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永遠の処女

ギリシア神話 第七話

 今回ご紹介する女神さまはアテネさまでございます。

 最初にお断り。アテネはアテナとも呼ばれます。むしろ「アテナ」と書く方が一般的なんだけど、このエッセイでは「アテネ」にします。だってこっちの方が好きなんだもん。なんといいかげんなエッセイですこと。ほかの神さまも同じです。べつの呼び方がいろいろありますが、ぼくが一番好きな呼び名(発音?)で、このエッセイは進めます。ちなみに、アテネのローマ神話での名前はミネルバですよ。

 さて。いきなりですが、アテネさんってば男嫌いなんですよねえ。永遠の処女なんでございますよ。こりゃ一筋縄ではいかないぞ。

 まずはアテネさんの出生の秘密からお話ししましょう。

 例に洩れずアテネさんも、ゼウスのオッサンの火遊びで生まれた子供です。今回ゼウスの浮気の相手は、メティスさん。知恵の女神さまです。じつは、このメティスさんには、とっても恐ろしい予言がくだされていました。それは「メティスが男の子を産めば、その子は父親を殺すであろう」という予言。ゼウスのダンナは、それを承知で浮気したので、ちゃんと明るい家庭計画をしただろうと思ったら大間違い。きっちりメティスさんのお腹を大きくしちゃった。バカだねえ。

「くそう。失敗しちまったぜ。どうすっかな。男が生まれたらやばいよなあ」

 そこでゼウスを一計を案じた。なんと、彼の出した答えは、メティスさん殺害!

「ふふふ。そうだ。殺してしまえ。そうすれば子供を産むこともできん。うははは。わしってば、頭いいじゃん!」

 このクソオヤジ、まえまえから性格破綻者だとは知っていたが、ついに人殺しかよ。違う。神殺しかよ。行き着くところまでいっちまいやがったか。というのは半分冗談で半分本気です。なんとゼウスはメティスを頭から、ゴクンと丸飲みしてしまったのです。考えようによっては、死体が発見されるのを恐れて、証拠隠滅を計ったとも思えますが……

 じつは邪魔者を丸飲みしてしまうのは、ゼウス家(?)の伝統っていうか十八番なんです。ゼウスの父親のクロノスも、子供が邪魔だったので、つぎつぎに飲み込んでしまったんです。ゼウスは母親の機転で、その難を逃れ、クロノスを倒して、腹の中から兄弟を助け出したのでした。ゼウスも憎い父親と同じことやってる。血は争えませんな。

 さて、そのゼウス。メティスを飲み込んだまではいいのですが、飲み込んだのが知恵の神様だったせいか、激しい頭痛に悩まされます。もちろんアスピリンを飲んだぐらいじゃ治らない。

「どわーっ! 頭いてえ! 死んじゃうよ!」

 自業自得だ、バカタレ。と、だれもが思うわけですが、そこはそれ、えらい神様だから、助けにきてくれるやつもいる。駆けつけてきたのはヘルメス。彼もゼウスが浮気して作った子供。ゼウスは、ヘルメスをとーっても可愛がってました。

「父さん、どうしたんだ!」
「頭が、頭が痛いんだ~ ヘルメス、なんとかしてくれ~」
「わかった! ちょっと待ってて!」

 ヘルメスはそう言って、鍛冶屋のペパイストスを呼びにいく。なんで鍛冶屋なんだ? という疑問には、あとでぼくなりの解釈を述べるとして、とにかくヘルメスはペパイストスを呼びにいった。

「父さん。大丈夫ですか?」
 とペパイストス。
「おまえに、父と呼ばれる筋合いはなーい! と言いたいところだが、この頭痛をなんとかしてくれ! 死にそうだ!」
 ペパイストスの出生も、まあ複雑なのよ。
 それはともかく。
「わかりました」
 とペパイストスはうなずくと、商売道具の、槌(つち)を取り出した。槌っていうのは、鍛冶屋が熱した金属をカンカンたたくハンマーのことですよ。でも、そんなもんで頭痛が治るのか? ご安心めされよ。治るんです。しかも、一発……というか一撃で。
 ペパイストスは、槌をふりかざすと、思いっきりふり下ろし、ゼウスの頭を一撃のもとにたたき割った。パカーン。というか、グシャ。ですか?

「どうです? 治ったでしょ」
 とペパイストス。
 そりゃ頭痛は治るだろうよ。頭が割れて中身が飛び出てるんだから(ぐえ)。
「おー、スッキリ爽やか。頭が軽いなあ」
 とゼウスは喜んだあと、ふと気がついた。
「バカタレ! 死んじゃうじゃないか!」
「ははは。あなたが、この程度で死ぬわけないでしょ。もともと、頭の中身はからっぽだし」
「ふむ。それもそうか。ははは。と笑うと思ったかペパイストス。おまえとは一度、きっちり話し合わんといかんようだな」

 なんて会話があったかどうか知りませんが、そのときゼウスのからっぽの頭に異変が起きた。そうです。さらにバカになったのです。なんて書きたいところだけど、そうじゃない。なんと頭から女が出てきたんだ。きゃーっ。まるでスプラッタ映画みたい!

 その女は、飲み込まれたメティスさんではなくて、鎧と胄(かぶと)を身にまとった、うら若い女性だった! 彼女こそゼウスが恐れたメティスさんのとのあいだにできた子供だった。

 アテネさん誕生です。よかったね、男の子じゃなくて!

 こんな生い立ちなもんで、アテネは生まれながらにしてすでに大人。背が高く、グレーの瞳を持った女神でした。女神の中でも五本の指に入るほどの美しさ。ちなみに、大英博物館のE・A・ウォーリス・バッジさんの著書によると、アテネという名前の意味は「自分から生まれた」なんだそうです。

 ここでちょいと余談。アテネさんの瞳の色はグレーだと書きました。灰色の瞳。ぼくの小説「ケインとラニー」に出てくる、ランルドルネの瞳も灰色。アテネは若く美しい女性なんですが、それでいて、戦いの神様でもあるんです。そんなところから、ちょいと気性の激しいランルドルネを描くときに、アテネと同じ、灰色の瞳にしたのでした。「ケインとラニー」はKindleで読めますよ。余談と宣伝おわり。

 さて。そんな経緯で生まれたアテネさん。父親がろくでなしだったせいか、生涯、処女を守り通しました。ちょっと宝塚ふうのお姉さまです。そんなアテネに憧れてアポロンの妹アルテミスも処女の誓いを立てたりしますけど、やはり元祖とは格が違うのか、ただの憧れだったのか、アルテミスは途中で挫折して、男を作って子供をガンガン産んじゃいます。

 いや、少しマジメに書いとくか。

 なぜアテネが処女性を守ったか。じつはですね、アテネは男の味方なんです。いや父権の味方というべきだな。ご存じのとおり古代は父権社会。女性の役割は良き妻であり、良き母であること。だから女性が処女であることは大事なんですよ。

「この子は、本当にオレの子か!」

 と、夫に疑われないためにです。アテネは、そういう女性に求められる古くさい考え方の象徴でもあったんですね。意外ですね。男嫌いの宝塚お姉さまではなかったのです。ところで処女のギリシア語は「パルテノス」です。アテネが祭られているパルテノン神殿の意味がわかりましたかな? そう。あそこは、処女の神殿なのです。

 ここで、ゼウスが頭痛に悩んでいるとき、ヘルメスが、なぜ鍛冶屋のペパイストスを呼びにいったかのかも考察しておきましょう。じつはですね、ギリシア神話よりも、もっと古いメソポタミア神話では、アテネの夫がペパイストスだったのですよ。もうちょい詳しく書きますと、北アフリカ、アナトリア、黒海あたりに住んでいた女神崇拝部族のことを「アマゾン女人族」と言うのですが、アテネは、そのアマゾン女人族に信仰されていた女神さまだったのです。もちろん、名前は違いますよ。でも、流れとして、そうだっただろうと考えられているんです。国としては、いまのリビアあたりの神さまでした。ペパイストスも、そのアマゾン女人族の、工芸や美術の意匠だったのです。その彼らが、ギリシア神話に取り込まれていく過程で、さきほど紹介したような、ペパイストスが、ゼウスの頭をかち割る物語が作られていったと思われます。以上、考察おわり。

 ではでは、アテネさんにまつわる逸話をご紹介しましょう。まず、なんでアテネさんが、アテネイの守護神になったのかというお話から。

 アッティカという地方に「ケクロペイア」と呼ばれるポリス(都市国家)がありました。この国の名は、王さまである「ケクロプス」からそう呼ばれていました。ちなみにこの王さま、伝説では、土の中から生まれたそうで、上半身が人間、下半身が蛇の姿で描かれることが多いです。

 と、それはともかく。アテネがこのアッティカ地方の覇権をめぐってポセイドンと争います。どちらがこの土地の人間のためになる贈り物をするかで、その勝負を決めようということになりました。じつに、紳士的な勝負ですな。

 そこでポセイドンは、三叉の矛で海水を吹き上げて、海水の泉を作って、彼らに贈りました。この泉から「塩」を採りなさいってことですな。一方、アテネは、オリーブの木を贈ったそうです。

 判定を任されたケクロプスは考えました。山がちで、絶壁の多いこの土地では塩の収集は不向き。でも太陽の光がさんさんと降り注ぐ斜面に、オリーブの木はよく育ちます。そこで判定。アテネさんの勝ち!

 こうしてアテネが彼らの守護者となり、国の名前も「ケクロペイア」から「アテネイ」に変わりました(歴史的史実では名前が変わったのは、もっとあとだけど)。

 と、ここまで書けばアテネのシンボルがオリーブの木なのもうなずいていただけるでしょう。もう一つ、アテネはフクロウをいつも連れて歩いてますね。なんでフクロウなのかと言われると困っちゃうんですが、これもさっき話した、メソポタミアの神話からの流れみたいですね。

 さて。そんなアテネの逸話の中で、一番有名なのが、たぶんアラクネの物語ではないでしょうか。

 むかしむかし(そりゃそうだ)、リュディアにアラクネという若い娘がいました。アラクネは織物がとても上手な娘で、その腕前はニンフたちまでが彼女の仕事を一目見ようと、森や泉から出かけてくるほどだったそうです。そのうちアラクネは鼻高々になって、自分の腕を自慢するようになる。

「おーほほほ! 神さまだって、あたしのほどの織物は織れないでしょうよ!」

 それを聞いたアテネは、ピクンとこめかみに血管が浮かんだ。なぜならアテネも織物の名人だったからなんですねえ。アテネさんったらいつの間にか織物の神さまになってるんです。となれば人間なんかが自分と同じような、すばらしい織物を織れるはずがない。神さまを怒らせるとどうなるか、見てらっしゃい!

 みなさん、ぼくのエッセイを読んでおられたら、もうわかってますよね。哀れアラクネは、アテネに呪い殺されて……

 とはなりませんで、アテネさんは浮気者の夫を持つこの世で一番美しいお姉さまや、美貌だけが取り柄の女神さまと違って、常識的なのです。まず老婆の姿に変身してアラクネに忠告します。

「アラクネや。ごほごほ。神さまに不遜なことを言ってはいかんぞ。ごほごほ。神さまは、ちゃ~んと見ておる。敬わないと、罰があたるぞよ。ごほごほ」
「なによ、バアさん。うるさいわね。帰ってちょうだい!」
 バターン。とアラクネはドアを閉めました。
「むかつく女だわね!」
 アテネさんもこれには心底頭に来て、老婆の姿からもとの美しい女神の姿に戻って、もう一度アラクネに言いました。
「上等じゃないの! だったら、どちらが、よりすばらしい織物を織れるか、試してみようじゃないのさ!」
「望むところよ!」
 アラクネは無謀にもアテネの挑戦を受けました。

 さて。勝負の結果は……

 難しいところですね。アテネの完全勝利としている話もあれば、アテネさえ、アラクネの腕に感心したとしているお話もある。両方紹介しようか。

■アテネさん圧倒的勝利編

 見物の人々は、アラクネが勝つんじゃねえかと予想してましたが、さにあらず。アテネさんは丘の上に立って、日没のバラ色の夕焼け雲と、星が輝きはじめるときの、青と銀色の光から、織り糸を採りました。えっと、ただ夕焼け色の糸と、星の輝きに似た糸じゃないですよ。それそのものを、糸にしたんです。神さまだからできる芸当ですよね。その糸を使ってアテネは天空いっぱいに、世界の創造の場面を織りました。大空いっぱいに描き出される、天地創造の図。これに人間が勝てると思いますか? 勝てません。見物客たちは、みな地面にひれ伏して、アテネの偉大さを称えました。
 負けたアラクネは、敗北に絶望して自殺しました。それを不憫に思ったアテネは、アラクネをただひたすら――だれにも自慢せずに――糸を紡ぎ続ける小さなクモに変えました。

■アラクネさん健闘編

 アテネはポセイドンと腕比べをしたときの光景を織りだしました。さらに四隅に神々と張りあおうとする、愚かな人間に対する怒りをあらわしました。アテネはまだいまなら許してあげるわよ。という意味でその図を織ったんですけど、高慢になっているアラクネにアテネの優しさがわかるはずもなく……
 なんとアラクネはアテネの神経を逆撫でするように、神さまたちの失敗や過ちを示すような絵ばかり織ったのです。気持ちはわかるよアラクネ(笑)。
 アラクネの織物の、かなりの出来ばえに、さすがにアテネさえも感心しちゃった。負けたとは言わないけど、いい勝負。それほどアラクネの腕はすばらしかった。
 ところがアテネは許さなかった。神々の失敗を織るようなアラクネの不遜な態度に心底腹を立てたんですな。そこで彼女の額に手を当てると神への畏怖の念を吹き込んだ。これでアラクネは自分の愚かさにおののき、後悔の念に耐えきれなくなって、首を吊って自殺しちゃいました。
「うーん。さすがにちょっと、かわいそうなことをしたかしらね」
 とアテネは、そんなアラクネを不憫に思って、魔法の水をふりかけて、一匹のクモに変えた。

 こんな感じです。まあ断然「アテネさん勝利編」がいいでしょう。なにせ神さまですもん。大空いっぱいに、天地創造を描くなんて、壮大なスケールでいいじゃないですか。ま、どっちにしても、アラクネはクモに変えられちゃうんだけどね。

 さて、おつぎに有名なのが、黄金のリンゴ事件かな。これはヘラ姉さんのところでも書きましたけど、もう一度、簡単に書きます。

 ことの発端はペレウスとテティスの結婚披露宴。ここに争いの神、エリスだけが招待されなかったので、さあ大変。怒ったエリスは披露宴の会場に黄金のリンゴを投げ入れます。ただし、そのリンゴにはこう書いておきました。

「もっとも美しい女神様へ」

 そのリンゴには、すぐさま三つの手が伸びました。彼女たちの名は、ヘラ、アテネ、アフロディーテ。みなさん、ご自分の美貌に自信満々の方々ばかり。じっさい彼女たちがオリンポスの三大美人です。わたくしTERUはヘラさん推しなんですが、それはどーでもよろしい(苦笑)。

 で、こうなりますと結婚披露宴どころの騒ぎじゃない。あわや、大乱闘か! と思われたときにヘラが提案します。

「それではわが夫ゼウスに審判していただきましょう」

 ゼウスは真っ青。

「こらーっ! オレにそんな恐ろしいこと聞くな! っていうかですね、聞いてくださいますな。わたしにもほら、いろいろ事情ってもんがありましてね。えっと、そういうわけで、今回はトロイの王子パリスに判定してもらいましょう。うん。そうしましょう。パリスくん、後はよろしく! じゃあね、バイバイ!」

 とゼウスは逃げていった。まあ今回ばかりは、このオッサンの気持ちもわかる。三人のうちだれを選んでも残りの二人に恨まれるのは必死。それでもあんたヘラさんのダンナなんだから、奥さんを選んどけばいいじゃないか。と、思わなくもないですが。

 さて、大災難に見舞われた、パリスくん。ところがそう悪いことばかりでもない。三人の女神は自分を選んでもらおうと、パリスくんに賄賂を送ります。ヘラは権力と富を。アテネは戦場での名声を。アフロディーテは、人間の中では、もっとも美しいスパルタの王妃ヘレネと結婚させてあげようと約束します。

 ここでパリスが選んだのが、アフロディーテの提案でした。パリスはヘレネをまんまと誘拐してきて、勝手に結婚しちゃいます。ですが、このあとヘラとアテネにきっちり恨まれて、戦争で大負け。かわいそうに。

 おつぎはなんだ。思いつくままに書いてますが……やはりメデューサですかな。あの目を見ただけで石に変えられてしまうという怪物。髪の毛は蛇なんですぜ。ペルセウスが、この怪物を倒しに行くときに、アテネは、鏡のような楯をペルセウスに貸してあげます。この楯に映った姿を見ているだけなら、石に変えられることはないんです。マジックアイテムですな。

 この話が成立した背景も少し考察してみましょうか。アテネはアマゾン女人族の時代からの神さまだったと、上の方で書きましたよね。じつはですね、この時代(まだギリシア神話が成立していなかった時代です)、アテネとメデューサ、そしてゴルゴンは、同じ神さまだったと考えられているらしいんです。メデューサはリビアでは蛇の神さまだったのです。ここでちょっとアテネのお母さんの名前を思い出してください。メティスでしたよね。似てると思いませんか、メデューサと。じっさい同一の神さまと考えていいでしょう。メティスはアテネの「知性」の側面で、そしてゴルゴンはアテネの「破壊」の側面を差すと考えられます。アテネが知恵と戦いの神さまなのは、二つの顔をもともと持っていたからのようです。で、それらが一体となって、アテネという女神が生み出された。その証拠に彼女がもっている楯には、もともと蛇の模様が彫り込まれているのです。なるほど、そう考えるとたしかにアテネは大英博物館のウォーリス・バッジさんが言うように、「自分から生まれた」者なのかもしれませんね。複雑な事情ですな。

 ここでアテネが「知恵」の神さまなのを思い出しましょう。蛇というのは、古代では知恵の象徴だったのです。そう。アテネは蛇の神さまだったと考えられます。旧約聖書ではそれが、イブにリンゴを食べることを勧める、ずる賢い蛇として描かれていますが、それもやはり「知恵」の象徴だった「蛇」が影響しているわけですね。

 ところがギリシア神話では、アテネは美しい女神になり、ゴルゴンは、ステノー、エウリュアレー、メドゥーサという三姉妹の総称ということになります。ステノー、エウリュアレーが不死の化け物。末っ子のメデューサだけが、不死ではないとされました。

 彼女たちが人を石に変えてしまう怪物となってしまったので、むかしは同じ神さまだったというのは、どうも具合が悪い。そこで、ペルセウスのメデューサ退治が書き加えられたと考えられます。メデューサを退治するための楯に蛇の模様が彫られてても不思議じゃないだろう。という発想ですな。逆に言うと彼女の持っていた楯に、蛇の模様が彫られていたのを、正当化するための作り話だったというわけです。

 なーんて、夢のない話を書いちゃいましたが、なかなかおもしろい説なので、ちょいとご紹介しました。でもこのエッセイは、学術的考察よりも神話の魅力を伝えるのが目的なのでメデューサが怪物になったいきさつなどご紹介しましょう。

 ゴルゴンになる前の三姉妹は、とーっても美しい娘さんたちだった。ところが末っ子のメデューサにポセイドンが求愛したところから話がおかしくなる。なぜだか知らないけどアテネが嫉妬するんですよ、メデューサに。

 なんで? アテネさん、あんたポセイドンのことが好きだったの?

 という疑問は置いといて、とにかく嫉妬したアテネが、メデューサを考えられる限り醜い化け物に変えてしまった。そのことに抗議した上の姉二人も、同じように醜い姿に変えた。かわいそうな姉妹じゃないですか! こんな横暴が許されていいんですか! 美しい女性が化け物に変えられちゃうなんて!

 うっ。ちょっと感情入りましたか?

 でもなんか変ですよね。永遠の処女であるアテネがポセイドンの女に嫉妬するなんて。上に書いたとおりゴルゴンのお話は、あとからつじつま合わせで書き加えられたという説がやっぱり正しいのかなと思ってしまう……いかんいかん。また夢がなくなってきた(苦笑)。

 でも、ここでペルセウスがゴルゴンのメデューサを倒したところはあえて書きません。有名なわりにそんなにおもしろくない。だってもとは美しかったメデューサを叩き殺すところなんて書きたくないよ。かわいそうじゃんメデューサ。彼女にどんな罪がある? まだ感情入ってますな(苦笑)。

 ぼくはむしろペルセウスがメデューサを倒し、彼女の首を持って帰るときの逸話が好きです。だから、そっちを書きましょう。というか書きたい。ぜひ。書くなといわれても書く。なぜなら……そーなんですよ。勘の鋭い方ならもうおわかりですね。出るんです、幽霊が。ひゅ~っ、どろどろ。

 違う!

 美女が出るんです。彼女の名はアンドロメダ。わが銀河系よりも、もっと美しい渦巻き状銀河の名前になった深窓のお嬢さま。さあ、書くぞ!

 えーと、いちおうペルセウスのことも書いとくか。彼はアルゴスの王さま、アクリシオスの奥さんのダナエーの息子さんです。でもお父さんは、アクリシオスじゃありません。ダナエーさん、だれと浮気したの? なんて、言うまでもないですね。そう。ゼウスのクソオヤジでございます。ちなみにダナエーさんに非はありません。悪いのはぜんぶゼウスです。

 ところでペルセウスは、アテネを正当化するために作られたお話なので、けっこう古いです。ぼくの記憶がたしかならば、彼はギリシア神話最初の英雄ですね。ヘラクレスなんかは、ずっとあと。

 で、いろいろあってですね、ペルセウスはゴルゴン退治に行く。ゴルゴン姉妹の中でも不死ではないメデューサ狙いです。そんでもってアテネの楯を利用して、まんまとメデューサを倒しました。というところから、ぼくの語りたいお話がはじまります。

 ところはエチオピア。その国の王さまには、カシオペアという美しいお妃さまがおりました。そして王さまとカシオペアのあいだには、女の子がひとり。その名をアンドロメダといいました。なにしろカシオペアの美しさを引き継ぎ、さらに磨きをかけた美しさ。カシオペアはアンドロメダが、かわいくてかわいくて、もう本当に自慢の娘でした。ここでカシオペアは、ギリシア神話では定番の、人間がいつもやらかす過ちを犯す。そうです。こう言っちゃうんです。

「ふふふ。海の神ネレウスの、五十人もいる娘たちですら、アンドロメダの美しさにはかなうまい」

 とね。こういうことを言うとですね、ギリシア神話の神さまたちは、必ず怒るんです。お約束なんです。ちなみに、ネレウスの娘たちというのはですね、ネレウスと奥さんドリスの娘さんたちで、その数はカシオペアさんが言うとおり、なんと五十人! よく産んだよなあ。その五十人の中には、有名人も多いんですよ。たとえば、かの有名なアキレスの母になるテティスさんもそのひとり。ハッキリ覚えてないけど、ポセイドンの奥さんになったのも、ネレウスの娘だったような気がするな。

 で、怒ったネレウスさん。自分より格上の海の神さまであるポセイドンに頼んで、洪水と大津波を起こしてもらいました。

 もちろん王さまは大あわて。神々の怒りを鎮めるにはどうしたらいいんでしょうと、神託を求めたところ、アンドロメダを海の怪獣の生贄に捧げよというお答え。ガーン。美しい、あの娘を海の怪獣の生贄にするだって? やだやだやだやだ! と王さまは思いましたけど、そこはそれ国と娘ひとりの命を天秤にかければ国の方が重たいわけですよ。

 王さまは、泣く泣く娘を海岸の岩に鎖でつないで、怪物の生贄としました。哀れなアンドロメダちゃん。あとはもう怪獣に食われるのを待つばかり。ああ、同じ食われるでも、どっかの若い男に食われる方が、百万倍もマシだ~。

 ところがどっこい。その、どっかの若い男が、ちょーど通り掛かったんですねえ。彼の名はペルセウス。ゼウスの息子だから、血統は正しい。父親の性格はともかく(笑)。

 ペルセウスはメデューサの首を入れた袋を持って、ペガサス(羽の生えた馬ですな)に乗って、優雅に空を飛びながらうちに帰る途中だった。そのとき、岩に縛られたアンドロメダを発見。

「なんだ、あの美しい娘は。なぜ、あんなところにつながれてるんだ?」
「でへへ」
 とペガサスが答えた。
「カワイイ顔してますけど、本当はとんでもないアバズレかもしれませんぜダンナ」
「うるさい。だまれ。美しい娘は、心も美しいと決まってるんだ!」
「ダンナも、まだ若いなあ。美人で性格もいい女? そんなのがいるわけないでしょ」
「だまれと言ってるだろ。ペガサス。あの岩場に降りるんだ。早くしろ」
「へいへい。ま、ダンナがそう言うなら降りますけどね。あっしは、どうなってもしりませんぜ」

 なんて会話があったはずありませんが、あったらおもしろいな。あ、そうそう。ペガサスはメデューサを殺したときに、床に流れた彼女の血から生まれました。なんか話が前後して申し訳ない。マジで思いつくまま(思い出すまま?)書いてるな(苦笑)。

「お嬢さん」
 岩に降りたペルセウスは言った。
「なぜ、こんなところにつながれているのです?」
「ああ、どこのどなたか存じませんが、どうぞ早くこの場を離れてください。もうじき怪物がわたしを食べに来るのです。あなたまで巻き添えになってしまいます」
「怪物ですって? なぜそんなことに?」
「じつは、かくかくしかじかなんです」
 アンドロメダはことの経緯を話して聞かせた。
「おお! それはなんという不運。おいペガサス、聞いただろ。このお嬢さんのどこがアバズレだ」
「ふーん」
 ペガサスはタバコを吸いながら答えた。
「ま、だれだって自分を悪くは言わないもんですよ。どうしてこのお嬢さんがうそつきじゃないとわかるんですダンナ」
「美しい人はうそなどつかないのだ」
「ダンナ……女にだまされるタイプだね」
「だーっ、うるさい! ぼくはこのお嬢さんを助けるぞ。そうだお嬢さん。まだお名前を聞いていなかった」
「アンドロメダです」
「おお。美しい人は、お名前まで美しい」
「そんな……あなたさまこそ、なんとおっしゃいますの?」
「ペルセウスです」
「まあ、すてきなお名前。凛々しいお方はお名前もステキですね」
「けっ」
 ペガサスはタバコを足でもみ消した。
「やってらんねえよ」

 ペガサスくん、ずいぶんな性格のようですが、彼は自由人なので主人を持たないのだ。いや、それはホント。

 そりゃそうと海から怪獣が現れた。さっきから「怪獣」と書いてるけど、その怪物をクラーケンとする物語が多いようです。なのでぼくもクラーケンにしときますか。

 てわけで、ペルセウスは剣をとり勇敢に戦った。のではなく袋に入れたメデューサの首を取り出してクラーケンにに見せた。

「ぎゃーっ! そんなの反則じゃん!」

 とクラーケンは叫びながら石になった。

「ふはははは! 正義は勝つのだ!」

 ペルセウスくん、高笑い。このあとペルセウスの父親であるゼウスが、ポセイドンを説得して怒りを鎮めさせてエチオピアは救われました。

 さーて、思いがけず、アンドロメダという美しい女性を手に入れたペルセウスくん。アンドロメダと結婚してミュケナイを建国し、その国の王さまになりました。

 ところで、メデューサの首はどうしちゃったんでしょうか? 通説ではペルセウスはメデューサの首をアテネに捧げ、アテネはその首を自分の楯に彫り込んだ……となっていますが(アテネの楯に蛇が描いてある理由を説明するため)、ぼくは違う説を紹介しましょう。

 ペルセウスは、メデューサのような恐ろしいモノをこの世から追放したくて、その首を海に投げ捨てたそうです。でも彼女の首はいまも潮流に流されて、海の底を転がりながら、サンゴを作っているんだそうです。ね、こっちの話の方がいいでしょ?

 こんなところで、ぼくのアテネにかんする記憶はネタ切れです。

 お楽しみいただけたら幸いでございます。

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