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バレーのスキルの習得を考えたとき

ディグの映像をご覧ください。実にいろんな取り方があるものです。

世界レベルともなると、サーブにしてもスパイクにしても、ステップを踏んで、構えて、ヒット・・・などという余裕はないくらいのボールスピードです。ですから、取りに行くというよりも、身体に当てる、当てに行く・・・当たったらより確実に返球できる身体の使い方・・・と言った方がいいかもしれません。

「型はめ」と結びついたスモールステップ指導

私たちの周り(中学生など)の指導現場では、これまでの指導の研究の積み重ねの上で、いろんな指導方法が確立されています。
例えば、ディグでは、「構え」、「ステップ」、「腕の面へのヒット」・・・と、プレーの過程を細分化して、スモールステップで丁寧に指導されていることが多いようです。
でも、映像のようなディグを、基本練習で子どもが見せたら、「基本とちがう!」と言って、やめさせようとするのが、私たちの周辺ではよくありがちなことではないでしょうか?

ただ、実際問題・・・プレーヤーは運動やスキルが自動化されてくると、膝や足首の曲がりや、腕の面の角度などを意識していません。
そして、プレーのすべてが、指導された姿勢の角度なり、とらえる位置になっていないことが多いです。

ステップを経て、足の幅を取って構える。
構えは、ハンズ・ミドルで、アンダーでのディグと、オーバーカットの両方に対応する。
そして、アンダーでの腕の面を振り上げるという素人に多い現象を防ぐ・・・
そういった理屈で指導をされているのが一般的だと思います。 

こちらをご覧ください。

「正解」はプレーヤー本人にゆだねる

こちらは、最初にあった、世界レベルのディグのようすに近い練習だということがわかります。
「ハンズ・ダウン」、「ノー・ステップ」・・・などに近いディグです。

中学バレーのカテゴリと、世界レベルでは、ネットの高さも、ボールの重さや大きさも違います。
パワーもスピードも違います。
ただ、考えたいのは、中学生レベルでも、世界レベルでも、それらのプレーは、運動が自動化され、無意識のうちに、反射的に行われているという点です。

ですから、映像にある、ハンズ・ダウンのディグは、特に世界レベルではそのスピードやパワーの中において、教わってそうやったといよりも、「そうなった」「そうせざるを得ない」という、状態に近いのだと思います。

ノーステップやハンズダウンがなぜ生まれたのかというと、選択反応時間という研究がされたからなのだそうです。通常、視覚から入った情報を脳が処理をして体が動くためには1.7秒程度かかるそうです。これは選択肢が1つの場合においてなのだそうす。
選択肢が2つ以上になってくると、数が増えれば増えるほど、反応までにかかる時間が長くなります。
ハンズミドルで構えるということは、
オーバーハンドでもアンダーハンドでも選択肢としてあることになります。
右も左も前も後ろもある状況です。
なので、ボールに対する反応がおくれてしまいます。
反応を早めるためには、選択肢の数を減らす必要があります。
だから、ハンズダウンで構えることも増えたのだそうです

「運動スキル」とその習得はワンウェイではない

ただ、私自身、おそらくみなさんも、一種の不安を覚えるはずです。
特にバレー経験がない中学生にディグを指導する場合、
例えば、腕の面が振り上げられたり、振り回すような状態を見ると、結構なストレスとなります。
しかし、これは「ハンズ・ダウン」であることが「原因」ではないと考えるとしましょう。
むしろ、ボールを処理する「感覚」・・・
自分でコントロールできる感覚や、上げたい方向に処理できる「感覚がない」ためです。
乱暴ないい方をすれば、
上級者は、ハンズダウンからだって、腕を振り上げて上げる選手はいない、
またはいたとしても、腕の面を動かしているように見える中でも上手に返球している、ということです。
もっと言えば、腕が振り回されるということは、他に原因があって、腕が下がっているというよりも、「手から」先に取りにいっているということの方が、原因が大きいと思えます。

こういったこと・・・スキルの習得や、運動の自由化、無意識の世界・・・を考えた時、よく、幼い子どもが「自転車を乗れるようになる」場面を考えます。

最初は補助輪をつけて、ペダルをこぎます。
お父さんが、転ばないように、後ろで支え、声をかけます。
子どもは何度も転びながら繰り返します。
そのうち、お父さんの手を離れ、すーっと乗り出します。
一度乗り出したら、その後は何十年も、自転車を乗ることができます。
自転車を乗っている時に、背筋の状態や、太ももの角度などなんて、考えもしないはずです。

ひょっとしたら、バレーの指導も、もう少し変わりそうです。
ひょっとしたら、私たちは、結果と起こっている現象・・・に意識が向きがちで、
何とかはやくそういう現象にはめ込もうしているのではないかと思います。

スパイクのスイングと指導では・・・

スパイクのスイングについての映像を観てください。

スイングについては、日本では10年前くらいに、議論になりました。
今では、ブロックシステムやテンポの概念が活発に行われていますが、
昔は、技術は画一的な考え方が強かった当時において、スイングの議論や分類が示されたことは、新鮮だったと思います。私がバレーの世界に初めて入ったのもそのころでした。

「サーキュラー」 「ストレートアームスイング」 「ボウアンドスロウ」・・・

どれが正しいというより、いろんな特徴の選手がいます。
この3つのどれかという分類をする必要もなく、それぞれの分類の間にグラデーションもあるはずです。
さらに気を付けなければいけないのは、はずしてはいけない動作の原理があったり、故障につながるような無理な型はめは絶対させてはいけないということもあると思います。

高く跳ぶ、力が入る、素早く動ける、反応できる、精度が上がる・・・

そういったものを目指すものが、頂点だとしても、そこへ向かう入口がさまざまあるということです。
ですが、その「入口」が間違っている場合もあり、そこが要注意です。特に私たちの周りではその入口がかなり限定されているような錯覚になっているのだと思います。
それぞれの「入口」が妥当であるということを言える眼が求められています。

「神経系」「感覚」という、非常に重要な部分でありながら、成果が出るまでには、大変時間がかかります。
また、指導者から言えば、「神経系」「感覚」という、不確かで眼に見えにくい部分に対する不安が「説得力がない」とうものにすり替えられているのだと思います。
すべてが、形どおりにもっていけるという錯覚になっているのだと思えます。
ロボットではありません。人間ですから。

ですが、これからの指導においても、これまでのものに、検証を加え、新しい常識を打ち出す動きも
必要になってくるのだと思います。


(2011年)