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村上 春樹『村上さんのところ』(新潮文庫、2018年)を読みました。

村上春樹さんとファンとのやり取りから多くのものを学んできましたがこれはその最新版。村上さんももう70代でやり取りもある意味シンプルになってきました。そこに人生のエッセンスが凝縮されています。

本書より…

悪しき物語に対抗するには、善き物語を立ち上げていくしかないという考えには、今でもまったく変わりはありません。論理に対抗する論理にはどうしても限りがあります。論理対論理は地表の戦いであり、物語対物語は地下の戦いです。地表と地上がシンクロしていくことで、本当の効果が生まれます。
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それぞれの段階で身銭を切っていろんなことを学んで、それが身についてきたということだと思います。身銭を切るって大事ですよね。他人のお金を使っていては、何も身につきません。本当に大事なことは多くの場合、痛みと引き替えにしか手に入りません。
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ありがとうございます。きみたちはドーナツは好きですか?僕はなぜかドーナツが昔から好きです。たぶん穴が開いているからだね。穴だけを残してドーナツを食べるのが、僕は好きです。残った穴は明日の朝ごはんのためにとっておきます。
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僕が小説を書くときに訪れる場所は、僕自身の内部に存在している場所です。それをとりあえず「異界」と呼ぶこともあります。それは現実に僕が生きているこの地表の世界とは、また別な世界です。
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感受性を身につけるためには、努力が必要です。
何かがほしいと思ったら、こちらも何かを差し出さなくてはなりません。大事なものがほしければ、大事なものを差し出す必要があります。ただほしいと思って身につくものではありません。僕はそれを「身銭を切る」と表現しています。もっと簡単にいえば、「痛い思いをして、身体で覚えていくしかない」ということです。
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でも僕は思うんですが、小説の優れた点は、読んでいるうちに、「嘘を検証する能力」が身についてくることです。小説というのはもともとが嘘の集積みたいなものですから、長いあいだ小説を読んでいると、何が実のない嘘で、何が身のある嘘であるかを見分ける能力が自然に身についてきます。これはなかなか役に立ちます。実のある嘘には、目に見える真実以上の真実が含まれていますから。
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きみの言い分はもっともだけど、でも「自分の好きな場所で自分の知りたい知識だけ」を学んでいても、それはそれで飽きちゃいますよ。大事な知識を得るには、けっこう「異物」みたいなものが必要なんです。そういうものがないと、同じところをぐるぐるまわっているみたいなことになりかねません。

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