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〔連載〕思春期の子どもを持つ母親への心理学講座 その11:マルトリートメント(不適切な養育態度)がもたらすもの

🔹育児がつらいと訴える母親たち

近頃「子どもを好きになれない」とか「子どもが可愛く思えない」と訴える母親たちが増えている。驚くことに乳幼児をもつ母親の8割から9割がそのような思いをもつという。
 
「育児がつらい」といったグチや不安ならば、これまでにも身近に聞かれたことだが、「我が子を愛せない」ということになると黙って見過ごすわけにはいかない。
 
では、そのような思いをもった母親は、実際、子どもにどう接しているのか。
 
我が子に向かって、ついつい「あんたなんか嫌い」といったような言葉を浴びせたり、イライラ感をつのらせて手を挙げるといった態度をとってしまうようだ。
その場から離れて自分なりに気分転換を図れる母親は幸いである。
 
🔹そのような母親がおかれている背景

ところで、我が子を愛せなくなるほど育児がつらいと訴える母親は、いったいどんな心理状態なのであろうか。
 
一般的に自分でもなぜそのような思いを抱くようになってしまったのかよく分からないという。とにかく、ささいなことで気持ちが滅入り、前進できなくなってしまう。
 
乳児をもつ母親の口からよく語られるのは「四六時中、母乳(ミルク)を与え、おむつを替えていると、まるで赤ちゃんのために自分の生活が台無しになってしまったみたい」といった言葉である。
 
ここには自分の時間がまったくとれないことへのいらだちのようなものが感じられる。 

かつて文明の利器が何一つ用意されていなかった時代に、姑に仕えながら子育てをした経験をもつ主婦からすれば「何をぜいたくな」と一笑に付されてしまうかもしれないが、じつは、これが今の大方の若い母親たちに共通する気持ちといってよいだろう。
 
ましてや姑と同居せざるをえなくて気兼ねをしていたり、身近に子育てについて相談する相手がいなければ、不安感は募る一方である。
 
あるいはまた、夫が残業などで帰宅が遅かったり、育児に協力してくれなかったりすれば、余計、孤立感に拍車がかかってしまう。 
乳児を脱して幼児になれば、また別の難問に直面することになる。
たとえば、おもちゃ屋の前で足を止めた我が子に、「買ってー!」と泣き叫んでテコでも動かなくなってしまったら、つい周囲の目が気になって買ってあげてしまうであろう。
 
かくて傍目には「甘い母親」とみられてしまうが、母親にとっては、一見、このような甘い対応は、我が子との面倒なかかわりを避けたいという一念なのであろう。
 
🔹子育てに自信を失くしてしまった母親たち

とにかく今の母親たちは、子育てを楽しむ余裕がもてないまま、ジレンマにおちいって過剰なストレスをため込んでしまっているようにみえる。
 
こう考えてくると「子どもが可愛くない」という母親の心理は、裏返せば子育てに自信がなくなっていることの表れということができよう。
 
しかも、その背景には、理想の子どもを育てようという完璧志向の傾向と関係がありそうである。

「子どもはいくら言っても利かない」とか「何度言ってもわかってくれない」といった焦りの言葉が母親の口からよく聞かれるのも、そのような傾向をよく示しているように思う。
 
以上のような子育ての風潮が、こんにち目立ってきた子ども虐待の現象を後押ししているのではないだろうか。
 
🔹マルトリートメントの一般化

ところで、子ども虐待とよく並列させて使用されるマルトリートメントという用語がある。
このマルトリートメントは通常、不適切な養育態度と訳されるが、私は子ども虐待は、このマルトリートメントの延長線上にある現象ではないかと受けとめている。
 
つまり子ども虐待はマルトリートメントに包含される概念なので、子ども虐待を明らかにしていくためには、まずは、このマルトリートメントを把握することが先決問題ではないかと考える。
 
以前務めていた大学で、卒論指導をしたある女子学生が、たまたまこのマルトリートメント問題に取り組み、実際に調査を実施した上で、卒論にまとめたことがある。
 
方法としては、同じ大学に通うクラスメートにアンケートを実施し、その中に一項目「あなたは過去、中学生までの年齢に達するまでに親から殴られたり言葉で傷つけられたりしたことがありましたか?」といった内容の質問を入れた。
その結果は、私達の予想をはるかに越えるものであった。
 
なんと回答のあった80人程度のうち約7割の学生が、事の大小はあれ「親から“なにがし”の傷を受け、それを今もよくおぼえている」と回答したからである。
 
なかでもマルトリートメントの最たるものは「おまえなんか生まれてこなければよかったと言われた」といった内容の回答記載が散見されたが、これは、おそらく子どもにとって相当ダメージの大きい言葉ではなかったであろうか。
 
今の時代にあって母親が育児ストレスをかかえてしまうことは無理からぬことだが、いかなる理由、事情があるにせよ、その解消の方法として子どもをターゲットにするのは避けねばならない。
たとえ親が意識していなかったにせよ、たった一回のストレス発散の言動であっても、それは結果的に子どもの心に深い傷を負わせてしまうことになりかねないからである。

(注)『子どもを愛せなくなる母親の心がわかる本』大日向雅美著、講談社

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