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サカナクション 『忘れられないの』分析1

どうして『834.194』のアルバムは『忘れられないの』で始まるのだろうか?『新宝島』や『グッドバイ』(ディスク2の1曲目ではあるけど)といった始まりを告げるような楽曲は他にもある。

このアルバムを聴き始めてからこの疑問がずっと僕の頭の中にあった。

『忘れられないの』とパッと聞いたそのタイトルだけでも目線は過去に向いている。でも、その意味とは反対にこのアルバムの入り口という役割をこの楽曲は担っている訳だ。

この分析のゴールはなぜ『忘れられないの』がアルバム『834.194』の始まりを告げる楽曲なのかを解き明かしていく事にある。その仮説として、過去を振り返った所からこのアルバムを始めるという意味をこの『忘れられないの』が担っているのではないかという事を提示しておきたい。



その仮説には程遠いかもしれないが、まずはこの『忘れられないの』の歌詞、メロディー、MVを考察していく上でこの曲が描いているものを洗い出していきたい。


今回はその仮説に向けての始まりの1歩として、『忘れられないの』の歌詞を考えていく。


この『忘れられないの』はサカナクションのこれまでの楽曲の中では異色とも言えるメッセージソング的な歌詞だと思う。どういった内容を僕らリスナーに伝えているのかを簡潔に述べると、この『忘れられないの』はこの日々を肯定する歌になっているという事だ。


楽曲タイトルにもあるように、歌い出しは「忘れられないの」で始まる。この時点では、この「忘れられないの」がポジティブな意味で用いられているのか、あるいはネガティブな意味で用いられているのかの判別はこの時点では難しい。


当初、この「忘れられないの」の「の」の部分に注目しており、余韻が残るニュアンスからネガティブなイメージを感じ取ってはいたのだが、繰り返しこの楽曲を聴いていくうちにどうもそれは間違いじゃないのかと感じるようになった。そのきっかけとなったのが下記の歌詞だ。

夢みたいなこの日を
千年に一回ぐらいのこの日を
永遠にしたいこの日々を
そう今も思っているよ
(注1)

この表現は2度もこの『忘れられないの』に登場する。「日」を「夜」に変えた表現を含めれば、3度になる。この部分を抜き出して考えてみるに、ここにはあらゆる日々への肯定が詰め込まれている。この日々への肯定はこの歌詞の他の場面でも見受けられる。

例えば、冒頭の

新しい街の
この淋しさ
いつかは
思い出になるはずさ

素晴らしい日々よ

噛み続けていたガムを
夜になって吐き捨てた
(注2)

の部分や、続く、

つまらない日々も
長い夜も
いつかは
思い出になるはずさ
(注3)

という2箇所にもその「日々への肯定」は現れている。先ほどの引用した歌詞と比較すると、この両者の違いは日々の捉え方にある。前者の場合であれば、「夢みたい」や「千年に一回くらい」、「永遠にしたい」というようにそれぞれの日に対してポジティブな印象を受けるが、後者は違う。「つまらない」「長い」といったネガティブな印象を日々に抱いている事が分かる。


今まで生きてきた上で嬉しい日もあったが、反対に辛くて悲しい日々もあった。後者の日々に関しては、良い思い出ではないだろうから消してしまいたい気持ちは十分に予測できる。だが、そんな日々さえも「思い出」として受け止めようとする姿勢がある事が分かる。

つまらない日々も
長い夜も
いつかは
思い出になるはずさ
(注4)


例え今が辛い思い出であったとしても、後から思い返してみれば良い思い出になっているかもしれない。そんなトラウマさえも一つの記憶として優しく包み込んでしまうようなニュアンスがここからは感じ取る事ができる。

一郎氏がこの『忘れられないの』の歌詞に難航した事がインタビューでは語られているが、その歌詞の決め手となった部分が下記の部分だ。


素晴らしい日々よ
噛み続けてたガムを
夜になって吐き捨てた
(注5)
「はははははははは。でもこの曲ができたなと思ったのは2Aの<素晴らしい日々よ/噛み続けたガムを/夜になって吐き捨てた>っていう矛盾、そこの皮肉が書けた時に、もう大丈夫って思った。あとはリズムが美しければいいと思うくらい、自分の中でも納得できましたね」
(注6)

僕はこの文章を書く上で改めてこのインタビューを読み直したのだが、この部分を読んで、ハッとなった。この「素晴らしい日々よ」というこの一言が、この歌詞の肝であったのかと気が付いた。

そう、この「素晴らしい日々よ」という言葉が象徴するように、良い日も悪い日も受け止めてしまう、日々を肯定する包容力こそ『忘れられないの』の歌詞が描いていたものだ。

冒頭の「忘れられないの」というフレーズはポジティブ、あるいはネガティブな意味なのかという問いに立ち返るのであれば、これはどちらの意味も兼ね備えていると考えられる。


夢みたいに思えて嬉しい日々も辛くて忘れ去ってしまいたいような日々も同じく「素晴らしい日々」であり、同じく僕/私を形作る記憶の1つなのだ。どんな日々だって決して忘れることはできない。そんな日々を優しく包み込む「包容力」というメッセージを僕はこの『忘れられないの』の歌詞から感じ取った。


注釈
注1 サカナクション 『忘れられないの』 作詞 山口一郎
注2 同上
注3 同上
注4 同上
注5 同上
注6 『MUSICA』 vol.147 2019年7月号 p42 右段落 10〜13行目

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