スイスフランと日本円を分けたもの、それは会計制度の違い!
上昇を続けるスイスフランと下落を続ける日本円の流れを決定づけたものは、実は、スイス国立銀行(以下、スイス中銀)と日本銀行の会計制度の違いに原因があった。そこから今後のスイスフランと日本円の行方を占った。
1.スイスフランと日本円が逃避通貨として選好される背景
スイスフランと日本円は、歴史的に逃避通貨として、経済的なショックが発生した場合には、選好される2つの代表的な通貨である。安全資産として危機時に選好される背景には、両国とも安定した経常収支黒字国であることが主たる原因である。
従って、趨勢的に自国通貨高を受け入れてきた両国中銀は、行き過ぎた通貨高を抑制するために、断続的に自国通貨売り介入を行って来た経緯がある。そのため、両国とも巨額な外貨準備高を抱えることになった。
2.スイス国立銀行と日本銀行の会計制度の違い
スイス中銀は、外貨準備高を時価会計で評価するため、自国通貨高が進展すると外貨建て資産に関して評価損失が発生する。その一方、日本銀行は、外貨準備高に関して時価評価を行わないため、自国通貨高局面でも、評価損失を計上することを回避することができた。
その結果、図表1の通り、2022年度、スイス中銀は、過去最大の1325億スイスフランの損失を計上、中銀の分配準備金1025億スイスフランが払底。更に実現損処理に伴う引当金を考慮した純損失が、395億スイスフランに達した。
これ以上の損失計上を回避するためには、積み上がりすぎた外貨準備高の残高を落とすしかなく、インフレ抑制という名目で、2022年から外貨売りスイスフラン買いを実施している。その結果、図表2の通り、スイスの外貨準備高は、順調に減少傾向を続けている一方、スイスフラン高は継続することとなった。
3.スイス国立銀行と日本銀行の外貨準備高の評価損益状況
スイス中銀が、自国のインフレ率が中銀目標の2%を下回っても、外貨売りスイスフラン買いを停止できない理由は、減少したとはいえ、依然として6,000億スイスフラン以上の外貨準備を抱えていることが挙げられる。行き過ぎたスイスフラン高は、国内輸出企業の対外競争力を弱めるなど、国内経済に悪影響を与えるが、これ以上のスイス中銀の評価損失を回避するには、やむを得ない措置と考えられる。
一方、1990年代の超円高局面でも、日銀は外貨準備高の評価損失を計上することを回避できたため、今日、ドル円相場が150円近くまで上昇したことで、逆に巨額の評価益を抱える状況にある。
因みに、昨年10兆円近い円買い介入を実施したが、日銀の外貨準備高の平均簿価を95円とすると、5兆円近い実現益を計上できたことになり、今後、日銀が円買い介入を実施する度に巨額の為替実現益を計上することになる。
4.国際収支統計から見えるスイスフラン円相場の行方
現在の日本の国際収支統計をみると、対外直接投資などの資本収支の赤字が、経常黒字を上回る段階に入っており、為替需給は、今までの円高から円安方向に大きく構造転換が起きている状況にある。
円安は、輸入物価を押し上げるデメリットがある一方、交易条件を改善させ、名目GDP拡大要因として働くため、税収の増加要因となるなど、経済的なメリットが大きい環境にある。
また、日銀は、巨額な外貨準備高の含み益に加え、ETFの含み益も巨額になっており、出口戦略でいかに残高を減らすかの課題はあるものの、スイス中銀と異なり、資産売却が益出しになるメリットは計り知れない。
こうした状況を考慮すると自国通貨高に苦しむスイスと自国通貨安を享受する日本とのコントラストは明白である。図表3の通り、現在、史上最高値を更新し続けるスイスフラン円相場であるが、これはまだ上昇の途上であり、170円を超えて更に上伸する余地が大きいものと判断できる。
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20231023執筆 チーフストラテジスト 林 哲久
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