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「シンプルに守り、多彩に攻める中のハイパフォーマンス」

「個」から「組織」へ。
「プレー」という点から「展開」という線へ。
想定外の非対応なのか、想定内の対応なのか。
個人単独の割り切りか、チームでの割り切りか。
オーダーやシステムのバリエーションと変更。
アウト・オブ・システムか、イン・システムか。

バレーボールのゲームは、歴史をたどってみていっても、
オフェンスシステムとディフェンスシステム
アタック戦術とブロック戦術そこに絡むサーブやフロアディフェンス
との間で競うような
戦術の変遷によるいたちごっこで今日に至っています。

「世界標準とは何か?」
「テンポとは何か?」
「どんな戦術が良いのか?」

そういったものへの問いと答えを探そうとする動き、
そして議論が繰り返されていきます。

トレンドは、時代とともに遷り変わっていきます。
トレーニング理論の進化によってフィジカルも違えば、
情報化によって、戦略の立て方や戦術の立て方も違ってくる。
ルールの変遷によって、プレー面の目指す完成形も変わり、
システムやオプションの選択の方法も変わってきます。

ただ、普遍的と言えるかどうか、
時代を問わず変わらない競技要素があるわけで、
それは、
自分たちが1点をより確実獲れるオフェンス(攻撃)
相手に1点を獲らせない堅実なディフェンス(守備)
を構築すること。
そのために、
攻守ともに、相手よりも優位に立つ状況や局面を維持すること
つまりは、

「プレーヤーのパフォーマンスをより最大に発揮できる」

ことが必要であり、そのために、
オフェンスでは、より多彩な攻撃ができる状態をつくること

逆に

ディフェンスでは、相手の攻撃を無効化し、よりシンプルに守れる状態にすること

ということがどの時代でも求められていることだと思うのです。

・ハイパフォーマンス
・多彩な攻撃(選択肢の確保)
・シンプルな守備に持ち込む

この3つのどれか1つを究極的に追及するために、
他の要素を犠牲にしていいのか。
トリッキーで多彩と思えるコンビネーションのオフェンスをしたところで、肝心のスパイカーのパフォーマンスが打点が低くてタイミングも合わせにくく打てない。
チームで統一したディフェンスマークや位置取りを実行していても、相手の実態にまったく対応できておらず、相手に思い通りに攻められる。
いわゆる「ジブンタチノバレー」と揶揄されてきたのはそういうことです。

世界のトップのプレー
それは60年代の日本女子や70年代の日本代表男子も含めて
選手の高さやパワーなどの個のパフォーマンスを犠牲にしてまで
何かの戦術を貫いて勝つバレーがあったのでしょうか?
いろんな戦術や理論が言われてきましたが、
それが普遍的なものとして定着したものがあるだろうか
と考えたりします。

・しっかり跳ぶ(ジャンプする)
・しっかり打つ
・しっかり拾う
・しっかり(ボールを)飛ばす
・しっかり位置取りをする(そのための動き)

いくら複雑な動きをしても、いくら難易度の高いボールさばきがあっても、いくら0コンマ何秒のこだわりをしていても、選手のパフォーマンスを最大限発揮する、発揮させる「当たり前」は見失ってはいけないのではないでしょうか?


「トレンド」と「オリジナル」~歴史から学ぶ必要性

「トレンド」、「スタンダート」、「オリジナル」・・・

 単なる言葉遊びなのかもしれませんが、それぞれのもつ意味と日ごろバレーボール界隈で語られることの影響を考えると、無視できないものであると考えています。
 イギリスが生んだワットの蒸気機関が、アメリカが生んだエジソンの発電機が、それぞれオリジナルだとして、この現代もなおそのスタイルをそのままの形を残しているだろうか?そんなはずはなく、日々、改善とイノベーションが繰り返され、進化していっているわけです。

ひるがえって日本のバレーボールでしばしば聞かれる議論では、いろんな理論や戦術みたいなものが登場します。
そして一時期注目されたりしてトレンド化します。
しかし、それらはだいたいは風化していきます。
「陳腐化」であればまだいいのですが、
何せ土俵、まな板がいつまでも同じ。アップデートされていませんから、
いつまでも理論や戦術がころころ入れ替わっているだけです。

この
・トレンド
・スタンダード
・オリジナル

加えるなら
・ベーシック
・ファンダメンタル

こういった言葉の用い方や読み取る側の読み取り方によって、議論や分析にブレや迷走が発生しないためにはどうしたら良いのでしょうか?

ある意味日本のバレーボールの指導者は研究熱心な人が多いのだと思います。
だから、いろいろ考え、言語化し、その正当性を証明したいのだと思います。

 でも、小学生バレーからはじまって、それぞれのカテゴリでバラバラにマニアックな理論武装、精神論偏重なものや、動作原理を無視した感覚的なもの、非科学的な外見だけの形態描写披露をしているうちに、それとはまったく関係のない次元で世界のバレーが進化しています。日本のアンダーカテゴリの指導で、研究土台に立たない独自理論が乱立しているうちに、あっという間に国際競技力において取り残されてきたことに気付かなければなりません。

 日本のバレーボールの低迷期の中で、日本のバレーボールのアンダーカテゴリの変遷をあてはめてみると、早期から「大会」というツールによる「競争」をうながすことで、チーム間選手間の競争と競技力向上を生み出し、最終的には代表チームのオリンピックなどの国際競技力を高めようという意図が見られます。
 ところが、日本のバレーボールの歴史を紐解くと、戦後から「体育」と「スポーツ」、「人間形成」と「競技力向上」の揺れ動きがあったことがわかります。

(↑バレーボール年代記「バレークロニクル」から引用)
 1948年3月、文科省から「学徒の対外試合について」という通牒が出された。これは戦前の戦敗中心の学生スポーツに対する批判の上に立ち、学校教育の一環としての対外試合は、「民主体育」の理念に合致しなければならない、とするものであり、「小学校では校内競技にとどめる。中学校では宿泊を要しない小範囲にとどめる。但し、この年齢では校内競技に重点をおく方が望ましい」とされた。
 しかしその後、オリンピックでの各競技で日本が勝てない状況が続くと、この「対外試合の制限」が問題視され、1954年5月に出された「学徒スポーツについて」では、「中学校では隣県とのブロック大会はよい」とされた。続く1961年の改正では東京オリンピック開催の事情を考慮して、「中学生の隣接県にまたがる競技会は教育委員会の責任によって行ってよい。宿泊制限も実情にそって緩和する。中学生の国際試合および全日本選手権大会への参加資格を緩和する。中・高校生の国際競技参加資格を緩和する」と改訂された。
 このように、戦後間もない時代に、対外試合による勝利至上主義の過熱を懸念し、体育的な理念を重視して対外試合を抑制していたことから、当時の運動部活動がすでに、体育による人間形成とスポーツの競技力向上との狭間で、その位置付けが揺れ動いていたことがわかる。

 日本代表女子は2000年のシドニー五輪でオリンピックを逃しています。
日本代表男子に至っては、1980年のモスクワ五輪は特殊な情勢があったものの、1996年のアトランタ五輪でオリンピック出場を逃してからは、五輪出場すら厳しい状況が続いています。
 この日本のバレーボールのトップカテゴリの国際競技力の成績と、アンダーカテゴリの情勢の動きに関係性があるのではないかと考えています。日本のバレーボールの低迷期以降のアンダーカテゴリでは、

1970年代~ 「春の高校バレー」が脚光を浴びるようになる
1971年 ~ 全日本中学校バレーボール選手権大会(全中)
1979年 ~ 日本小学生バレーボール連盟設立
1981年 ~ 全日本バレーボール小学生大会
1987年 ~ 全国都道府県対抗中学バレーボール大会(JOCジュニアオリンピックカップ)
1992年 ~ 小学生にフリーポジション制導入
1998年 ~ 全国ヤングバレーボールクラブ(U14)男女優勝大会

 戦後直後における、勝利至上主義への批判の第2派が来ているのではないでしょうか?
 そして歴史に学ぶ観点でいえば、ただ単に「抑制」や「制限」に舵を切るのではなく、理念やビジョンの共有、長期スパンに立ったピリオダイゼーション、他競技との連携、「LTAD」の導入・・・現代版のアップデートの方向性がいくらでも見つけることができるはずです。

あなたが(私たちが)
過去に経験してきたこと、学んできたこと、乗り越えてきたこと
それで勝ってきたこと、成功してきたこと、
どれもその時代において、大変素晴らしいものです。
ですが、時代はめまぐるしく変化しています。
その変化に対応していくこと、アップデートしていくことは、
決して、過去の偉業を否定するものではないのです。

私は、今実績をあげている選手や指導者は素晴らしいと思っています。
そして、過去に偉業をあげた選手や指導者も素晴らしいと思っています。
ただ、願いは
日本代表がメダルを獲り、日本人選手が海外相手に勝負できている、
世界の中の日本を感じる一員でありたいということです。


(2020年)