20年越しの片思い(めざせ大学院1)
「書類不備」
そんなことが書かれた通知を受け取った。
年明け、大学院に応募した。
かれこれ20年来の夢をかなえるために。
いつか行こう、そのうちきっと。
そう思っていたら20年もたっていた。
特に海外に出てからは、毎日のパン代を稼ぐのに必死だった。自分が大学院へ行くなんてことは二の次、三の次と思っていたら、去年になって「パン代はそろそろ私に任せてください」と夫が言った。
そうか、大学院に行っていいのか。
そうか。
しかし、待てよ。
私は何をしに大学院に行くんだろう?
なんというか、20年片思いしていた相手に急に振り向かれたような、とでもいったらいいだろうか。片思いが長すぎたため、両思いですなんて急に言われたら、どうしていいかわからない。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします、と言いたいのか、やっぱりやめときますなのか。よくわからない、そんな心持ち。
今さらなあと思う一方で、ようやくやれるときがきたんだからやるべきだと思う自分もいる。
まあ、来年にでも応募してみようかな。
「いいえ、あなたは今年応募するんです。どれだけ待ったと思っているんですか。これ以上待ちませんよ!」
のんびり構えている私に夫がはっぱをかける。
でもなあ、今から大学なんて大変そうだしなあ、今さらなあと後ろ向きになりかけていた私の目の前に、夫がノートパソコンを持ってきた。
「ほら、3日後に締め切りですよ! 書類が足りるかわかりませんが、とにかく応募するんです。ダメもとです。だめだったら来年でいいんです。でも今年まずやるんです!」
自分のことは何ひとつささっと決められない人が、とても積極的になっている。
そうか。
どれどれとノートパソコンを覗き込んだ。
応募に必要なこと
私がスペインの大学院に応募するにあたり、必要なことがふたつあった。
ひとつは、学位認定。
日本で取得した学位をスペインで認めてもらう手続きだ。オモロガシオンやエキバレンシアなどと呼ばれている。
スペインに引っ越してきたとき、領事館の人が言った。
「スペインに長く住むなら、オモロガシオン(またはエキバレンシア)をしたほうがいい。オモロガシオンをしない限り、進学や就職時にあなたの学歴は中学校卒業として扱われる。オモロガシオンの手続きは年単位で時間がかかる。進学、就職しないに関わらず、今から準備することをお勧めする。絶対に忘れないで!」
電話口からこちらまでびんびんと届く声の本気度に驚いた。
果たして、領事館の人が言ったことは本当だった。「オモロガシオン」で検索すると、これまでにオモロガシオンで大変な思いをされたのであろう先輩方の苦労話がじゃんじゃん出てくる。申し込んでも認定されないこともあるとこわいことも書いてある。
オモロガシオンだなんて、カタカナで書くと響きはおもしろそうなのに、ひとつもおもしろくないことがわかった。
それっきり忘れていたが、あるときオモロガシオンのことを思い出した。当時、すぐに進学する予定はなく、仕事上でも特に必要なかったが、領事館の方の言葉を信じることにした。大学の成績証明書やら卒業証明書やらを取り寄せ、大学で取得した全単位の内容をスペイン語に翻訳してもらい、アポスティーユ認証やらをお願いしてやっと書類が全部揃った。ここまでで5万円ぐらいかかっている。これは、なんとしても認定してもらわなければならない。
日本でいう県庁所在地のようなところにある役所に書類を持って行った。いつ頃審査結果が出るか聞いたときに返ってきた「まあ1年ぐらいかな。1年以上経って連絡なかったら問い合わせてみて」という言葉に、スペインのすごさを改めて感じたのを覚えている。
実際、忘れかけたころに学位認定の知らせを受け取った。実に1年9カ月後だった。
このときばかりは認定書を取りに行くためだけにマドリードまで行くのも苦にならず、スペイン教育省の門前で何枚も写真を撮った。
もうひとつの問題は、スペイン語だった。
スペインの大学院に行くには、スペイン語が必要だ。まあ考えてみれば当たり前だ。これについては、いろんな言い訳をしながら勉強を先延ばしにしていた。去年、重い腰を上げ勉強を始めた。
どこに応募するのか
締め切りが3日後ということで、慌てて準備をした。
スペインにはたくさん大学がある。今回、アンダルシアの学校にしぼることにした。通信にて勉強することも考えた。最近とみにロバと親交を深めつつある私としては、彼らとの関係もこのまま大切にしていきたい。ただ、せっかく学校に行くならシティライフも少しばかりは味わってみたい。仕事柄ずっと家にいるので、ここはひとつ意識的に外に出る理由を作ろうじゃないか。
応募要項を読んでいると、もうひとつの注意すべき点が出てきた。
・大学側が学生を選ぶ際の優先順位
今回の募集は、一般枠の募集が始まる前に外国人だけが応募できるものらしかった。全ての学科が対象ではないが、次の条件に当てはまれば応募ができる。
1) 自分の行きたい大学の学科が外国人応募枠を設けている
2) 大学時の専攻に応じて決まる「応募していいよ」「応募できませんよ」基準で「応募していいよ」に当てはまる
この「応募していいよ」がなかなか曲者だった。「応募していいよ」に該当しても、選考時の優先順位というものが存在することを知ったからだ。
優先順位とは、大学時の専攻と大学院の専攻の関連度合いに応じて、学校側が学生を選ぶ順番が「高、中、低、その他」の順に優先されるらしい。例えば、大学での専攻が経済で、大学院の専攻も経済の場合は優先順位が「高」となるようだ。
私が興味を持っている学科は、外国人枠を設けているようだったが、私の大学時代の専攻だと優先順位が「その他」に該当すると書いてある。なぜだかどうもよくわからないが、大学が「その他」というなら仕方がない。「その他」というのは、応募してもいいけれど、優先順位の高い順から選ぶので可能性としては結構低いですよぐらいのことだろうか。ダメじゃないか!
でも、「その他」の下は「応募不可」なので、応募だけでもさせてもらえることを感謝すべきかと思い直す。
ところで、スペインで大学や大学院進学時に大事になるのは高校、大学の成績だ。そういえば、地元の中学生も高校生も常に成績の話をしている。その成績によって、進路がある程度決まってしまうからだろう。また、私立の大学は学費が高いので、皆なるべく公立の大学に行こうとする。家から通える大学ならなおさらいい。そのためもあってか、スペインでは「どこの大学に行ったか」よりも、「何学部に行ったか、何を勉強したか」が重視されるらしいことも住んでみてわかった。
応募にあたっては、Distrito Unico Andaluzというウェブサイトに登録する必要があった。
なんと、第六希望まで希望する大学や学科を書くことができるらしい。
締め切り当日、必要な書類をアップロードしながら、その時初めて知った「第六希望まで書いていいよ」の説明にマウスをクリックする手が止まる。
第六希望と言われても、どんな大学や学部があるのかわからない。提出書類の準備に手間取り、自分が何を勉強したいのかを考える時間がなかった。
とりあえず、第一希望は決まっていたので、第二希望以降はおもしろそうだなと思ったものを第四希望までランダムに選び志望動機を書いたところで締め切りの時間がきた。
こんなやり方でいいんだろうか…。
私としては、20年思い続けていた大学院に応募するのだから、しっかり準備して、なぜその学校に行きたいのか、何を勉強したいのかを明確にして華麗なる応募プロセスをとるつもりだった。私がやっていることはその正反対じゃないか。
ちなみに、大学院への応募時、昨年11月に受けたスペイン語試験の結果はまだ出ていなかった。私の中では受験=合格にしてやっていたが、書類提出となるとまた別の話だ。応募書類のスペイン語資格欄に何と書くか考えた結果、ここはアンダルシア人らしくいこうと「近々合格すると思いますんで」と書いた。
その後
2月下旬のこと。
結果発表の日、午後になってメールが届いた。
受験結果をウェブサイトで確認してくださいとある。
さて、どうだろう。
リンクを開くと出てきたのは次のような説明だった。
第一希望:人数が多いので、一般枠で審査します。
第二希望:書類不備のため不可
第三希望:人数が多いので、一般枠で審査します。また、書類不備。
第四希望:合格
第一希望と第三希望は、応募者が多いので、今度審査しますねということらしい。優先順位が「その他」だったことも関係しているのだろうか。じゃあなんで応募できたんだろうと考えるも、まあ仕方ない。第二希望は、通信制だった。慌てて応募したので、よく読んでいなかったのかもしれない。第三希望は冷静に考えると通学圏内ではなかった。アンダルシアといっても私の住んでいるところから半日以上かかるため、着くころには講義が終わっているだろう。第四希望はありがたいことに合格を頂いている。しかし、改めてシラバスをみてみると、自分が勉強したいこととは微妙にずれているように思う。めちゃくちゃだ。
ところで、書類不備とはなんだろうか。
詳細をみていくと、「英語の資格証明書が添付されていなかった」とあった。
英語?
ここは、スペインだ。
外国語の必須レベルは確かに記載してあった。スペインの学校だから外国人はスペイン語が必要だ。そのために、私はよれよれでスペイン語の試験を受けたのだ。
英語とはなんだ?
応募要項をもう一度読んでいく。
3回ぐらい読んでようやくわかった。
学部によっては、スペイン語以外に英語の資格証明書が必要だった。
なんと!
ケンブリッジ英検の資格証明書を提出してくださいとある。
なんだそれは。
しばらくして、思い出した。ケンブリッジ英検とは、地元スペイン人たちがやれB1を持っている、やれB2、C1を持っていると自慢気に話しているやつじゃないか。私には全く必要のないものだと思っていたので、毎年のように試験を受けている彼らをみて、大変だなあと思っていた。まさか、私も必要だったのか。
もしかするとほかの試験の証明書でもいいのかもしれない、とも考えた。
しかし、学生時代に受けた英語の資格証明書は日本にある。もしかしたら捨てているかもしれない。
スペインに来るから英語は必要ないと思っていた。また、必要だったとしても、仕事関係の証明書で足りると思っていた。甘かった。
オモロガシオンもスペイン語もやったが、英語が必要とは思わなかったぞ!
行き当たりばったり
かくして私の第一回応募プロセスは終わった。
華麗でもなんでもなかった。
勢いで応募するとこうなります、といういい例にはなった。
作戦立て直し
さて、どうしよう。
私は何を勉強したいのだろう。
冷静になって考えると、ありがたいことに合格を頂いている学校がひとつあった。そうすると、「大学院に行く」という夢はどうやらかないそうだ。じわじわと喜びがこみあげてきた。
一般枠の応募は7月。今回合格になった大学は"RESERVAR"(自分の席をとっておける)し、ほかの学校や学科も受けてみることにした。
・何を勉強したいのか
・自分の希望順位と大学側が示す優先順位
・英語の試験を受けるかどうか
・シティライフ
この4つを中心に、ちょっと落ち着いて考えてみよう。
今ここまで書いてきてはじめて頭の中がクリアになってきた。
ちなみに、英語の資格証明が必要な学部に応募する場合は、応募時までに資格を取得しておく必要があるらしい。逆算していつまでに試験を受ける必要があるのか調べたところ、一番遅くて5月頭だった。
2カ月もないじゃないか。
そんなことで、スペイン語の勉強が終わった(全然終わっていない)と思ったら、急に英語の資格が必要になるかもしれず、あせっている。
先週、ロバに相談に行こうと思ったら留守だった。ロバも毎日私に付き合っているわけにもいかないらしい。昨日は青梗菜をもっていったので、皆さんの機嫌がよかった。
何のために大学院に行くのかというと、純粋にもう少し勉強をしたい、それだけだ。20年越しの自分の夢をかなえてやるために。だから、多分何を勉強しても、得るものが大きいことは間違いない。
まさかスペインで学校に行くとは思っていなかったが、スペイン人観察にはもってこいの環境だ。あまりいろいろ考えず、今の自分がやりたいと思うことをやってみよう。
書いていてもひとごとのようで、自分の中に落とし込めていないが、
とりあえず、秋から学生になれそうだということはわかった。
20年間の長い足踏みから、どういう方向であれども一歩踏み出したのは間違いない。
大学院へ行く。
これが私の今年チャレンジしたいこと。
20年越しの片思い。
返事は
「どうぞよろしくお願いいたします」としたい。
にゃー!
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