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「サルは売り切れました」

毎日、帰りにとおる道すがらに

サルがいる。

そのサルは人の声に反応して、声を出して踊る。人形のサルだ。


無性にそのサルが気になるものの、毎日話しかけられないでいる。

まるであの頃の初恋のようにといえば、聞こえはいいが、それはまるでパーティーに突然参加し、みんながそれなりに盛り上がる中で、自分だけシャンパングラス片手に誰にも話しかけられず立ちすくんでいるときかのようだ。


お店の人の目があるし、こんなに図体のでかい30代の男が突然サルに話しかける姿を見たら、小さな子どもはトラウマになりかねない。
今後サルを見るたびに、あの謎のおじさんが頭の中に浮かび上がり、悲鳴をあげそうになる人生を送るかもしれない。
物心ついてこれはトラウマなのか?サルも出てきているから、トラとウマとサルの三重奏なのか?とか思うようになってしまうかもしれない。
干支のことまで嫌いになるかもしれない。


だから僕は、その店に置いてあるサルの人形に話しかけられないでいた。
でも、なぜか気になる。見た目がかわいいし、あのサルがどんなふうに声を出して踊るのか、見てみたい。

もちろん購入することもままならない。チラチラと横目で値段を確認すると、3,000円だった。手の届かない値段ではない。いっそ購入して、家でサルに思う存分話しかけてみようかと思ったことは一度や二度ではない。

でも、なぜか購入にはいたらない。100kgを超える巨漢の男が、嬉しそうにサルをレジに持っていく姿を見た小さな子どものお母さんは思うだろう。
これが世紀末かと。


そんなわけで、僕はほぼ毎日サルを横目に帰宅し、サルに思いを馳せていたわけだ。


気になる人ができた時ってこんな感じだったのだろうか。教室にいる好きな子。今までは何気なく会話できたはずなのに、急に意識してしまい会話がぎこちなくなる。そのうちなんだか話ができなくなって、その子が楽しそうに男子と話している横を、遠い目をして通りすぎる。

そんな日々だったのだろうか?あれ覚えがないぞ。そんなロマンチックな経験あったのだろうか?


ある日、お店のディスプレイが変更になり、いつもの場所にサルがいなくなった。
誰からも話しかけられなくても、いつも微笑しながらそこに座っていたサルが、横目でチラッと見える場所からいなくなった。

僕は焦って、サルを探した。

他の商品に興味があるフリをしながら、店内をくまなく探す。こんな時ですら、僕は素直になれない。

だから大好きなあの人を失ったのだ。
「本当に手に入れたいものをお前はいつも周りの目を優先して、手放してきたんだろう。」
そんな過去があったかどうか、全く思い出せないが、どこかの誰かがそんなふうに僕の脳内へ直接語りかけてくる。

サルはお店のどこにもいない。山崎まさよしもびっくりなくらい、どこにもいない。
向かいのホーム、路地裏の窓、そんなところにサルがいるはずもない。

ただ、願いが叶ったのか、最終的にサルを発見することができた。サルは通路を挟んだ別の店舗にいた。正確には、それは別の店舗ではなく同じ店が通路を挟んで、店舗の敷地を持っており、僕が勝手に別店舗だと思っていただけだった。

そこにサルはいつもの微笑を称えながら、いつものように静かに座っていた。
ほっとして、僕は思わずサルに「びっくりさせやがって」と声をかけてしまった。

その瞬間、僕の声に反応したサルが、身体を上下させながら「びっくりさせやがって」と喋った。
そう、サルは声に反応して踊る人形ではなく、誰かが喋ったことを身体を上下させながら真似して喋るサルだったのだ。

その瞬間、僕の身体には明らかに電流が流れた。松田聖子に言わせれば、ビビビッときたというやつだ。
正確にいえば、すでにビビビってきていたから、僕はサルを必死に探したのだが、喋るサルをみて、その思いは確信に変わった。


ただ、その日も変な自尊心が邪魔をして、結局サルを買って帰ることはできなかった。
店内をくまなく探しまわった末に、あいつが欲しいのはサルの人形だったの?と思われるんじゃないか?そんな情けない羞恥心にさいなまれ、僕はその日もサルを置き去りにした。


その後もサルのディスプレイさせる場所は何度か変わり、その度に僕はサルを探すことになるが、近ごろサルはかつてあったのと通路を挟んで逆側の、歩きながらでも見える場所に配置されることになっていた。

いつの間にか喋る人形はサルだけでなく、サイやウサギなども仲間入りし、心なしかサルも友達ができて嬉しそうだ。

そんなある日のこと、僕はいつものように帰り際、サルを横目で確認し、ハッとした。

いつもの場所にサルはいた。ただ、そこに張り紙が貼ってあったのだ。
小さな文字で書かれていたので、最初は読み取れなかったが、横目で見るのをやめて、正面からよく見ると

「サルは売り切れました」と書かれたいた。


今ディスプレイされているサル以外のサルは売り切れてしまったのだろう。

もうサルを購入することは許されない。ディスプレイされているサルを売って欲しいと店側に打診することはできるかもしれないが、それは何か違う気がする。


そこにサルがいるのに、手に入らない。今後二度と彼と自由に話をすることはできない。

誰かに恋人を取られたような気持ちになった。先ほどから何度も言っているが、そんなことは今までの人生で一度も経験したことはない。


恥ずかしさにかまけて、サルを購入しなかったこと。いつまでもそこにいてくれると思っていたこと。それらの不適切な行いが招いたこの結果が一気に実感としてさし迫ってきた。

通路がいつもより広く感じる。今まで見たことのない景色が目の前に広がる気がする。ここは本当に毎日通っている帰り道なのだろうか。
ローマの休日のような白黒の日常に迷い込んでしまったようだ。色を失った世界。

お店の人がこちらを見ている気がする。今はもう羞恥心なんてどうでもいい。僕は正面からサルを見つめる。そこにははっきりと「サルは売り切れました」の文字。文字と紙の色は確かに白黒で、そこだけ実感を伴って僕に押し寄せる。


たった何秒かのことだったろう。僕は我に返り何かを悟ったように「あぁ、まぁそんなもんか」と小声で呟く。

サルが反応するには声が小さすぎたようだ。
サルはなんの反応も見せず、いつもの微笑でそこに座っているだけだった。




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