監査人交代時の泥仕合―アメリカのケース【監査ガチ勢向け】
監査人が交代する理由はさまざまです。本音と建前が交錯することも多いでしょう。公開の場で、本音がぶつかり合ったケースがアメリカであります。
監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。
問題となった会社は、Digital World Acquisition Corp.(以下、DWA)という、いわゆるSPACです。
SPACとは、Special Purpose Acquisition Company(特別買収目的会社)の略。事業のない空っぽの会社を設立して上場させ、通常は2年以内に未上場企業を買収して合併します。
空っぽのシンプルな会社なので上場させやすく、一時アメリカで爆発的に流行しました。
規制が厳しいアメリカでどうしてそんなことがまかり通るのか。
とても不思議でしたが、案の定、問題が多発して規制が強化され、今では下火になっています。
このDWAの監査人が辞任することになりました。そして世の中に公開されている書類の上で、DWAと監査人とで意見がぶつかり合います。
会社の言い分
DWAは2023年8月1日にForm 8-K(臨時報告書)を米国SECに提出、監査人であったMarcum LLPが辞任したことを開示しました。
この8-Kには辞任の理由は記載されていませんが、「報告するべきイベント」("reportable events")として2点が挙げられています。
前期の未処理インボイス
DWAの説明を要約します。
2022年度の監査終了後、2023年度の四半期レビューのためにインボイス2件を監査人に提出した(DWAは12月決算会社)
監査人は、いずれも2022年度に未払計上しておくべきものだと主張した
しかし、当社は意図的にこの2件を間違ったわけではなく、監査人が2022年度の監査手続を適切に遂行していれば発見されていたはずである
前期監査における取締役会議事録の未提出
こちらもDWAの説明です。
2022年度の監査終了後、2023年度の四半期レビューのために2023年1月以降に開催した取締役会の議事録を監査人に提出した
監査人は、2022年度の監査終了までに開催された取締役会の議事録は、2022年度監査時に提出されるべきものだったと主張した
しかし、過去の監査でも対象年度終了後に開催された取締役会の議事録は提出していない
監査人の反論
これに対し監査人は、反論するレター(リンク先のExibit 16.1)を半月後(2023年8月15日)にSECに送っています。
まず、辞任の理由は、DWAの経営陣とガバナンス体制への懸念によるものと説明しています。
実はDWAは2023年7月20日にSECから処分を受けています。
2021年の上場時のForm S-1(目論見書)の中で、いかなる会社ともM&Aの交渉は行っていないと説明していたが、後ほどそれがウソであったことが分かったとのことです。
これで監査人は態度を硬化させ、もともと懸念はあったのだと思いますが、辞任に踏み切ったようです。
会社の主張に対しても反論しています。
前期の未処理インボイス
適正な財務諸表を作成する責任は経営者にあり、会社が網羅的に未払計上を行う責任がある
経営者は、経営者確認書においてこの責任を果たしたと陳述していたが、責任は果たされていなかった
前期監査における取締役会議事録の未提出
経営者は、経営者確認書において「監査人に株主総会、取締役会、各委員会の議事録、または議事録が未作成の場合は決議の要約を提出しました。最後に開催されたミーティングは2023年4月16日です」と記載している
DWAは実は…
このDWA、実はいわくつきの会社なんです。
DWAがのちに買収し、合併する未上場企業の名前は、Trump Media & Technology Group Corp.(以下、TMTG)と言います。
トランプ元大統領がTwitterから締め出しを食らい、独自のSNS(Truth Social)を立ち上げるために設立した会社です。
DWAは、上場前からTMTGと交渉をはじめていました。前述のSECからの処分は、この交渉を開示していなかったことによるものです。
ほかにもいろんなことが起こっています。
何かの参考になるかもしれませんので、時系列でざっとリストします。
DWA、Form 10-K(有価証券報告書)の提出が遅れる旨の届け出(2022/3/31)
DWA、2021年度のForm 10-Kを提出(2022/4/13)
※継続企業の前提(Going Concern、GC)の注記ありDWA、Form 10-Kの提出が遅れる旨の届け出(2023/4/3)
DWA、2022年度のForm 10-Kを提出(2023/4/26)
※GC注記あり、開示統制と財務報告統制に開示すべき重要な不備(Material Weakness、MW)ありSEC、DWAに対してForm S-1(目論見書)の不実記載により処分(2023/7/20)
DWA監査人であるMarcus LLP、DWAに辞任を通告(2023/7/27)
DWA、Form 8-K(臨時報告書)により監査人辞任を開示(2023/8/1)
DWA元監査人であるMarcus LLP、DWAの開示に反論するレターをSECに提出(2023/8/15)
DWA、2022年度のForm 10-K/A(訂正有価証券報告書)を提出(2023/10/30)
※2件のインボイスにかかる過年度修正を行う訂正
※2023/8/8に契約した新任監査人Adeptus Partners, LLCが過去2年分を監査
※GC注記あり、MWありDWA、2022年度の2度目のForm 10-K/Aを提出(2024/1/9)
※過年度訂正した旨の注記が漏れており、監査報告書にも言及されていなかったDWA、TMTGと合併し、社名をTMTGに変更した旨を発表(2024/3/25)
TMTG(旧DWA)、2023年度のForm 10-Kを提出(2024/4/1)
※GC注記、MWありTMTG、Form 8-Kにより監査人交代を開示(2024/4/1)
※TMTGの監査人であったBF Borgers CPA PCに交代するTMTG、2023年度のForm K/Aを提出(2024/4/3)
※過年度訂正した旨の注記は不要なのに記載されており、監査報告書でも言及不要なのに言及していたためSEC、BF Borgers CPA PCとその監査パートナーの業務停止と罰金処分を発表(2024/5/3)
※過去にも処分歴があるが改善されず、さらに調書改竄も発覚したためTMTG、Form 8-Kにより監査人交代を開示(2024/5/3)←NEW!
※Semple, Marchal & Cooper, LLPを選任
分かりました?
おわりに
この記事を書こうと思ったのは、「SECが不正調査の結果トランプ・メディアの監査人を業務停止処分」というニュースを見て、何が起こったのかと興味を持ったことがきっかけです。
元大統領の会社自体に不正があったのかと思いましたが、そうではなく、監査人に大きな問題があったということでした。
トランプ・メディアについて調べていくと、イレギュラー対応のオンパレード。どんな切り口で記事にするか迷った結果、監査人交代時のドタバタを取り上げることにしました。
最後のリストは作るだけでたいへんでしたが、渦中にいた人たちにとってはとんでもなかったでしょうね。お疲れさまです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
てりたま