「障害」?「障がい」?

 毎年、必ずといっていいほど学生から質問があるのですが、障害の「害」の字を漢字かひらがなのどちらでも表記するか問題。学生さんに尋ねると、小中高の時に先生から「害の字を使うのは差別になるのでひらがなで書くように」という指導をされた人が多いようです。私が授業スライドで「障害」と表記しているのを見て、使ってはいけないのでは?と尋ねてきます。

元々は「障碍」が使われていた

 もともと戦前の表記は「障碍」と書いていました。「碍」の意味は“妨げ”とか“バリア”という意味で、障碍の語源は仏教用語の「障碍(しょうげ)」から来ているようです。
 戦後、常用漢字から「碍」の字が外れたことから同じ音の「害」の字が使われるようになり、「障害」表記が一般的になりました。以後、「碍」の字を常用漢字に加えようとする動きもあり、文化審議会国語分科会等でも何度も議論がなされましたが、結局見送られてきた経緯があります。

「障がい」表記が増えたのは2000年以降

 さて2000年代に入ると、公害や害虫などのように“害”の字にネガティブなイメージがあることから、「当事者本人が“害”ではないのだから」という理由で「障がい」とひらがなで書く動きが始まり、いくつかの自治体で「障がい」表記にするよう定められました(現在20府県で「障がい」表記になっているようです)。今の学生さんは2000年代生まれですので、物心ついた頃から「障がい」表記を目にしてきたのだと思います。私を始め、大学の特別支援教育の授業では「障害」と記しているので、違和感を持って質問をしてくるのも当然です。

現在の「障害」表記は社会モデルに基づいている

 害の字は差別になる、と言われたらとりあえず「障がい」表記にしておくのが無難なように思えますが、この問題はそんなに単純ではありません。2010年ごろから障害概念そのものが個人モデルから社会モデルに変化してきたのです。つまり障害を個人に内在させ、個人に対する医学的治療やリハビリ・療育などによって改善させていこうとする個人モデルに対して、障害を個人と環境との相互作用によって生じるものと考える社会モデルへと転換してきたのです。2014年に日本が批准した障害者権利条約でも社会モデルが示されました。
 この社会モデルを基に考えると「害の字を使うのは差別になる」という考え方自体が個人に障害を内在させてしまっていることになります。つまり「害があるのは社会の側なのだから、害の字を使うことに問題はない」という考え方に変化したのです。逆に言うと「害の字を使うのはよくない」という考えは、[害があるって表記されるのは気の毒(可哀想)だから“障がい”にしときましょう]と言ってるようにも聞こえます。だとすると当事者本人にとって「障がい」と表記されるのは同情心でみられているように感じるでしょうし、余計なお世話と感じることもあるでしょう。むしろ積極的に「障害」を使うことで、社会の側に障害を作っている状況に対して問題意識を持ってもらう方が良い、となります。

世間の表記に対する意識はどうなっているのか

 さて実際のところ、「障害」or「障がい」に対する世間の意見はどうなのでしょうか。パラリンピック関連で2019年に放送用語委員会というところが全国アンケートをとったデータがあります。これを見ると、「障害」に抵抗感がない人が80%、「障がい」に抵抗感がない人が63%です。「障碍」はそもそも見たことがあるという人が18%しかいないし、抵抗感を感じる人が42%いるので、ここでは議論から外します。

 ポイントは「障害」も「障がい」も、見たことはあるが抵抗感がある、と回答した人がどちらも17%で同数だったことです。この調査では回答理由まで尋ねてませんので、抵抗感がある、という回答の中身までは分かりませんが、ひらがな表記に違和感を感じる人もいることは事実です。とりあえず「障がい」にしとけば無難というわけでは全然ないことがわかります。
 また同委員会では、13の障害者団体に聞き取りをしていますが、13のうち12団体が「障害」表記を使用している、ということで、基本的には漢字表記が大多数のようです。当事者のことは当事者が決める、と考えれば「障害」と書くことに問題はないのではないでしょうか。

 新聞などメディアでは「障害」と“害”の字を使っています。また障害者のことは「障害のある人」と表記して「障害を持つ人」とは表記しないことがほとんどです。これの理由は上記の経緯とはちょっと違うようですが、社会モデルの観点からすれば「(社会との間に)障害がある人」という意味で捉えることができます。「障害を持つ人」は明らかに個人モデルでしょう。

最終的には自分で判断して使う(ただし、郷に入れば郷に従う)

 学生さん達にそこまで説明をすると、おおよその学生が「これまで深く考えずに“障がい”と書いてました」という感想を述べてきます。その上で、漢字表記にするのか、ひらがな表記にするのかは学生さんに任せるのですが、大半の人は次の回から漢字表記にしてレポートを書いてきます。

 そうは言っても、「障がい」と表記するように行政的に決められている自治体の教員になった場合には「障がい」と書くようにしてもらわないといけません。ただし、生徒さんに伝えるときには上記のような経緯と社会モデルの考え方をキチンと理解して伝えて欲しいと思います。

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