坂本拓也インタビュー#05
ご無沙汰しております。TENSELESSの木下和重です。
四ヶ月ぶりの投稿です。
え?終わったと思ってた?まだまだ続きますよ!
さあ今回は、坂本拓也氏のコアな部分へと皆様をお連れします。
前回ではプロジェクターを用いて光や影、色といった現象を扱ったパフォーマンスについて話を聞きました。実はもう一つの軸となるパフォーマンスが彼にはあるんです。それはとてもコンセプチュアルでわかりづらい、いや、そのわかるわからないそのものをテーマにしています。
彼の思想そのものがダイレクトに反映されたパフォーマンス、このインタビューでどこまで迫れたか、いや、十分とは言えないけれど、少しだけでも垣間見ることができたらなと思っています。ぜひ読んでください!
13. 坂本拓也ソロ活動 「見せ掛けパフォーマンス編」
木下 #04の最後で、プロジェクターを使わないパフォーマンスとして「物体を動かす」って言ってたよね。例えば『公園コンサート』では何を動かしてたの?公園にあるもの?
坂本 いや、違います。その時は固いスポンジのような材質の黒い立方体でした。いくつか大きさがあるんですよ、一辺が5cmとか15cmとか。ホームセンターに売ってます。本来の用途はわかりません。その黒い立方体を置いたり移動させたりという。もの派の影響ではあるんですが、その場にあるはずのない異物の存在が重要なんです。
木下 そのパフォーマンスを一人でやったの?
坂本 はい。他にプロジェクターを使ってないのは、ルールがわからないゲームとか……。
木下 ルールがわからないゲーム?ゲームなの?
坂本 最初はエレクトロニクス講座でやったのかな。
木下 あ、聞き忘れてたけど、エレクトロニクス講座で坂本君は何を作ってた?
坂本 僕は電気を使わないエレクトロニクスを……。
木下 なんだそれは、エレクトロニクスじゃないじゃん(笑)。
坂本 電気ってあるじゃん、そもそも。
木下 電気は作らないとなくない?
坂本 いやまあそうなんですが、エレクトロニクス講座だから電気は当然あるものとして捉えられてるじゃないですか。通電させて何かが起きるものをみんな作るわけです。でも僕は、例えば、基板にスイッチを半田付けしたものとか作ってました。
木下 スイッチだけ?
坂本 はい。そのスイッチをONにしたところで何も起こりません。でも例えば地球規模で考えると、スイッチをON/OFFした時に電気的な何かは起きてるわけですよ。そこに直接的な関連性はありませんが。
木下 基盤上で通電はしてないけれど、スイッチをON/OFFでこの世界のどこかと繋がるわけだ。何かが光ったり動いたりするんじゃなくて、観念的というか、コンセプチュアルな作品を作ってたんだね。
坂本 エレクトロニクス講座を主催してた鈴木學さんは、エフェクターを作りたいって言った生徒に、「売ってるものを買えばいいじゃないか」っていう人なんですよ(笑)。「エレクトロニクスは手段であって目的ではない」と。そこに自分のアイデアというか、クリエイティブなものがないなら作る意味がないってね。
木下 出た!鈴木さんの名言!同意しかないけど。
坂本 あ、でもスイッチをONにしたら音が鳴る基板も作りましたよ。それはルールがわからないゲームのために作りました。
木下 お、ルールがわからないゲームの話に戻ったぞ。
坂本 それはスイッチを押したら音が鳴るだけのものなんですが、他にも音の鳴らない基板もいくつかテーブル上に置いてあって、基盤の場所を移動させたり、向きを変えたり、たまにピッて音を鳴らしてみたり、急にアウト!とか指差して言ってみたり、何かルールに基づいて対戦ゲームをしているかのような素振りをプレイヤーがするんです。実はこれ、ダウンタウンの「日本の匠を訪ねて」というコントに影響を受けてできたんですよね。伝統工芸職人らしき人が紐を棒に巻きつけたりとか何かに刺したりとかそれらしい身振りをしてて、でも、何を作ってるかはさっぱりわからないっていう。
木下 まさかのダウンタウン!シリアスな仕草の匠が訳の分からないキテレツな物を作るっていうね。権威を茶化した笑いだったけど、坂本君のパフォーマンスには茶化すとかいう意図はないんでしょ?
坂本 それはないですね、笑いが目的でもないですし。話は飛ぶんですが以前、木下さんと鈴木さんとトリオで桜台にあるpoolというスペースでライヴをしたことがあったじゃないですか。
木下 2015年だね……。
坂本 木下さんは立ち直れないくらい凹んでましたよね(笑)。木下さんは「催眠術パフォーマンス」をやってました。
木下 そう、催眠術パフォーマンスは俺のお気に入りで今でもやってるんだけど、その時はお客さんの不評っぷりがえげつなかったもんで(苦笑)。
坂本 そんな不評な感じではなかったんだけどな、まあいいや。鈴木さんはいつもの自作のエレクトロニクス装置で演奏をして。僕はテーブルの上に置いてあった物を動かして、二人の音に反応してるかのような見せ掛けのパフォーマンスをやってました。
木下 坂本君がそういう見せ掛けパフォーマンスをやってたってのは後から聞いたんだけど、具体的には何をしてたの?
坂本 なんだっけな、懐中電灯を光らせたり、発泡スチロールの断片に棒を刺してワッシャーをかましたり、公演コンサートでも使った黒い立方体をちょっと動かしたり、ビデオミキサーを使ってブラウン管をピカッと光らせたりしてましたね。これの動作を他の二人に反応してやってたわけじゃなくて、光らせる、刺す、動かす、という単なる作業をしてたっていう感じです。そのライヴが終わってからお客さんに、「あなたのパフォーマンスには何かルールのようなものがあったんですか?」って質問されました。僕は「ルールはないですよ」って答えました。ルールがあるように見えてるだけですから。それをわざとやってるから、見せ掛けパフォーマンスってことになるかな。
木下 人間は関係性を見出そうとする生き物だよね、行為に原因を求めるっていうか。例えば俺のヴァイオリンの即興演奏でも、あそこの演奏はどんな感情で弾いてるかとか聞かれることがあるけど、そもそも感情を音にしていない。音自体に意味を求めようとする人は自分がそうだからって他の人もそうだとは思わない方がいい。でもまあ、そのお客さんは我々のパフォーマンス中ずっとそれを探ってたんだね(笑)。
坂本 僕の現行活動である『information』にも繋がってくることなんですが、その頃はスタニスワフ・レムの小説にどハマりしていた時期で、自分以外の人たちが何をやってるかなんて完全には認識できないんじゃないか、他人は自分の経験で勝手に認識しちゃうというか、その範疇でしか認識できないんじゃないかってずっと考えてたんですよね。この自他の認識の「ずれ」は、今でもとても興味があります。だから見せ掛けパフォーマンスは、あえてそういう認識のずれをテーマにした空間を作ってみようという試みなんですよね。
木下 冒頭の異物を存在させるっていうパフォーマンスは受け手の解釈を促すパフォーマンスで、ルールがわからないゲームはルールを利用して解釈を無効化する様を見せていて、演劇的側面もあった。ここまでは演じ手と受け手の信用というか友好的な関係性があったけど、見せ掛けパフォーマンスでは懐疑的なものになってしまった……。でも認識がずれてることは受け手にはわからない。坂本君の意図は伝わってないのでは?
坂本 見せ掛けパフォーマンスをやるとライブが終わった後に必ず、「あそこであれを動かしたから光ったんですか?」とか、「これをあっちに動かすとあの音がなるんですか?」といった質問をされる。認識の不可能性というか、そもそもわかり合えないというか……。
木下 でもその誤解を坂本君は誘発してるんでしょ?
坂本 そうですね。
木下 騙してるんだ。騙し絵だ。
坂本 いやいや、騙してるわけじゃないけど。
木下 結果的に騙してるでしょ?(笑)。
坂本 騙されるのかな、と思ってやってはいます。
木下 でもさ、坂本君は認識のずれに興味があるんだから、そこはわざとでしょ。
坂本 わざとではあるんですが、もはやわざとやってるという感覚でもないですね。質問した人には、僕の一つ一つの動きに連動性はないし、共演者に反応してませんよって答えるだけです。
木下 見せ掛けパフォーマンスはその誤解を確認する行為ということか。
坂本 そうですね。人間は今まで見たことのない未知なものにファーストコンタクトした時って、どうしても自分の経験や知識の範疇でしか考えることができない。だけど、実際はそうとは限らないし、そうではない場合が多々ある。そういうズレを炙り出したかったんです。このコンセプトはinformationにも続いていくんです。
木下 でも坂本君のやってることは全く未知のファーストコンタクトを提示しているというわけではないよね?テーブルの上にある物や光とかは既に知ってる。
坂本 そうなんだけど、ライヴで四角い物体を動かすという状況は、ファーストコンタクトかもしれない。
木下 四角い物体自体に意味はないけど、ビデオミキサーだったりワッシャーだったりスイッチがあったり光ったりってしたら、受け手はそれ本来の意味や機能を知ってるから、それをもとにして解釈するよね。
坂本 そうそうそうそう。
木下 ということは、坂本君のパフォーマンスで起きてることは、セカンドコンタクトにおける意味のズレみたいなことかな。
坂本 人間のファーストコンタクトって、全部セカンドコンタクトだと思うんです。脳内で認識できないと思うんですよね、完全な全く未知なファーストコンタクトって。それで、なんとか自分の知識と経験で脳内で認識できた時点でもうそれは既にセカンドコンタクトになると思うんです。というか、人間はそれしかできないのではないかなと。
木下 なるほど、そういう意味でのファーストコンタクトね。
坂本 「ステージ上で何かやってるぞ、よくわからないな、あ、あれを動かしたら光ったぞ、棒にワッシャーを入れたら何か音がしたぞ」といった感じで、一つ一つの行為を関係付けて解釈していくんですよ。でもその登ってきた梯子の先に僕はいない(笑)。ライブってさ、演じ手はこういうことをやってますよって見せるじゃん、普通。そんで受け手とお互い共通認識を持たせようとするじゃん。
木下 まあね、演じ手がお客さんからわからないって感想を言われて悲しいのは、わかってほしいからだもんね。
坂本 そうそうそう。
木下 坂本君はわかってほしいと思わない?
坂本 思わない、というかむしろそこに違和感があって。わかるって何なんだろうって。そもそもわかることなんかあるのかなって。演じ手とお客さんってお互いの共通した認識で気持ち良くなるわけじゃないですか。
木下 気持ち良くなる(笑)。
坂本 気持ち良くなるかはわかんないけど(笑)、よかったですー、かっこよかったですー、とか言われて。そういう演じ手と観客のライブのあり方っていうものを一度断絶してみようと思ったんですよね。だから芝居がかった「やってます風」ではなくて、自分は動かずにただ淡々とテーブルの上に置いてあるものを動かすだけになりました。
木下 やってます風って(笑)。
坂本 何だろう。ライブやってます!みたいな(笑)。
木下 何だそれは(笑)。
坂本 見せてやろう!みたいなことかな。音楽みたいにやりたくないというか、音の代替物として物を動かしたり変形させたりして見せる、ということはしたくなかった。行為自体にフォーカスを当てたくないし、その行為によって派生的に生まれる音やノイズも関係ない。そういう現象的なことじゃなくて、見てる人に「この人は何か意図を持ってパフォーマンスをしてる」と思われること、どう誤解されてるかが重要なんです。
木下 じゃあ坂本君はお客さんに「かっこよかったです!」って言われたら、「んなわけねえだろ!」って言うんだ(笑)。
坂本 それは言わないですよ!(笑)。ありがとうって言いますよ、何がかっこよかったかは僕にはわからないですけど。逆に、「わかんない」って言われたら、でしょうねって思うだけです。
木下 そもそも誤解が前提のパフォーマンスだから、どういう感想をもらっても問題はないわけだ。無敵だな(笑)。l-eになってからも認識断絶系というか、見せ掛けパフォーマンスはやってた?
坂本 しょっちゅうやってましたね。いっぱいやってたはずなんですけど…。自分で企画したのかな。思い出せないな。誰かとやってた記憶もあるんですけど……全然覚えてないです。
木下 じゃあ思い出せないってことで、#05は終わりにしようか。なかなか骨太な回だったな。#06もお楽しみに!
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