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今を生きる


先日「いる」と「する」について書いた。
このことを頭に置きながら、珍しく旦那氏が休みの日曜に彼とわたしの関係や動き方を観察してみた。

「する」が多いと負担感が増すと同時に、「する」行為には見返りを求めるエンパシー的な感覚がある。
家の中では母親にエンパシー傾向が強くなるため、どうしてもわたしが家のことや子どものことを「する」ことが多い。昔はそれに対する不満が溜まり爆発することが多かった。

*エンパシーとは、感情の共有と共感的で、よく気が利き、人に対して世話を焼く。オキシトシンの働きと似て、見返りを求める傾向がある。男性よりも女性に多いが、人当たりのよい男性はエンパシー傾向が強いように思う。

そんなことを感じていたら、向真希さんのTwitterを見つけた。

わたしのエネルギーが大きいかどうかはわからないが、上記を読んだとき心臓のあたりが強く震えた。

ごく普通に市井の人として、静かに誠実に大切な人たちを支えて生きることがどんなに難しく、だからこそ素晴らしいことか。
向真希さんのTwitterより


自分が特別になりたいとは思わない。ただ、みんなが幸せだと感じることのできる日が1日でも多くありますようにと、偽善的で自分勝手でちっぽけな自分にできることを探しているだけだ。

そのために、おろそかにしがちな毎日をどれだけ大切にできるか、本当に生きることの全てが修行なのなだなと心臓から肚へとストンと落ちるような感覚になった。

星だとか運気だとか、どんな知識や技術があるかとか、そんなことではなく、生きること自体が自分自身であり、命の在り方なのかもしれない。


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