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食料安全保障は主食の国内供給の確保が基本 -コメ不足は構造的背景-

スーパーなど小売店の店頭でコメの品切れが相次いだ。今回のコメ不足は様々な要因が重なったものと考えられるが、コメの作付面積の長期減少基調を考えると、今後もコメ不足が頻繁に起こる可能性は否定し得ない。減反政策を真の意味で完全廃止し、コメ生産の自由化、コメ輸出の積極化を実現し、食料安全保障の強化を図るべき時である。


令和の米騒動?


スーパーなどの小売店の店頭でコメの品切れが相次いでいるというが、そろそろ落ち着いてきただろうか。「令和の米騒動」等と煽るような報道も散見される。そうした報道では、コメ品切れの要因として、①昨年の猛暑と雨不足による不作、②インバウンドなどによる需要増、③南海トラフ地震臨時情報や大型台風接近による買いだめ、等を挙げていることが多いようだ。9月には新米が市場に出てくるので心配する必要はないとの解説、そうは言っても構造的問題があるのではないかとの懸念などが付随しているケースもある。
品切れの要因として挙げられている一つ一つについては、コメ市場全体に対する比率はそれほど大きくないとの解説もあり、そのこと自体は筆者も同意する。流通過程の課題も含めて、今回のコメ品切れは様々な要因が複合的に重なったものであると推測される。
ただし、今回のコメ不足は一時的現象で今後は心配ないのかと問われれば、「否」との回答となろう。コメをはじめとして日本の農業は構造的な問題を抱えている。

主食のコメは自給率100%近いが…


二つの自給率向上が生き残りの鍵(2)-輸入頼りの三大栄養素-」(2023年2月17日)で書いたように、1960年度以降の重量ベースでの品目別自給率をみると、記録的な冷夏によって「平成の米騒動」とも言われた1993年度の不作の年を除き、コメはほぼ一貫して100%近い自給率となっている。
 
図1:コメなどの自給率(重量ベース)

出所:農林水産省「食料需給表」より筆者作成(図の注を文末に記載)

ただし、コメの1人当たり消費量(以下、重量ベース)は1960年代前半をピークに長期減少傾向にある。コメを直接的に代替するものとしては、パン、うどん、ラーメン、パスタなどの原材料となる小麦が連想されるが、1960年代後半以降はほぼ横ばいである。江戸時代の飢饉時や戦時中にコメの代替として人々の食生活を支えたいも類は1960年代に減少傾向となった後はほぼ横ばいである。
 
図2:穀類、いも類の1人当たり年間消費量(重量ベース)

出所:農林水産省「食料需給表」より筆者作成(図の注を文末に記載)

1960年度以降で1人当たり消費量が増えたのは、牛乳及び乳製品、肉類などである。牛乳及び乳製品は、2010年代半ば以降は重量ベースで穀類を上回っている。
コメの1人当たり消費量の減少に2000年代後半以降は人口減少が加わり、コメの需要が長期的に減少基調となっていることが、コメの自給率ほぼ100%を可能にしてきたと考えられる。
 
図3:主な類別の1人当たり年間消費量(重量ベース)

出所:農林水産省「食料需給表」より筆者作成(図の注を文末に記載)

減少傾向続くコメの作付面積

(1)コメの作付面積、収穫量は長期減少基調

コメの作付面積は減少傾向が続いている。1950年代半ばから1960年代に320~330万haの水準であったコメの作付面積は、1970年代前半に大きく減少し、その後は微増の年もあるが減少基調が続いてきた。直近2023年では135万ha弱と1960年代の最盛期の4割程の水準となっている。
作付面積の減少に伴い、コメの収穫量も減少基調が続いてきた。1960年代後半まではコメの収穫量は基本的に増産が続いていたが、1970年代前半に大きく減少し、その後は増減を繰り返しつつも長期的には減少基調である。
1967年のピークには約1,445万tであったコメの収穫量は、直近2023年には約717万tと半減している。一方、1967年の日本の総人口は1億人強であったが、2023年は1億2,400万人強である。1967年よりも人口が増えている一方でコメの収穫量が減少しているにもかかわらず、コメの自給率が100%近い状態を保っているのは、炭水化物系食品に対する1人当たり消費量の減少、その裏返しに近い側面のある食の多様化の影響であろう。
 
図4:コメの作付面積と収穫量

出所:農林水産省「作物統計」より筆者作成(図の注を文末に記載)

しかし、「二つの自給率向上が生き残りの鍵(2)-輸入頼りの三大栄養素-」(2023年2月17日)の「タンパク質は輸入頼り」で記したように、1人当たり消費量が増えてきた牛乳及び乳製品の自給率は60%程度(家畜の育成時の飼料の自給率も考慮すると25~30%程度)、肉類の自給率は50%強(同10%以下)とかなり低い。台湾有事など輸入が物理的に滞るような事態が起きれば、牛乳及び乳製品や肉類の供給が減少し、コメの消費を増やさざるを得なくなるかもしれないが、作付面積が減少基調のコメに国内での供給余力はあるのだろうか。

(2)食料安全保障と逆行する亡国の減反政策

コメの作付面積及び収穫量の減少は、1971年に本格化した減反政策の影響である。減反はコメの生産を抑えて価格を維持する政策であり、転作奨励金など時代に応じて様々な手法が用いられてきた。2018年度で減反政策は廃止と報道されたが、「行政による都道府県別の生産数量目標等の配分は行わない」(農林水産省「米穀の需給及び価格の安定に関する基本指針」より)ということであり、生産を減らせば補助金を出すという基本的な枠組みは維持されている。真の意味で減反政策が廃止されたのであれば、コメの作付面積は増加しても良さそうだが、図4で示したように減少傾向は続いている。
減反政策は食糧管理費の増加への対応やコメの価格維持策として実施されてきたが、食料安全保障と逆行する亡国の政策である。減反政策を真の意味で完全廃止して、コメ生産の完全自由化を実施し、国内で消費できない部分は積極的に海外輸出すれば良い。一時期、インディカ米とジャポニカ米の違いなどで輸出は簡単ではないなどの見解が流布したこともあったが、世界的な和食の流行などを見れば、そうした見解は積極的なコメ輸出政策を実施しないための言い訳にしか思えない。
今年(2024年)6月に成立した「食料供給困難事態対策法」は、国内における食料の供給量が大幅に不足する事態が生じそうな時に食料供給確保の措置を講ずることを定めたものである。この法律では食料供給困難事態が生じた際、輸入業者、生産業者、販売業者等に対して食料供給確保の取組を事態の深刻度に応じて、「要請」「計画の届出指示」「計画の変更指示」「生産転換・割当て等」を実施する。応じる事業者には財政上の措置、違反した場合などの罰則や公表措置などが規定されている。確かに非常事態の場合、このような措置も必要となろう。しかしながら、これまで散々農業生産現場が疲弊するような政策を実施してきたのに、生産現場に強制的措置を実施するのは生産者の意欲を削ぐことになるのではないだろうか。それ以前に、措置の対象となる生産者が既にそれほど存在しない事態に陥っているのが現状ではないだろうか。

大規模農業の推進


コメの作付面積増加に政策の舵を切ったとしても、「二つの自給率向上が生き残りの鍵(3) -農業の企業組織化・大規模化-」(2023年2月22日)の「農業生産者の高齢化と耕作放棄地の増加」で記したように、基幹的農業従事者の高齢化は一層進展し、耕作放棄地も増加し、従来パターンの農業生産現場の余力はほとんど無いであろう。今回のコメ不足は様々な要因が重なったものであるが、コメの作付面積の長期減少基調が継続するならば、今後ともコメ不足が頻繁に発生する可能性を否定し得ない。
同稿の「企業組織化・大規模化による農業生産力の強化」で述べたように、農業の企業組織化と耕地の大規模化を政策として積極的に推進し、生産性の高い揺るぎ無い農業を確立し、食料安全保障の強化を図るべき時である。


図1の注
注1:自給率=国内生産量/国内消費仕向量×100(重量ベース)。
注2:コメについては、1998年度から国内生産量に国産米在庫取崩し量を加えた数量を用いて算出。
注3:2023年度は概算値。

図2の注
注1:1人当たり年間消費量は、統計用語としては「国民1人・1年当たり供給純食料」。
注2:純食料は、粗食料に歩留りを乗じたものであり、人間の消費に直接利用可能な食料の形態の数量を表している。粗食料の数量は、国内消費仕向量-(飼料用+種子用+加工用+純旅客用+減耗量)である。歩留りは、粗食料を純食料(可食の形態)に換算する際の割合である。
注3:「その他の穀類」は、大麦、はだか麦、とうもろこし、こうりゃん、その他の雑穀、の合計。
注4:2023年度は概算値。

図3の注
注1:1人当たり年間消費量は、統計用語としては「国民1人・1年当たり供給純食料」。
注2:純食料は、粗食料に歩留りを乗じたものであり、人間の消費に直接利用可能な食料の形態の数量を表している。粗食料の数量は、国内消費仕向量-(飼料用+種子用+加工用+純旅客用+減耗量)である。歩留りは、粗食料を純食料(可食の形態)に換算する際の割合である。
注3:本図に掲載していない類別は、でん粉、豆類、海藻類、砂糖類、油脂類、みそ、しょうゆ、その他食料計。
注4:2023年度は概算値。

図4の注
注1:コメは水稲、陸稲の合計。
注2:「主食用」は、備蓄米、加工用米、新規需要米等を除いたもの。新規需要米は、飼料用、米粉用、稲発酵粗飼料用稲、青刈り稲・わら専用稲、新市場開拓用(内外の米の新市場の開拓を図ると判断される用途に供される米穀)である。


20240905 執筆 主席研究員 中里幸聖


前回レポート:
大地震に向けた備えは常に」(2024年8月15日)

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