労働時間制度の悪用① ~変形労働時間制について~

介護業界の職場実態を知ってください!

私は、2014年~2017年、3年間にわたって「介護業界」で働いてきました。その中で、介護業界が表題のように、労働制度を「うまく」利用して、コストを抑えている現実、そして、そのことに従業員がまったくの無知であることも痛感してきました。

かくいう私も、「労働基準法」という存在を知ってはいましたが、「会社」というものが、法律違反を犯すなど、思ってもおらず、調べたりすることがなかったのは事実です。

2016年より、介護保険上における「管理者」を担うことになり、従業員から質問を受けたり、シフト作成時に「これって、労基法上問題はないのかな?」と疑問に思い、調べていくうちに「あれ、うちの会社、おかしくね?」と様々な問題点について、気づくことになりました。

介護業界以外も同様に、本来の趣旨に沿わず、労働制度を悪用し、本来負担すべきコストを、「違法」に逃れている、つまり、従業員への給与未払いがあるケースがあるのではないのでしょうか。

介護保険事業では、介護報酬のマイナス改定が続いており、事業運営が厳しいということも、把握しています。しかし、だからと言って、労働基準法違反は許されることではありません。「国家事業」ですので、介護報酬を上げることを求めたり、その他に営業努力をするが必要だと思います。

2018年度、介護報酬は、「+0.54%」のプラス改定となる予定です。報道では、来年度もマイナス改定になるのでは、と予測されていましたが、介護業界、並びに家族会などの大反発、およそ180万名にも上る署名活動があり、なんとか最悪の自体を防いだ形です。指をくわえて見守っていれば、おそらく政府案のとおり、マイナス改定となっていたでしょう。

介護保険は、文字通り、「保険事業」であり、健康保険に加入している人、つまり皆保険制度を持つ日本においては、ほぼ全ての国民が関わりを持っている制度です。

「介護、、よく知らないし、知りたくもない」

「まだ先のことだし、親もまだ元気だし、、」

そう思うのも当然です。人間には観察可能な範囲というものがあります。

これは、私を含めた介護にかかわる人間の外部発信が足りないから、だと思っています。

「福祉事業は慎ましく」「儲けてはだめ」また「介護は女性がやるもの」といったケア労働の軽視など、日本独自の福祉観もあり、介護は実にさまざまな問題を含んでいます。

これらを、「労働」「ジェンダー」といった観点に分けて、私なりに発信していこうと思っています。

みなさんの理解の一助になれば、幸いです。

介護の問題というのは、「突然」降りかかってきます。介護の現場にいて、疾病、転倒などに伴う入院により、健康な状態から、一気に要介護常態に転落する例をいくつも見てきました。

また、老化は、現在の科学では防ぐことのできない、人間であれば避けてとおることができない問題です。

自分がその問題に直面したときに、脆弱な介護保険制度や、人不足の介護事業者について嘆いたり、文句を言っても遅いのです。

さて、前置きが長くなりましたが、本題です。今回は労働問題について述べます。介護業界にだけ関わるものではないので、その他業界の方も参考になると思います。

労働時間の弾力化とは

裁量労働制、管理監督者、そして今回紹介する変形労働時間制

これらの制度は、「労働時間の弾力化」を目的に導入されている制度です。

労働基準法によれば、労働時間は「1週40時間・1日8時間」と定められています。これを「法定労働時間」といいます。

「労働時間の弾力化」とは、上記の制約を、「合法的に、解除できますよ」、という制度のことです。

「ホワイトカラーエグゼプション」など、さらなる弾力化を、経済界が要望していることは報道の通りですが、現存する弾力化の制度が趣旨通りに運用されていない、また制度自体を労働者自身が認知出来ていない状況での拡大に懸念を抱いています。

上記の制度の中でも、「変形時間労働制」を利用している介護事業も多いのではないでしょうか。しかし、その適用は果たして、適切なのでしょうか。


変形労働時間制とは?

「変形労働時間制とは、一定の単位期間について、週あたりの平均労働時間が週法定労働時間の枠内に収まっていれば、1週または1日の法定労働時間の規制を解除することを認める制度です。」

だそうです。

少しややこしいですね。

「一定の単位期間」には、1か月、1年、1週間単位の非定型的変形制の3つがあります。

今回は、1か月の変形労働制について説明していきます。(1年、1週間単位については調べてみてください。考え方は同じです。)

「1か月の変形労働制」とは、「1か月の総労働時間から、「週」の平均労働時間を算出した場合、法定労働時間(週40時間ですね)に収まっていればいいよ」、という制度ということです。まだわかりにくいですね。

「週40時間」から逆算してみましょう。

(40時間/7日)× 月の労働日数

→31日の場合:177.1時間

→30日の場合:171.4時間

となります。

つまり、1か月の変形労働制の採用している場合、31日ある月には、月の総労働時間が「177.1時間」を超えないようにシフトを組めば、週40時間を超えたり、また一日8時間を超えても、残業代は発生しませんよ、ということです。

ここまでが、「変形労働時間制」の具体的な説明です。

さて、これがどのように悪用されているのか、見ていきましょう。

「長時間労働が常態化している」「不適切な運用」をすることで、コスト削減効果から、長時間労働が固定化してしまう!!!

さて、ここまでの説明で、「1か月の所定労働時間を超えた分が払わるのであれば、問題なくない?」と思うと思います。

その通りで、適切に運用がなされていれば、経営側は、人件費抑制になりますし、従業員側は、繁忙期と閑散期、メリハリをもって仕事ができます。

問題は、適切に運用されていない場合です。これは本当にタチが悪い。

「長時間労働の常態化している現場への適用」と「変形労働時間制の不適切な運用=どんぶり勘定」が起こったときが、問題なのです。

1か月単位の変形労働時間制は、「シフト」が残業代を規定する仕組みです。

所定労働時間(たとえば177.1)を超えないようにシフトを組む、とさきに述べたと思いますが、さらに具体的に例を述べると、週5日間の労働すると仮定した場合、「毎日9時間労働」、繁忙期の週があったとしたら、別の週では「毎日7時間労働」、閑散期の週を作らなければいけない、ということです。

これを、単純にどんぶり勘定してしまう、つまり「毎日7時間労働」の週をシフトで定めていなかった場合どうなるでしょうか。

本来であれば、「7時間労働の週」は、変形労働時間制においては、7時間を超えた時点で、残業代が発生します。これがシフトが残業代を規定するという意味です。

これをどんぶり勘定にしてしまっていると、本来「7時間労働の週」であるべき週に「2時間残業」して、「9時間労働」となってしまったとしても、週40時間を超えた分だけが残業となってしまうため、「5時間」しか残業代がつきません。本来、シフト通りにいくと、「9時間ー7時間=2時間」が残業代となり、2×5=10時間が残業時間となるべきです。

10時間-5時間=5時間分の残業代が抑制されたことになります。

そして、月200時間労働を超えるような長時間労働の場合は、さらにこの「差」が拡大することとなります。

本来、10時間労働の週があった場合、単純化して、さきと同じように、別の週では6時間労働の週を定めないといけません。1日10時間労働が常態化していたとき、これをどんぶり勘定にしてしまうと、(10-6)×5日=20時間の残業時間が、20-10=10時間に抑制されてしまいます。

長時間労働が常態化している職場において、変形労働制を謳って、残業代を(総労働時間ー所定労働時間)で、どんぶり勘定を行うことの悪質性が見えてきたでしょうか。

第一の問題は、本来は残業が常態化しているような職場では、そもそも「変形労働時間制」の適用が不適切であるということです。

閑散期がある業態であれば、「7時間労働の週」を作れるでしょうが、常時残業が発生するような業態であれば、変形労働時間制の適用は、そもそも不適切だと私は主張します。

特に、介護業界は、夜勤があります。また延長サービスを行っている事業所の場合、利用者の要望によっては、常時残業が発生します。特に介護業界の人手不足は顕著で、すぐに人が採用できません。できたとしても、すぐにやめてしまうことも多いですから、残業が状態化しています。

第二の問題は、適正に運用されていない制度がつづくと、長時間労働が「固定化」されてしまう、負のループに陥りやすいのです。

経営側としては、別に人を雇って、社会保険料を負担するよりも、数人に変形労働時間制を不正に適用して、どんぶり勘定をし、「長時間」働かせたほうがいいや、となってしまいます。

この人手不足の時代ですから、採用コストも上がってきていますし、コストをかけても、簡単に採用はできません。

介護事業は、人命がかかわっており、また現場を担う人には、非常に責任感の強い人が多いのです。利用者さんは見捨てられませんから。

そのため、スト等が起こりにくい、また労働組合が整備されていないことも、介護の職場環境が改善しない一因だと思っています。

問題について指摘はないのか?

労働者側が、このような状況について手をこまねいているかというと、そうでもありません。

パスタチェーンの「五右衛門」が訴えられ敗訴している例もあります。

http://www.seinen-u.org/zangyou-mibarai.html

一部、リンクから引用しますが「厚生労働省の発表によると、2010年時点で変形労働時間制を採用している企業数割合は55.5%(前年54.2%)となっており、変形労働時間制の適用労働者数割合は49.8%(前年49.5%)にもなっている。ほんとうに変形労働時間制を導入する必要があるような事業種別なのかどうかも不明な企業・事業所が変形労働時間制を導入していることが予想される。実は、膨大な数の労働者が変形労働時間制の下で長時間労働を強いられ、違法な賃金未払いが発生している可能性がある。」だそうです。

「変形労働時間制」を耳にしたら

変形労働時間制を今後適用する、また実際適用されている場合は、まず、さきにのべたように繁忙期、閑散期を意識した「シフトが作成されているか」に気をつけてください。また、運用として、シフトの変更がなされたときは、それが残業代に反映されているかにも、気をつけてください。

そもそもシフト自体が作成されていない場合、シフト作成時点で総労働時間が所定労働時間に収まっていない場合、シフトが1か月単位で作成されていない場合、即座に1か月単位の変形労働時間制は無効となります。その場合は、労基法通り、8時間を超えた部分、週40時間を超えた部分が、閑散にかかわらず、支払われるべきです。

「変形労働時間制」自体は、悪い制度ではありません。ただ、ほとんどの場合、悪用されている、というのが日本の実情です。経営者自体もよくわかっていない、他社を模倣している、また社労士などに勧められて、コスト削減のために導入していることがほとんどでしょう。

そのような状況の中でも、正しい知識を身に着けておけば、不用意にだまされることもありません。

この記事から得た知識を、自らの職場の是正や、経営側と戦うための武器として利用していただければ幸いです。

なお、私は自らの経験をもとに記述していますが、詳しくは日本労働弁護団所属の弁護士さんに相談することをおすすめします。

みなさんの実体験や、この記事の問題点などあれば、教えていただけると幸いです。

次回は「介護事業者における夜勤賃金の計算方法の落とし穴」について、記事にしたいと思います。


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