性を売るのは合法にして、性を買うのは犯罪にしろ?:北欧モデルvs非犯罪モデル
ゆっくりしていってね!
先日、NPO法人ぱっぷす理事長が、「北欧モデル」を支持したとみられる発言をしたそうよ。
NPO法人ぱっぷすは、ポルノ規制や性産業規制を唱えるフェミニスト団体よ。このことはTwitterの一部では有名だから、「またフェミニストが変なことを言い出したぜ!」と、主にアンチフェミニストと思われるいつもの皆さんがいつものように反応したわ。
けれど、その方々は(Share News Japanが要約したであろう)「買春した側を犯罪にし、性を売る側を非犯罪化にしてほしい」という文章しか読んでおらず、その結果、反論がだいぶズレてしまっていたのよ。
確かに、現在の日本では売春も買春も両方犯罪である所を、片方だけ、しかも主に女性である売春側だけを非犯罪にするのは、奇妙に感じるわね。だからか、「女性だけ売春しほうだい法案だ!」「いつもの女性優遇で、男性差別をしようとしている!」という観点に立った反論が目立ったわ。
でも、その反論はまったくの外れ。セックスワーカー当事者の女性はむしろ追い詰められ、「買う側」の男性が有利になるのよ。
まあ、当該発言が、日本の一部のフェミニストが思いつきで出したアイデアだったら、「HAHAHA! あんたらは今日も絶好調だな~!」だけで済ませても良いんだけど、今回は違うのよ。
「北欧モデル」の強さ
じつは、上で言われている「売春は非犯罪だけど、買春は犯罪にする」というのは、1999年にスウェーデンが始めて、その後複数の国家に広まり、欧州議会にも公式に推奨する議定書が出された「北欧モデル」と呼ばれる売春・買春の規制方式なのよ。
これがどういう意味かっていうと――まず、普段ほど簡単には論破できないのよ。
この北欧モデルは、売春・買春を両方とも規制する両犯罪モデル(こんな言葉はないけど、便宜上こう呼ぶ)よりも、売春と人身売買を減らす効果が実際にあるのだと具体的なデータを元に主張されているわ。
そもそも北欧モデルは、ノルウェー(2009)、イングランド(2009)、ウェールズ(2009)、アイスランド(2010)、カナダ(2014)、北アイルランド(2015)、フランス(2016)、アイルランド共和国(2017)、イスラエル(2019)――とすでに複数の国家に広がっているのよ。
特にスウェーデンより後に採用した国については、「スウェーデンでは実際にやってみて、どうなったの?」は調べるし、一定のデータと理屈もなしにこれらすべての国の議会を素通りするのは無理でしょう。欧州議会まで動かすのはもっと厳しい。
さらに、本家スウェーデンを含めて反対派が常にいるし、1999年以前からずーっと反論、再反論、再々反論、再々再反論……という熾烈な争いが続いていて、その一部は学術論文や政府公文書、人権団体の声明文になっているわ。
だから、「買春した側を犯罪にし、性を売る側を非犯罪化にしてほしい」=「日本でも北欧モデル(Nordic model)を採用しろ」という文章を読んでから、人生で初めてその妥当性を考え出した人は、「20年以上にわたって世界的に蓄積されたデータと議論」の範囲から出るのも難しいわ。
スウェーデンの報告書(2010)
最初のツイートについた反応の中にも複数見受けられたけど、「今までは(そして普通の国々では)売春も買春も両方犯罪のところを、片方だけであれ合法化したら、余計に性の売買が増えるんじゃないのか?」という、最も直感的な反論があるわよね。
そういうのは、たいていスウェーデンが刑法6-11(後に「北欧モデル」として広まる法律)を施行してから約10年後に出した『性的サービス購入の禁止 1999-2008年の評価』(2010)で反論・反証されるわ。
これは北欧モデル支持派が常に使ってくる、というかほぼ初手で出してくる武器だから、本件で議論するなら避けては通れない。
例えばこうよ。
また、同報告書では次のようにも述べられているわ。
「どうして減る?」と思うでしょうね。両方犯罪だったのを、片方だけとはいえ非犯罪化したのに?
「売春側は非犯罪」とはいっても、買春が犯罪である以上、一つの「商取引」の単位で見たら違法なのは両犯罪モデルと同じよ。だから、そこで不利は発生してないの。むしろ売春者は、(犯罪者である)買春者を自動的に集めてくれる存在として警察の監視対象よ。
その上で、同じ「北欧モデル」法のパッケージ内に「売春宿の運営の禁止」が盛り込まれていて、これがまた厳しいのよ。複数名のセックスワーカーが同じ施設・部屋に集まると、売春女性側でも普通に逮捕されるわ。また、アパートを使っていたら、ただの家賃しかもらってないアパートの大家さんも「売春宿の運営に関わった」として処罰される。
売春根絶を掲げるラディカル・フェミニスト団体が世界レベルで強烈に後押ししているのが北欧モデルなのよ。だから、セックスワーカーに有利な内容で「売春しやすくする法律」なんて絶対にやるはずがない。
――ただし、のちに「法律のおかげで減った」「売春産業が地下化したのではなく、本当に減った」とは言い難かったことが明らかになるんだけど……これは後述するわね。
ともあれ。
さらに、北欧モデル支持派が「当然ご存知ですよね?」と言わんばかりに投げつけてくるのが、2014年の欧州議会の議定書よ。
欧州議会の議定書(2014)
こちらでも色々なことが書かれているけれど、もっとも直接的かつ強く北欧モデルを推奨したのは次の箇所ね。
スウェーデン発で、他のいくつかの国でも上手く作用したと認められたから、欧州議会としてEU全体に推奨した、という内容よ。(推奨なので強制ではないわ。拘束力なし)
もちろん、無根拠にこんな文書を発行してくれるほど、欧州議会は腰が軽い組織ではないわ。北欧モデル支持派が「世界的潮流として、北欧モデルが推奨されている」と主張するのもあながち嘘ではないのよ。(現在の知見まで参照するなら、正確には「嘘ではなかった」だけど)
何も知らなかったら、ここで権威とデータ量に押しまくられて負け。
また、いまは取り急ぎ北欧モデル支持派のもっとも代表的な武器を2つ紹介しただけで、これが全部でもないわ。もっと出せと言われたら出せる。
もちろん、北欧モデル支持派にとってクソほど都合が悪くて、しかも十分な権威を備えた機関から出された「さっさと北欧モデルやめろ」「むしろ売春・買春を完全に非犯罪化しろ」資料も存在はしてるんだけど、知らないものは出せないからね。
非犯罪化せよ:The Lancetのシリーズ(2014-2018)
さて。「売春する側は合法」とする北欧モデル、一見すると売春側、すなわちセックスワーカー有利に感じるんだけど、実態はまったくの逆だということが徐々に明らかになってくるわ。
医学界における最高峰の学術論文誌、The Lancetが2014年から"HIV and sex workers"と題して、5つの論文と7つのコメントを公開。
本旨は「HIV」とある通り、要はセックスワーカーの人たちがエイズにかかり、かつそれが社会に広まるリスクの評価ね。
そのリスクが、「売春と買春の両方が犯罪(大多数の国家)」または「買春のみが犯罪(北欧モデルの採用国家)」という環境下では高く、逆に売春と買春をともに非犯罪とすれば大幅に減らせるとしているわ。
――あ、うん。分かってるわ。大丈夫。
「売春・買春を両方とも非犯罪にするってマジ? 正気なの?」って思うのがまあ普通の反応よね。
気楽に売春を選ぶ人が増えそうとか、あるいは性感染症が蔓延しそうとか、色々考えることでしょう。
けれど、予測モデルによると、非犯罪化した場合、今後10年で33~46%は新規HIV感染が抑えられるそうよ(Shannon et al., 2015)。
まあ、予測モデルの妥当性をふくめて科学的に厳密に述べているThe Lancetの上記論文は難しめなんだけど、大筋を理解するだけなら簡単よ。
シンプルにいえば、非犯罪としていた方が――まあ、どの社会でもそう堂々と「私は売春・買春をしています!」とは主張しないけど――犯罪であるよりは相対的にコソコソ隠れないでいいから、政府もセックスワーカーの実数に近いところが把握しやすく、性感染症に関する啓発活動や避妊具の配布、そして健康診断もやりやすいの。
そうすると、かなりの予防措置が取れるし、また感染しても早期発見できるから、抗レトロウイルス療法に代表されるHIV対策が効果的に行えるわ。
また、HIV陽性で妊娠している場合、約30%の確率で赤ちゃんにも感染もしてしまうんだけど、母親がHIV陽性だと分かっていれば、赤ちゃんへの感染確率は適切な措置(服薬、帝王切開、母乳禁止)を採ることで0.5%以下に抑えられるのよ。
加えて、大事なのは「非犯罪化」によって、セックスワーカーがお客さんから暴力や脅迫、お金の不払い、そしてコンドーム着用拒否などの不当な対応をされた時、「じゃあ通報もしくは訴訟するね」と対抗できる点ね。
実際に通報することが稀でも、「通報されうる」というだけでヤバイお客さんへの抑止力になるわ。
「両方とも犯罪」だと、自分も逮捕されるから通報や訴訟は基本的に出来ないわよね。(日本における売春の扱いに関しては、「違法だけど合法」みたいな特殊ステータスだからいったん忘れてちょうだい。中国くらい売春・買春にガチで厳しいところを想像してね)
一方で、「北欧モデル」なら、「相手(買春者)だけ犯罪なら通報は出来るんじゃない? 自分は逮捕されないんだし……」と当初思われてたんだけど、実はそんなこと現実的にほぼ不可能だったと分かったのよ。
自分が北欧モデルの国で売春する場合を考えてみましょう。お客さんから当然のように質問される訳よ。
「バレたら俺が逮捕されるんだが、どういう対策があるんだ?」と。
まあ、そもそも質問される以前に、「そのへんのセックスワーカーは対策してないから危ないけど、私は〇〇をしているから、お客さんが逮捕されたりしませんよ!」と何らかの形で言えるセックスワーカーが、言えないセックスワーカーよりも市場で有利になるわよね。
ていうか、そうしないと生き残れない。繰り返すけど、片方でも違法だったら、それは「商取引」の単位としては成立してないから。
自主的な通報は可能だとしても、それはセックスワーカーを辞める覚悟で1回しか出来ないわ。
だって、「次のお客さん」を「買春者を通報するタイプのセックスワーカー」が取るのは無理でしょ? 信用的に。
警察へ通報した理由が、「暴力や脅迫を受けたからで、性的サービスの提供そのものは構わなかった」というやむを得ない内容でも、セックスワーカーとしての今後を考えると、泣き寝入りが「合理的に選択」されてしまうのよ。
結局、セックスワーカーとしての収入を継続的に必要とする人たちにとっては、自発的に通報するなんて「あり得ない」話でしかなかったの。むしろ、警察監視も受ける中、どうやってかいくぐるかという方向に努力が集中するわ。
北欧モデルでは、買春者を逮捕したあと、売春者については「まともな」仕事に就けるようにしっかりサポートするとは言うけれど(確かに嘘ではなく、サポートのための人員・予算を割いてはいるわ)、それで運よく仕事にありつけても、それはセックスワークに匹敵するような収入や自由度を持っていないわ。
スウェーデンのような福祉国家であっても、さすがに「セックスワークではないけれど、セックスワークと同程度の収入が見込めて、かつ同程度の労働拘束時間の仕事をください」と言われても、困ってしまうわよね。そんな仕事はご用意できないわ。
そんな感じで、「じゃあ、要らないです」というのが北欧モデル下でもセックスワークを続ける側の回答であり、そして嫌なことに、お客さん側もその窮状を理解してしまっているのよ。
だから、バンバン無茶な要求をされてしまう。コンドーム着用は拒否する、暴力は振るう、お金は払わない、等々。そもそも違法だってのに来る客だから、質も最悪よ。「やべーやつ」ばっかり。
こうなると、セックスワーカー側としては、人数を集めて「あなたが横暴に振舞ったら、他の子たちが飛んでくるぞ」と自己防衛したいんだけど、北欧モデルではセックスワーカーが一つの施設・部屋に集まると、例の「売春宿の運営」でセックスワーカー側の女性でも逮捕されるから、それも出来ないのよ。
じゃあ、と。――せめて交渉を入念に行って危険なお客さんを見極めたいんだけど……セックスワーカーは「(犯罪者である)買春者ホイホイ」として警察に監視されているから、悠長な交渉をやってる時間も場所もないわ。とにかく見つかりにくい場所で、迅速に交渉を取りまとめる。結果、どうなっても(セックスワーカーを続けたいなら)自己責任。
このすべてが最悪に噛み合わさったのが北欧モデルよ。
そして、元は「北欧モデルのメリット」として唱えられていた売春自体の減少や人身売買への対抗も、「実際にはできていない」とThe Lancetの掲載コメントで評されているわ。
スウェーデン報告書では「売春数が減った」としているけど、より厳密に表現すれば「(統計データとして報告される)売春数が減った」であって、これは必ずしも良いことではないわ。
北欧モデルによって、確かに最もカウントしやすい街娼は減ったんだけど、カウントしにくい「インターネットでコンタクトを取って、屋内売春を行う」みたいな方式は増えている。
スウェーデンは「屋内売春が増加していることを示唆する証拠はない」と報告していて、私としても「まあそれ自体は嘘ではないかな……」と思うけど、「ゆえに、屋内売春も起きていない」という踏み込んだ主張を支持するには根拠不足。屋内売春を調査する能力が足りない可能性(少なくとも相対的に調査が難しくなるのは自明よね)は考える必要がある。
――同様に、もしどこかの国で何かの法改正を行い、仮に「強制的な売春やそれに伴う暴力、性感染症が増えた」としても、もしそれが発見する能力が上がったことに起因するのであれば、ただちに悪い話ではない点にも注意しておきたいわね。今まで泣き寝入りするしかなかった人たちが法的救済を受けられているのかもしれないから。
そして、2018年に、The Lancetは「最終報告」とひと区切りを入れ、本件に関する論文を新たに掲載しているわ。
そして、「北欧モデルの世界的潮流」とやらも反転しはじめるわ。
非犯罪化せよ:国連機関及び人権団体の勧告
まず、揃って売春・買春の「非犯罪モデル」の支持を発表したのが国連系の組織よ。
世界保健機関(WHO, セックスワークについての見解)と国連合同エイズ計画(UNAIDS, セックスワークについての見解)は、人々の健康とそのための公衆衛生を第一に考える組織だから、ひとまずは当然よね。
それから、『月曜日のたわわ』の新聞広告掲載でクソみたいな難癖をつけてきたUN Women日本事務局関係者ら――の親玉である国連女性機関(UN Women)も、専門家チームを組織して報告書を作成し、以下の発表をしたわ。
ただし、このUN Womenはフェミニスト同士の対立を考慮したのか、上記の報告書は「UN Womenの見解」ではなく、あくまでも「UN Women"が組織した"専門家チームの見解」よ。
……いや、この報告書を読む世間には、そんな微妙な区別はされないとは思うんだけど……1ページ目に「UN Women」って書いた時点で大体終わってるでしょ……まあ、一応ね、一応。
また、いつも日本に対して「性的なマンガやアニメ、ゲームを規制しろ」と最低最悪の勧告をしてくる激ウザ組織、国連女子差別撤廃委員会(CEDAW Committee)も、北欧モデルを採用している諸国に「非犯罪化しろ」という勧告文を送り付けているわ(例えば、カナダに送り付けたやつはこれよ)。
このあたりは公衆衛生の観点というより、両犯罪モデルにせよ北欧モデルにせよ、女性の人権侵害が起きるという認識からセックスワークを非犯罪化することを求めているわ。(WHOやUNAIDSと同じ意見であってもメインの観点が異なる)
そして、これは以前もご紹介させて頂いたことがあるけれど、アムネスティ・インターナショナルも非犯罪モデルの熱心な支持側よ。
アムネスティ・インターナショナルは、北欧モデルを比較的早く採用したノルウェーについて、独自の調査研究を行っていて、その結果を詳細に報告しているわ(Amnesty, 2016)。
話は同じよ。北欧モデルのせいで性の売買に携わる女性の人権が危険に晒されているから、さっさとやめて非犯罪化しろと。
北欧モデル、非犯罪モデルの各国評価報告書
ここからは、各国の政府が調査機関に委託して出した「評価報告書」を紹介していきましょう。
北欧モデルを採用した国も、非犯罪モデルを採用した国もあるわ。
まず、2015年から北欧モデルを採用していた北アイルランドは、ほぼ「北欧モデルなんてやめておけば良かった」という趣旨の委託報告書を公開したわ(North Ireland, 2019)。
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