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ポストゴールデンエイジと「教えすぎ」

 中学生になってからバレーボールを始めた初心者との練習の日々から学ぶべきことは多いです。中学生年代は13~15歳なのですが、発達段階でいうと、神経系の発達が終わるころになります。
ゴールデンエイジを過ぎた世代になりますから、特に新しい運動やスキルを習得しようとなると、小学生時期と比べて、はるかに時間がかかっていくことになります。
バレーボールは、走・投・跳の基本的な運動が複雑に結びついた運動ですから、余計に難しくなってくるのではないでしょうか?

そこで、練習やコーチングで最近気を付けていることは、

・インスタントな指導ではなく、丁寧なレクチャー
・意識ある繰り返し
・小さな反復の継続
・遊びをする、自由度のあるプレー
・「分習法→全集法→分習法・・・」(ベーシック)  の練習組み立て
・「全集法→分習法→全集法・・・」(フィードバック)の練習組み立て
・結果への指導からプロセスの指導へ 
・いい結果は即座に評価、うまくいっていない結果は間を置いてから評価

と言う点が、アプローチの面では大切かなと思っています。
小学生年代のゴールデンエイジ世代よりも、思考面や情緒面でどう選手たちと向き合うかと言う点は重要で、頭ごなしにはできない部分があると思います。

 ゴールデンエイジを過ぎた、「ポストゴールデンエイジ」でバレーボールを始める場合において、もう少し具体的に観察していることを挙げるとすると、バレーボールに必要なスキル、特にボールコントロールに関するものの習得が最初のハードルになってきます。時間もかかるし個人差もあります。やはり
オーバーハンドパスやアンダーハンドパスをコントロールできること、
サーブをネットの向こうに飛ばすこと、
スパイクやブロックの空中のボールに自分の体をコミットさせること・・・。
これらが、第1のハードルです。

 第2のハードルとしては、選手間の連携や意思疎通の部分です。
わかりやすく言えば、複数人で一つのボールに向かうと、まったくボールに行けない・・・足が運べない、手が出ない。という状況になります。
 この第1のハードルと第2のハードルは、順序があるというよりも、同時進行的に訓練していくことは可能です。そしてそれぞれを完璧に習得させずとも、「ある程度」できるようになれば、その後は実戦的な練習の中で磨いていくことができます。ですから、「はじめの一歩が大事」ということになるのかなと思っています。

 そこで陥りがちなのが、まずは第1のハードルをやってから第2のハードル・・・といった分離型の断片的な練習に走る場合があります。次にありがちなのは、それぞれがきっちりできるようになるまではゲームはできない・・・という完璧主義的な発想になることです。それぞれ間違いではないでしょうが、それでは、バレーボールのゲームの面白みを知るという段階にいくまでに途方もない時間がかかってしまうのだと思います。
 先ほど書きましたが、ボールコントロールというハードル、ボールに遊ばれるレベルからボールで遊べるレベルになること、次に個人スキルがチームスキルにつながるというハードルに対する訓練は、同時進行的に行うことができます。もちろん、そこには「ゲームライク」という工夫を織り交ぜることも可能です。だから指導者は、さまざまな試行錯誤や工夫が求められるのだと思います。

待つための観察と戦術的ピリオダイゼーション

 ポストゴールデンエイジのバレーボール初心者のスキルアップは、本当に大変な労力と時間、待ちの姿勢が必要です。ですから、それらを苦難と思うより、いかに楽しめる過程にするかがもっと私たちが研究しなければならないことだと思います。
 また、バレーボールと言うのは初心者にとっては、思い描く理想やイメージと、現実の自分とのギャップが大きい種目ではないかと個人的には考えています。例えば、テレビでバレーボール中継を観たとします。あこがれてバレーボールを始めてみました。ところがボールを制御できません。ゲームも成り立ちません。そこからのスタートです。ですから、そこからモチベーションをどのようにもたせ維持させるか?そのためにどのような指導アプローチや練習方法、練習の組み立てを構築していくかと言う問題は、もっと議論されなければいけないことだと思います。

 テクニカルな部分で、2つのハードルについて触れましたが、それらに共通するメンタル的な部分で言うと、ボールや人に対する「抵抗感」や「恐れ」があるように思います。ですから、練習の内容や指導者のアプローチとしては、

・心理的プレッシャー(恐怖)の軽減、
・メンタル負荷(失敗感)を致命傷にしない、
・マインドバリア(抵抗感)の除去

という要素を、練習メニューやドリルにうまく反映させ、初心者の選手たちが、どんどんボールに触っていけるよう導かなければならない、ということも重要だと思いました。

その他感じていることは、「モデリング効果」も大きいと思います。
チームメイトに上級生や上級者、上手い人がいるといないとでは、初心者のスキルアップの度合いがまったく違うのだと思います。

やっぱ、バレーボールのコーチングは奥が深い、ということを初心者を通して痛感します。

※ 映像は自分の実践とは関係ありません^^

「教えない」育成、「教えすぎ」の弊害

様々な反復練習があります。それによって習得していくスキルがあります。反復の過程においては指導者の丁寧なコーチングによって整えられていくものも多いと思います。

しかし同時に一方では、練習において選手の自由な発想や創意工夫によって、「できてしまう」、「やってしまう」余地みたいなものもあった方がいいのかもしれません。

 何でもかんでも、すべてが指導者の指導した通りにやるだけではなく、選手自ら気づいたことや思いついたことがプレーに生かされる・・・そういったことが動画のようなプレーのもとになっているのだと思います。
 このようなプレーやスキルというのは、一つ一つすべてコーチの指導やレッスンなどによって習得されたものでしょうか?一つ一つのプレーのためのドリルや練習メニューがあったのでしょうか?答えはNOです。選手たちが練習やゲームの中で創意工夫や発想豊かにチャレンジしてきた結果です。

確かに、トリッキーなプレーや、アメイジングなプレーができるためには、人並み以上に基本スキルといわれるものが備わってくることが前提になるとは思います。しかし、練習やそこのおける指導が強制ややらされにとどまるのではなく、選手の発想や自発性がどこかで生かされる工夫というのも考えていこうと思います。

初心忘れるべからず

・何事においても、始めた頃の謙虚で真剣な気持ちを持ち続けていかねばならない
・なにかを始めたときの下手だった記憶や、そのときに味わったくやしい気持ちや恥ずかしさ、そこから今にいたるまでのたくさんの努力を忘れてはいけない
というような意味の解釈があったりするようですが、

とにもかくにも、大事なのは、やり始めやビギナー段階でのモチベーションである。初心者、ビギナーという状態や過程と言うのは誰もが通る道。その道の途中には、たくさんの失敗経験や挫折があって当然。それでも頑張れるモチベーションの維持が大事ですよね。
初心者の「やってみよう」を妨げているのは大人であることが多い・・・ということは間違いではないようです。

バレーボールは素晴らしいスポーツ。
私もその何らかの魅力にとりつかれている一人です。
見る人にとっても、プレーする人にとっても、コーチやレフリーなどをする人にとっても、魅力あるスポーツです。

 ですから、そんな自分たちが大事に思うバレーボールが、これから先も発展を続けてほしい。みんなでバレーボールで盛り上がりたい、楽しみたい。そう願っているのは間違いないはずです。

 大人たちは、今愛しているバレーボールでも、自分の過去の努力や苦労を思い出し、あたかもそれが避けては通れない道であるかのように、子供たちにその経験を求めようとします。だから、執拗に怒ったりハードワークを課すのかもしれません。


 しかし一方で、バレーボールは、憧れるバレーボールができるようになるまで、いろんなスキル、しかも一朝一夕に習得できるものではない難しいスキルをできるようになってはじめて自らゲーム(試合)に対して操作できるようになっていきます。
 だから、試合を楽しむまでの、いろんな「楽しむ仕掛け」が必要になってくるのです。せっかくバレーボールをやってみようという子供たちに、できないから、言う通りにならないからといって、大人が叱責ばかりしていては、すぐに子供たちは楽しくなくなります。

 カナダのバレーボールでは、ロング・ターム・アスリート・ディベロップメントという、育成プログラムを策定していますし、ポーランドでもSOSプログラムというプログラムを策定しています。それぞれ、子供たちには、「勝つ以前に楽しむこと」を徹底的に普及させ、年代やカテゴリが上がってもそれが根底にある価値観とし、少しずつ勝利への哲学やモチベーションを学ぶようにプログラム化しています。

「初心忘れるべからず」

 これからの時代、駆け出しの苦労や困難に耐えた経験を思い出せ・・・・ではなく、とにかくバレーボールを楽しもう、ほらあの時下手でも楽しかったよね・・・カナダではその基礎として「FUN-damental」と書いています。それだけ、失敗をも楽しみながら、バレーボールを楽しむことを徹底していくことがこれからの時代求められていくのだと思います。


(2015年)