おかあさんは、びよういんにいきました。
日本語学習を始めたばかりのアメリカ人の友達に「ひらがながあるのになぜ漢字が必要なの?」と、聞かれた。
ひらがなだけだと意味がわかりづらいことがあるんだよ、と説明しながら遠い日の自分の失敗を思い出した。当時私は小学校一年生。学校から帰ったらいつも家にいるはずの母が居ない。コタツのうえに広告の裏紙にマジックで、「おかあさんは、びよういんにいきました。おうちでまっていてね。」と書置きがあった。焦ったわたしはびよういん(美容院)の大きい「よ」を小さい「ょ」と読み間違えて、となりの人に「うちのおかあさん、病院へ行ったの。」と言ったらしい。それで、母はあとでお隣さんに「お身体大丈夫ですか?」と聞かれたそうだ。とても病人には見えないきれいにセットされた髪に隣人も困惑したことだろう。
あれから何年もかけて学校で読み書きを学び、美容院と病院の違いがわかる大人になれたけれど、ふだん日本語を使う機会がないアメリカの田舎で冒頭で話したわたしの友人が漢字の読み書きを独学するのはかなりのモチベーションがいるだろうなあと思うのだった。