8.8%が意味するもの

 文部科学省による「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について」が2022年12月13日に公開されました。この調査は2002年、2012年にも行われ(後述しますが年により調査名称や手続きは少しずつ違います)、10年に一度の調査で今回が3回目になります。

 2002年に行われた1回目の調査(調査の名称は「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」)では、6.3%という数値が示されました。当時はまだ特別支援教育の開始前であり、発達障害に関する認知度が低い時代でしたので、6.3%という数値は、それまで特別支援教育(当時は特殊教育と呼んでた)に関係していた教員以外の方には驚きをもって受け止められていた印象があります。40人学級だと1クラスに2.5人という計算になり、よほどの小規模クラスでない限り必ず特別な支援を必要とする児童生徒が在籍しているという結果がもたらすインパクトは大きく、2007年の特別支援教育の開始への原動力になったと言えるでしょう。

 10年後の2012年に行われた2回目の調査(「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児 童生徒に関する調査」)では、6.5%という数値でした。10年間で0.2ポイント増加したのですが、2回目の調査結果が示された際の学校教員の受け止めは「そんなに少なくないはず」というものが多かったように思います。
 2002〜2012年の間に、特別支援教育へ転換したことで発達障害に対する認知度が飛躍的に上がりました。発達障害や特別支援教育に関する研修機会も増え、職員室でADHDやLD、自閉症やアスペルガーなどの専門用語が普通に教員間で使われるようになりました。そのため教師が自分の担任するクラスに特別な支援が必要な子どもがいることを認識するようになり、調査結果が2002年と比べて増えていないことに“違和感”をもったのです。

 この“違和感”は、後述することと関係しますが調査が対象にしている「発達障害の可能性がある・・・児童生徒」の定義によるものと思われます。この調査は、ある一定程度の症状(「困り感」と言っても良いと思います)の強さがないと特別支援の対象であると判断されません。したがって、教員が「気になる子」と感じても対象から外れる子どももいて、そのため教員の実感よりも数値が低く感じられたものと思います。

 さて今回、2022年の調査では8.8%という数値が出ました。2012年と比べて2.3%の増加です。調査手続きが若干異なるため単純な比較はできないとされていますが、前回が前々回と比べて大差なかったのに対し、今回は大きく数値が伸びた印象です。3回の調査結果を比較するために、領域別・学年別の表を抜き出してみました。

3回の調査結果の比較(領域ごと)
学年ごとの比較(2002年調査では学年ごとの割合は公表されていない)

 この表を見る限り、全ての領域・学年で値が上昇していることがわかります。例外は中学校3年生で行動面に関する問題(「不注意」又は「多動性ー衝動性」、「対人関係やこだわり等」の問題)で若干数値が下がっているだけです。
 中学校の調査結果については、今回、高等学校を新たに調査対象に加えたため、学習面の質問項目が過去2回と変わっています。この質問項目は既存の尺度(LDI-R、ADHD評価スケール、ASSQ)を基にしていますが、内容的に小学校児童向けで、高校生だと必然的にポイントが下がることが懸念されたようです。例えば、「句読点が抜けたり、正しく打つことができない」という項目は、小学校段階では内容として妥当ですので引き続き採用されていますが、中学校以降では「文法的な誤りが目立つ(主語と述語が対応していない、順序がおかしいなど)」という項目に置き換えられました。そのため、数値の直接比較をすることには留意が必要です。

 加えて、10年間で6.5%から8.8%に増加したことについては、特別支援学級及び特別支援学校の在籍率の増加と合わせて考える必要があります。2012年の特別支援学級の在籍率は1.6%、特別支援学校の在籍率は0.6%(いずれも義務教育段階)です。2021年度の特別支援学級在籍率は3.4%、特別支援学校在籍率は0.83%でした。つまり特別支援学級在籍者は約2倍に増えており、特別支援学校在籍者も20%程度増加していることが分かります。今回の通常学級で8.8%という数値と合わせると約13%の児童生徒が特別な教育的支援を必要とする子どもであると考えられます。これは7.7人に1名という割合になりますので、相当な割合を占めるということです。

 さて、今回から高等学校も調査の対象になりました。高校での通級指導が2018年より開始されたので、高校における状況把握を行うことが目的とされています。
 高等学校の「学習面又は行動面で著しい困難を示す」生徒は2.2%、「学習面で著しい困難」は1.3%、「行動面で著しい困難」は1.4%、「学習面と行動面ともに著しい困難」は0.5%でした。初めての調査なので経年比較することが難しいですが、参考になるものとして文部科学省が設置した「特別支援教育の推進に関する調査研究協力者会議:高等学校ワーキング・グループ」が2009年8月に報告したものがあります。平成21年3月の時点で中学校で特別支援教育の対象になっていた生徒の卒業後の進路から推定(中学校3年生のうち、発達障害等困難のある生徒の割合は約2.9%であり、そのうち約75.7%が高等学校に進学するとして計算したもの)したもので、高等学校全体で約2.2%、全日制で1.8%、定時制で14.1%という数値が出ています。偶然にも(?)今回の結果と同一です。

 さて今回の調査結果を正しく理解するためには、先述した通り調査方法について正しく理解しておくことが重要です。報道では「通常学級に発達障害児が8.8%」とか「1学級(35人)に3人」という見出しが踊るため、”発達障害児がそんなにいるのか”とミスリードしてしまう危険があります。
 調査を行った有識者会議も説明していますが、この調査は発達障害のある子をピックアップしているのではなく、「通常の学級に在籍している児童生徒のうち、質問項目に対して学級担任等が回答した内容から知的発達に遅れはないものの学習面や行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒数の割合を推定している調査」です。層化三段抽出法を用いて厳密に抽出された児童生徒について、担任が質問項目(学習面:30項目、行動面「不注意及び多動性、衝動性」:18項目、「対人関係やこだわり等」:27項目)ごとに4段階又は3段階で当てはまるところにつけていきます。例えば「学業において、綿密に注意することができない、又は不注意な間違いをする」(「不注意、多動性ー衝動性」の項目)という質問に対して、対象の児童の様子から担任が「0(ない、もしくはほとんどない)」、「1(ときどきある)」、「2(しばしばある)」又は「3(非常にしばしばある)」の一つを選びます。全ての質問項目の回答を集計して、子どもの得点が領域ごとに一定の数値(カットオフスコア)を超えていたら、その領域の著しい困難を有していると判定されるものです。

 「医師でもないのに、学校教員が発達障害かどうかを判断しているのは問題だ」と批判がされることがありますが、この調査方法については科学的妥当性を十分に備えた穏当なものだと思います。有識者会議も指摘している通り、あくまで発達障害かどうかを判断しているのではなく、困り感を有しているかどうかを評価しているのです。”詭弁だ”という方もいるかもしれませんが、学校生活を通して子どもの困り感をみながら「通知表」をつけているようなものだと考えられます。

 しかしそうなると、別の問題が生じてきます。つまり教員は8.8%の子どもが著しい困り感を抱えていると評価しているのに、その困り感に対して支援が後手に回っているのではないかということです。同調査では対象となった子どもたちに対する支援の状況についても調べており(8.8%という数値ばかりが注目され、支援の状況については大きく報道されないのが残念ですが)、「校内委員会で特別な教育的支援が必要と判断されているか」については小・中学校で28.7%、高等学校で20.3%に留まっています。また「通級による指導を受けているか」は小中で10.6%、高校で5.6%と極めて低い割合です。その他、個別の教育支援計画又は個別の指導計画の作成や授業時間内・外の個別の配慮・支援についても軒並み30%以下で、授業時間内の配慮(座席位置の配慮やコミュニケーション上の配慮、習熟度別学習における配慮など)についても小・中学校で54.9%と半数程度です(高校に至っては18.2%に留まっています)。

 むしろ、この調査の本質はここにあると思います。教師が子どもの困り感を把握しながらも、有効な手立てを打てていないという現状があり、いわば放置されているケースが多い、ということです。8.8%に増加したのは「発達障害が増えている」という意味で捉えるのではなく、通常学級担任が一人ひとりの困り感により敏感に気づくようになった、と考えるべきでしょう。しかしながら、その困り感に寄り添って支援を展開できるだけのリソース(通級指導教室や支援員など個別の配慮・支援を行う人員、通常学級担任の専門性など)が不足している状況が浮き彫りになった、ということが本調査の結果が表す本質的な意味ではないかと思います。

 折りしも、9月に国連からインクルーシブ教育についての勧告がなされたばかりですが、今回の調査は通常学級における特別支援教育について、より抜本的な改革が必要であることを示唆しているのではないでしょうか。通常学級での支援体制づくりについて、新たな方策を考えるべき時代に突入したのかもしれません。8.8%という数値だけが一人歩きしないよう、通常学級における支援のあり方について深く考えるきっかけになると良いと思います。

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