都市交通網と本を読む時間の話。

先日アップしたこちらの記事が、シェア180件を超えたりとかしてて驚愕しております。本当にありがとうございます。
古都へ集うクリエイターたち:地方で働く選択と、街づくりの成功と失敗
https://note.mu/terry10x12th/n/ncd2ac72db1b0

んで、その中で、「車社会と東京のような都市社会モデルは相性が悪い」ってなことを書いたんですが、以前別のところでそんなテキストを書いていたのでこちらで再掲。

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社会人になって電車通勤を始めると、行き帰りの電車の中でよく本を読むようになる。

田舎に住んでたころは車生活だったので、本を読むためには「本を読む時間」を作る必要があったのだが、電車通勤になったら毎日2時間程度「本を読むくらいしかすることのない時間」が発生するようになった。

品川駅には大きな本屋が軒先を開いているが、これは「電車に乗っている時間」というマーケットに対してのダイレクトな、非常に効果的な商品展開と言える。

よく、その都市の文化レベルを計るには本屋を探せと言うが、都会に本屋が多いのは、こうした事情から、本の購入に対する需要が多いことにもよるのではないか。

そう考えると、「車社会には文化が育ちにくい」という仮説が成り立つ。都市の文化レベルは実は、都市交通網の発達に大きく依存しているのかもしれない。


車での移動は、目的地へのダイレクトアクセスである。

そのため、「ついでに寄っていく」という需要が発生しにくくなる。

もちろん、目的への経路の途中でどこかの店による、ということはあるだろうが、経路から少し外れたところに行くにはわざわざ経路を外れるだけの動機付けが必要だし、また路地の奥や駐車場のないところへはアクセスしにくい。

これはつまり、車社会では電車社会に比べ、個人経営の小さな店舗は客を呼び込みにくいということにもつながる。


また、飲食店経営などにおいてセオリーとされていることのひとつに、「客層が若くなったら店じまいを考えろ」というものがあるという。

車社会においては、都市の消費を担う20代後半~40代の社会人が駅に立ち寄らなくなる。そのため、駅をよく利用するのは、車を持たない若年層が中心ということになる。

つまり、飲食店経営に限らずとも、駅を中心とした消費文化が育ちにくいのである。


こうした事情が重なると、都市の店舗からは多様性が失われ、大資本による無難なチェーン店か、郊外型の大型店舗ばかりに客が集まるようになる。

そうなると、店主のこだわりを集めたセレクトショップといったものは発生しにくいし、また、収益性の悪いカフェなどもなかなか持続が難しい。

また、車社会では歩く用事があまりなく、一休みして本を読むカフェにも人が集まらない。

そして、歩いているはずの若年層は、落ち着いたカフェで高いお金を払ってコーヒーを飲みながら読書をするという消費行動に出ない。


地方都市が町おこしや消費の盛り上がり、文化の盛り上がりを狙って、若年層を取り込もうと躍起になっている事例のほとんどは、東京の真似をしたものだ。しかし、これは完全にピントがずれているといわざるを得ない。

そもそも、交通網などのインフラが本の流通や多様な消費文化に影響していると考えるならば、ベースとなる社会モデルが異なる地方都市に都心でのモデルを持ち込んで成功するわけがないのである。

都心への憧れをもち、お金を持っていない若年層ばかりが集まっても経済が回らないし、それに若者であれば東京にいって「本物」に触れる機会がいくらでもあるのだ。


車社会が悪いといっているのではない。

車社会に対して、電車社会のモデルを当てはめるのが間違いだということ。この二つは、まるで前提の異なる文化の上に成り立っている。


これからは地方の時代だ、といわれて久しい。

しかし、地方が盛り上がるビジョンについては、結局都心の文化を真似したいだけという以上のものが出てきていない。

ここから一歩抜け出した地方独自の文化発展を考えるとき、重要なのはメディアでも企業でもましてや特産品でもなく、結局は交通網などに依存した人々の生活そのものであるはず。

割かし当たり前なことのはずなんだけど、こういうとこが意外とおろそかになってるような気がするんだよねぇ。

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