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皆既月食…、3度目の正直…。

2022年11月8日(火)、皆既月食の日だ。幸いなことの早い時間から見ることができるので、この日は在宅勤務にして、終業次第、準備して出かけようと考えていた。

昨年の5月26日の皆既月食では、前年にミラーレス機を購入したこともあり、後輩af氏にNew FD500mm F4.5Lを借りて準備した。月をそれなりの大きさで撮影するのであれば、もう少し長焦点が良いのだが、手持ちのレンズで最も長いのは200mm、それにこの500mmレンズは40年前のレンズとは言えLレンズ、光学性能は素晴らしいので自分にとっては十分である。テスト撮影などもして、準備した。

しかし、この日は昼間は晴れ間が出ていたのだが、月食の時間は曇って、見ることができないのだった…。

そしてまさかこの9日後に脳梗塞を発症して入院することになるとは…。

月食どころではなくなったのであった。

「自分の人生の中で一番頑張ったこと」(作文のタイトルのようだが…)であるリハビリを経て、8月に退院、10月に復職を果たした。

そして同年11月19日(金)、ほとんど皆既月食に近い部分月食があり、リベンジをしようと考えた。この月食も早い時間帯だったので、午後半休を取る必要があったのだが、有給休暇を入院で使い果たしてしまったため、これ以上休むと休職になるという状況であった。4か月近くも会社を休んで休職にならなかったのが奇跡的で(有給休暇と傷病休暇が相当残っていて、その範囲で対応できた)、じゃあ在宅勤務ににすればよかったのではと言われそうだが、この時は産業医の指示で、まだ通勤訓練的な状況でもあったため、まさか月食があるので在宅勤務にしますという訳にはいかないのであった。
月食は帰宅時間帯だったので、武蔵小杉のタワーマンションのペデストリアンデッキから、コンデジで撮影したのだった。致し方なしであった。
af氏にはレンズの返却を申し出たが、1年後にまた皆既月食があるので、それまでお貸ししますということにしてくれた。

そして早1年、本当に時間の経過は早い…。

この日は在宅勤務にしようと考えていたのだが、昨年と同様、会議の都合がうまくつかず、午後イチで会議をせざるを得なくなってしまった。不本意であったが勤怠上は午後半休とし、会議終了次第、帰宅した。

見出し画像と、この写真はiPhoneで撮影

帰宅し準備をして、自転車で撮影場所である調布市総合体育館に向かう。屋上が芝生の山と一体化している面白い構造だ。到着した時にはすでに部分食が始まっていた。昨年同様、多くの家族連れが月食を見に来ている。今回は天体望遠鏡を持ってきている人が3、4人いる。自分も早速三脚を立ててレンズを載せ、カメラを装着した。

部分食が始まっていた

撮影を始める。

徐々に欠けていく

太陽の光が当たっている月面は相当明るいので、低感度でも速いシャッターが切れるので、ブレの心配は不要だ。

かなり欠けてきた
あと少し
ターコイズフリンジ

ここで本影に入っいる部分を写すべく、感度を上げシャッタースピードを遅くして撮影する。半影の明るい部分と本影の赤黒い部分の境目にあるうっすら青く見える部分がターコイズフリンジか…。

皆既になった。上がまだうっすら青い

自分が本気で天文に取り組んでいた中学高校の頃、皆既月食を何度か天体望遠鏡で撮影していた。この頃、ターコイズフリンジなどということは言われていなかったと思う。

ところが調べてみると、驚いたことに1970年代後半には雑誌天文ガイドに発表されていたという。自分が天文ガイドの読者になったのは1980年頃の話だ。フィルムでは表現できなかったのかと思ったりもする。

月の左下直近に天王星が写っている

天王星は、これまで見たことがなかった。小型の天体望遠鏡で惑星を観る場合、面白いのは土星までで、天王星は暗いので都会では探すだけでも大変だ。

画面中央左側にプレアデス星団が写っている

しかし最近のデジタルカメラの感度はすごい。言われてみれば水色っぽく見える気もする。この後、月の向こうにお隠れになった。

全体が赤銅色に染まった

月が本影の真ん中付近まで来ると、全体的に赤銅色になり、かなり暗くなった。これはISO6400でシャッタースピード1/5秒…。

撮影の図

初めて皆既月食を撮影したのは、1982年1月10日で真冬の夜中であった。口径8cm焦点距離910mm f11.4の望遠鏡で直焦点撮影だった。フィルムはフジクローム100で、皆既中は露出時間が30秒必要であった。しかし赤道儀には極軸望遠鏡もなくモータードライブもなかったので、ざっくり極軸合わせをして、6倍30mmのファインダーで手動ガイド撮影した。しかし当然のごとく、撮影したのは全てのコマで皆既中の月はブレて写っていた。
1985年10月29日の皆既月食の時は、赤道儀にモータードライブも付けていたので、自動ガイド撮影ができた。
しかしあれから40年近く、こんなに簡便に月食が撮影できるようになるとは…。その場でスマホに転送して、SNSにアップする。SNSのタイムラインはリアルタイムで月食の写真だらけになる。1982年1月10日の月食は友人2人と一緒に観たのだが、一人はバイクの事故で18歳、もう一人はロッククライミング中の転落事故で30歳で逝ってしまった。彼らが生きていたら、今の状況を何というだろう…。ほとんど年寄りの戯言になってきた。

皆既が終わって光が戻ってきた

皆既が終わって光が戻ってくる瞬間が結構好きだ。暗い状態から明るい光が差し込んでくる感じがいい。でも完全な満月に戻ると非日常から日常に戻った気がしてしまう。

何はともあれ、3度目にして撮影ができてよかった。撮影中はやたら寒かった。しっかり防寒していたつもりだったが、11月の夜を甘く見ていた。満月に戻るのを待たずして、スタコラサッサ(死語?)と帰宅の途についた。

カメラ:EOS R, レンズ:NewFD500mmF4.5L

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