2023.11.29 ゼロに戻す

土井善晴さんの「味つけはせんでええんです」という本を読んでいる。読みやすく、それでいて土井先生の独特の語り口調が聞こえてくる。文章のリズムがとても心地いい。お話の内容はとても深くわたしの心の奥底、澱みに沈んだ記憶を刺激した。一気に読みたいところを我慢して、少しずつページを捲っている。
まだ読んでいる最中だが、忘れられない箇所がある。

(前略)
綺麗な台所、まずなにもない清潔を、ゼロというコンディションとします。なにかすれば、少し汚れますからゼロではなくなります。次のことをする前に、元のゼロに戻すことが始末をつけるということです。ゼロから始まってゼロに戻すこと、それが始末のついた仕事です。

土井善晴/味つけはせんでええんです
ミシマ社 p.128

わたしはこの「ゼロに戻す」ことが苦手だ。やりっぱなしで放ってあることがとても多く、片付けも苦手。言い訳をするなら5人の子どもと4匹の猫と同居していて、散らかるのは当たり前。大雑把のO型である。でも昔からモノの少ない家への憧れが強くて、ミニマリストにも憧れた。タブーと知りつつ旦那氏のおもちゃも大量に処分したし、わたしの荷物も一時期は本当に少なかった。子ども服にしてもおもちゃにしても買っては捨てるを繰り返すことが嫌になったけど、子どもは大きくなるし、男の子の服はあっという間に穴が空く。

この一文を読んでから毎日「ゼロに戻す」と念仏のように唱えながら、床に散らばった靴下と学校のプリントを拾い、座布団を片付けて掃除機をかける。トイレを掃除して洗濯を干す。なかなか終わらない家事に溜息がもれる。

昔の人はなんと尊いのだろう。
朝起きたら布団を畳んで仕舞う。
ご飯を作り、洗い物も済ませて食器や鍋も仕舞う。
洗濯物も干して乾いたら仕舞う。
仕舞ったあとは、そこに布団があったことも、誰かが寝ていたこともわからないような気がする。ご飯を作り食べた形跡も残さない。全てをゼロに戻す。

今を生きる私たちの生活は、ゼロベースではなくなってしまった。昭和の終盤に生まれたわたしはモノがあるのが当たり前で、たくさん持つことが大人で豊かなのだと信じて育ってきた。持つ者と持たざる者という言葉が貧富の差だと感じていた。
たくさんのモノに囲まれて頭ばかり忙しい今、できることならわたしは持たざる者になりたいと願う。本当に大切なことはたくさんのモノではなく、ゼロに戻す心の余裕(すき間)だと思う。

『岡潔 数学を志す人に』には、次のような一説があります。
(中略)
しかし人は壁の中に住んでいるのではなくって、すき間に住んでいるのです。むしろ、すき間でこそ成長するのです。

土井善晴/味つけはせんでええんです
ミシマ社/p.081

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