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はじめてのインスタントポット: すき焼き鍋の常識からはみ出して

いかんせんコタツに座った位置からでは鍋の高さが高すぎる。30センチはあるだろう。まるで手探りでくじを引くような感じで高い位置からすき焼きをたぐり寄せる。薄切り肉や小さな野菜はともかく、箸使いの経験が私ほど長くないアメリカ人の夫がうどんの取り分けに苦戦している。膝立ちの中腰で鍋の中を真上から見下ろして臨んでいるのにもかかわらず、一度は箸で挟んだはずのうどんが汁をはじきながらするすると鍋に落ちてしまう。私はといえば、さすがに母国語ならぬ母国箸とでもいうか、昔取った杵柄で、ちょっと背筋を伸ばしてうっすらと鍋を覗き見しながら箸を突っ込みうどんをしっかり挟めば、ソローリと引き上げて無事小鉢へ移し替える事ができる。ものごころつかないうちからお箸を使って食事する国で育った甲斐があるというもの。

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ここ数ヶ月インスタントポットにハマっている私もさすがに最初からインスタントポットを卓上鍋に使おうと最初から思っていたわけではない。いつものことながら時間に余裕がなく、火の通りにくい根菜、野菜、椎茸を先にちゃちゃっとインスタントポットで圧力調理してから平たい鍋に移し替える算段をしていた。二人きりだし、鍋料理用の卓上クッカーを出すのも面倒だから、平鍋で肉やうどんをキッチンのコンロで調理してしまい、アツアツの状態で居間のコタツへ運ぶつもりだった。

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野菜に圧をかけながら前日遠出をした際にアジアの食材店で買った冷凍の讃岐うどんを熱湯で茹でている間に気が変わった。「このままインスタントポットごとリビングに持ってってソテーモードで過熱しながら肉入れればいいんじゃない?」ポットの背が高いけれど、やってみたい衝動が強かった。高ワット器具用延長コードを居間の電源に繋いでインスタントポットを持ってきてデンとコタツテーブルの上に置く。「ちょっとおっきいんだけどね。」と夫に弁解をしながらやはり前日トレーダージョーで買った超薄切り牛肉とうどんも持ってくる。お腹が空いている夫は「いいよいいよ」と気にせず箸と小鉢を取りに行く。

最初、ソテーモードの中火で使っていたらグラグラと煮えすぎたのでスロークッカーの強火に変えると今度は弱すぎてなかなか煮えない。火加減はソテーモードの弱火に落ち着いた。SNSのインスタントポットユーザーグループの投稿によれば、冷凍うどんとすき焼きの残りをインスタントポットで圧をかけて温めるとうどんに汁がよくしみこんで美味しいすき焼きうどんができるそうだ。今回は普通に卓上でうどんが煮えるのを待つ。讃岐うどんはコシがあって鍋でグツグツ煮ても麺が伸びすぎず味がしみて美味しい。

すき焼きは出汁に適当にドボドボと調味料を入れて作ったので特別なレシピは無い。子供の頃は父親が鍋奉行をして、家族が取り分けたあとに空いた鍋の隙間に新たに具を足しては出汁と日本酒、砂糖に醤油をぐるっとまわしかけてを繰り返していたっけ。関西出身の父親の味はずいぶん砂糖が効いていた。実家で使っていたスプーン印の上白糖は、具材の上で湯気に紛れてスローモーションのようにゆっくりと崩れ行った。なぜそんな光景まで覚えているんだろう。アメリカのグローサリーストアではグラニュー糖が主で上白糖は見かけない。グラニュー糖はサラサラで、ほろほろと崩れていったりはしない。ここ2年ほど緩い糖質制限を続けているが、実家の味を思い出しながらすき焼きは甘くしていただくことが多い。

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