしくいってあげるのがこの歌


この歌詞と、リーの状況がぴったりはまるんです。
頼れる身内はいない、唯一の味方だった猫も死んで、優しくしてくれる人は一人もいない。一度はスターの世界に入れるかと思ったけれど、生活は苦しくて、誰からも相手にされない。これから先もこんな生活が続いていくと分かっていても、納得できないし怖くて直視することもできない。一人で孤独に耐えるしかない。

でもこの歌だけはこんな自分にさえ、やさしく寄り添って、そっと「おやすみ」といってくれる。久しぶりに優しさに触れたことで、今まで我慢していた感情が思わず溢れてしまう。そういう色んな感情が入り混じった涙だったと思うのですよね。

なにげない1曲が主人公の感情を知るための重要な仕掛けだったことに映画の奥深さを感じるし、このシーンを演じるメリッサさんがまた最高だし、めちゃくちゃ美しい大好きなシーンです。


映画って最高じゃん、て思わせてくれる作品

地味で派手さはまったくないですが、気持ちがじんわり温かくなる映画です。知識ゼロでみても面白いし、背景を知るとさらに面白い。主人公の気持ちが揺れたり、涙したり、直接は語られない感情が画面を通して伝わってきます。いい小説を1冊読み終えたような心地いい読後感のある、映画の魅力がつまった作品だなと思います。ぜひ観て欲しいです。

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