見出し画像

循環取引といかに戦うか【監査ガチ勢向け】

典型的な不正である循環取引。誰でも知っているのに、実際にやられたときに見抜くのは至難。監査人はどう立ち向かえばよいのでしょうか?


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

循環取引では証憑がすべてそろっていることが多く、「これをやれば一網打尽」という決定的な監査手続がありません。
このため、典型的な不正としていつまでも君臨しています。

2023年11月27日、日本監査役協会、日本内部監査協会、日本公認会計士協会連名で「循環取引に対応する内部統制に関する共同研究報告」(公開草案)が公表されました。12月27日まで意見募集しています。

今回のてりたまnoteでは、忙しい監査人の皆さんが学ぶべきことを抽出してお伝えします。



「共同研究報告」の内容

「共同研究報告」のメインの部分は、次のような構成になっています。

3.循環取引の概要と特徴
4.内部統制による循環取引への対応
5.全社的な内部統制
6.防止的内部統制
7.発見的内部統制

これまで、監査人向けには会長通牒などによる注意喚起が行われてきましたが、内部統制に焦点を当て会社に改善を促しているところが新しいと思います。

以下では、監査人が知っておくべき点を二つにまとめます。

  • 循環取引を示唆する状況・兆候

  • 循環取引に対応する内部統制の全体像


循環取引を示唆する状況・兆候とは?

循環取引という難敵を攻略するためには、敵をよく知らないといけません。
循環取引が起こりやすい状況や取引の特徴を頭に入れて、嗅覚を研ぎ澄ましましょう。

以下は、「共同研究報告」の中で数か所にちらばっている内容に基づいて、私が勝手に再構成したものです。

怪しい取引の特徴

  • 仕入先も販売先も同業他社

  • 仕入先、販売先が決まってからその間に割り込んでいる

  • 不思議な仕入先から仕入れている(例えば、リース会社からソフトウェアを購入)

  • 取引名が「○○一式」「○○追加取引」などとなっていて詳細不明

  • 介在する会社が多すぎて、エンドユーザーが分からない

  • 通常は発生する社内人件費が少なく、原価のほとんどが外注費

循環取引を実行しやすい取引

  • モノの移動がないなど、帳票のみで完結する取引(直送取引、倉庫での名変(名義変更)取引など)

  • 客観的に価値を判断することが難しい技術、ソフト、サービスなどの取引

  • 当社または取引先が優越的地位を有している取引

  • 特殊な業界慣行のある取引(契約書の締結が遅れる、納品時に受領書が発行されない、など)

循環取引を実行しやすい社内事情

  • 特定の担当者に権限が集中している

  • 「秘匿性が高い」などの理由により特定の担当者に情報が集中しており、ほかの人は取引内容を理解していない

  • 特定の担当者が長期間担当している

財務数値など数字への影響

  • ほかの取引と比較して取引金額が大きい

  • ほかの取引と比較して取引頻度が高く、特に同一商品の販売が繰り返される

  • 特定の取引先に対する取引量が急増している

  • 売掛金の回収サイトが長い

  • 売掛金が滞留しているのに取引が継続される

  • 類似の在庫に比べ在庫単価が高額(ぐるぐる循環させている間に少しずつマージンが上乗せされている可能性がある)


循環取引に対応する内部統制の全体像

循環取引は監査の問題である以前に、クライアントの問題です。
この難しい循環取引に、クライアントはどう立ち向かうべきか。

内部統制については「共同研究報告」の内容に沿って説明します。

全社統制

全社統制の顔ぶれは一般的な項目になります。

  • 経営者のメッセージ

  • 内部通報制度

  • 教育研修

  • 人事制度(人事ローテーションと連続休暇制度)

  • 業務分掌

  • 内部監査

  • 監査役等による監査

  • 社外役員によるガバナンス

防止的内部統制

「共同研究報告」では、防止的内部統制として「受注予定の取引の審査」を中心に説明しています。
次のようなポイントが挙げられています。

  • 当社が取引に参加する合理性はあるか、当社の役割は何か

  • 取引の内容、納期、納入場所、エンドユーザーなどが、業務提供期間、人員数、調達する機器、外注する業務などと整合しているか

  • 同業他社との取引であれば、理由は何か

  • 指定業者以外に発注する場合は合理的な理由によるものか

  • 過去の同種の取引と異なる点はないか

  • 取引先の選定過程は妥当か

  • 取引先の事業内容、実態に怪しい点はないか(登記、信用調査、許認可の取得・更新状況などを参照する)

これらのポイントは、監査で個々の取引を検討するときにも参考になりそうですね。

発見的内部統制

「共同研究報告」では、まず循環取引のリスクがどこにあるか検討せよと言っています。

自社のビジネスにおける循環取引の発生可能性に係るシナリオ分析を行い、循環取引の特徴に当てはまるような取引・商流を評価する

「共同研究報告」63項より

この「シナリオ分析」で考慮する事項として、以下を例示しています。

  • 業界慣行

  • 新規の取引、通例でない取引の事業上の合理性の検討状況

  • 取引先に対する過度の信頼

  • 職務分離や担当者のローテーション

この不正リスク評価を踏まえて、次の内部統制を例として挙げています。

  • 商流の全体像や事業上の合理性の把握に対応する内部統制:

    • 短期間の間に取引規模が急拡大している商流について、その要因を分析する

    • 売上データと仕入データをひも付け、取引全体の流れを把握、事業上の合理性を検討する

    • 仕入先マスタと得意先マスタの両方に登録されている取引先について、取引内容を検討し、事業上の合理性を検討する

  • 循環取引のリスクの高い取引に対応する内部統制:

    • 有形の商品の直送取引について、発注書、納品書に加えて物品の移動を裏付ける証憑もセットでチェックする

    • 一定規模の直送取引について、得意先が商品を受領していることを確かめる

    • 専門性が高く評価しづらい無形の資産(ソフトウェアなど)の販売については、専門知識を有する者に問い合わせる

    • その他、シナリオ分析で高リスクと判断した取引形態についてリスクに対応した内部統制を整備・運用する

  • 資金決済等に係るリスクに対応する内部統制:

    • 通常の仕入先以外の取引先と不自然な取引や、通常の仕入先との間であっても不透明で多額の経費(コンサルティング費用、アドバイザリー費用など)がある場合は、内容を精査し、取引の合理性を検討する


おわりに

検査指摘では「職業的懐疑心の欠如」という言葉がよく出てきます。
機械的な手続では発見が難しい循環取引は、通常以上に懐疑心を発揮しないと見つけられません。

パートナーからスタッフまで、ちょっとした違和感にていねいに対応することが発見の糸口につながると思います。
忙しい中でたいへんなことは間違いないですが、次の四半期や翌期以降に見つけるよりも、早期に見つける方が圧倒的に楽です。

監査現場で、参考にしていただけると幸いです。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはX/Twitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?