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監査法人で監査を長年担当すると、企業の不祥事に出会うことがあります。
また、直接担当していなくても、企業などさまざまな組織の不正や大きな失敗について報道があると、気になります。

そこでは、
「ことなかれ主義」
「隠蔽体質」
「保身」
と言った言葉が飛び交います。
そして、ことが大きくならないように、隠蔽したり、保身を図った人が厳しく非難されます。

いつも不思議なのは、「非難している人たちは、自分はこれらとは無縁だと自信があるんだろうか?」ということです。
「自分は絶対に詐欺に引っかからない」と言う人に限って詐欺の被害にあうように、「自分は大丈夫」と声高に言う人に限って、実は怪しいのでは、と思ってしまいます。

そんなに特殊なこと?

例えば、会社の部下や後輩が、通勤費が多くなるように実際と違う通勤経路を申告していることが分かったときに、立場上本人と話すなり行動を起こす必要があっても、少額だし波風を起こさないようにそのまま黙っておきたい、と思わないでしょうか。

また、重要な会議で報告するための資料を作成していて、事実をそのまま書けば大炎上し非難されそうな場合、その部分をカットしてしまいたい、という気持ちにならないでしょうか。

あるいは、失敗したことが上司から指摘されたときに、本当は自分に非があっても、自分以外の誰か―—別の部署、取引先、交通事情、天候など――のせいにできないかと考えてしまわないでしょうか。

いずれも、一瞬そう考えたとしても、すぐに思い直して正しく行動したのか、行動しなかったかは大違いです。
しかし、一瞬でもそのような思いに至ったのであれば、ニュースで糾弾されているのは特殊な人たちではなく、あなたと地続きだと言えます。
私は、「ことなかれ主義」も「隠蔽体質」も「保身」を図ることも、人間の防衛本能にビルトインされていると考えています。

では、どうすればよい?

人間の本能だとすると、それが発動しないように、どう対処すればよいのか。まずは、自分で自分を律することです。
古来、いかに周囲に流されず、自己を確立して自律的に生きるか、というテーマは考えられてきました。
そんな難しいことでなくても、「自分の子どもに話せるか」「子どもだったときの自分に話せるか」を考えてみよう、とはよく言われます。

ただし会社としては、役員、従業員一人ひとりの自律にだけ依存するわけにはいかないので、「ことなかれ主義」「隠蔽体質」「保身」を避けるための仕組みづくりが求められます。ポイントが3つあります。

  • バリューの提示と啓蒙

  • Tone at the top

  • バリューから外れる行動への対処

バリューの提示と啓蒙

企業が役員、従業員、場合によってはその他の関係者に期待する行動指針はバリューと呼ばれます。行動指針といえばよいのですが、ちょっと前から浸透していると思うので、カタカナですみません。

企業は、さまざまな規程を作って役員、従業員の行動を規制します。
しかし、「行動」といっても多岐にわたり、時が経つと変化するため、すべてを事細かに規制することはできません。また、誰かがすべての行動を常に見張っているわけにもいきません。
そこで、企業は「あるべき行動」を文章で示して、役員、従業員に遵守を求めます。役員、従業員は、何かで迷ったときのよりどころにすることができます。

ただし、壁にかけられた経営理念がほこりにまみれがちなように、バリューも作っただけでは意味がありません。
そこで、何度も研修をしたり、小さいカードに印刷して常に身につけるように求め、判断をする場面で思い出してもらうような努力が必要です。

Tone at the top

これも英語で申し訳ないですが、しっくりいく和訳を知りません。
社長など組織のトップが発信する言語、非言語によるメッセージ、というところでしょうか。特に「非言語」がミソです。

どの会社の社長も、「不正でも何でもやって利益をあげろ」とは言いません。口では「コンプライアンスは大事」と言います。
しかし役員、従業員は、大ボスである社長が本心ではどう考えているのか、をじっと見ています。コンプライアンスを語るときに、熱がこもっているのか、うわっつらだけなのか、を見ています。そして、話したことそのものではなく、行間を読み、透けて見える本心を見抜こうとします。

まともなトップは、本心からバリューを信奉し、そこに一点の曇りもない、という姿勢をいかに伝えるか、に日々腐心しています。

バリューから外れる行動への対処

バリューを作って、啓蒙もしている。社長のTone at the topも明確。
ところが、明らかにバリューから外れる行動が見過ごされていたら、どうでしょうか?

例えば、先ほどの通勤費の水増し請求を見た同僚が、本人に話したがとりあってもらえないので、上司に訴えた。しかし、本人が上司や人事から呼び出された様子はなく、通勤費も是正されない、となればどうでしょう。
正しいことをやろう、という会社のバリューはうそっぱちで、社長が熱く語っているのもとんだ茶番だった、と考えます。

そんなことにならないように、バリューから外れる行動が判明したときには、対処が必要です。対処とは、上司や所管部門から注意することから、就業規則にしたがった解雇までを指します。また、社内にひろく「このようなことのないように気をつけましょう」といった注意喚起(当然、実名は出さない)をすることも含まれます。

社長の従業員への責任

このような仕組みをつくって浸透させることは、役員や従業員におかしいことをさせないためや、J-SOXで必要だから、ということもありますが、それより大切なことがあります。

それは、関係者、特に従業員のモチベーションを低下させず、企業の目的に向けて一緒に努力してもらえる環境を作ること。
もう一つは、「ことなかれ主義」「隠蔽体質」「保身」などと非難されることが起こらないように従業員や会社を守ること。
社長はいずれにしても結果次第で批判されます。しかし、従業員一人ひとりが世間の厳しい目にさらされたり、会社の評判が地に落ちることは避ける責任があります。そのための「仕組み」です。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。今回は長文になりすみません。
これからもお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

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