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【サントラ解説】『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(神前暁)

こんにちは。
作曲家の天休です。

今回はサントラ解説シリーズで神前暁さんの「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」のサントラ解説を僭越ながらさせていただきたいと思います。

「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」が今夜金曜ロードショーで放送予定なので、いまいちどサントラの視点から振り返ってみましょう。

いろんな専門用語が出てきます。
まずは僕が書いた「劇伴音楽の作り方」の記事を読んでから、この記事を読むことをオススメします。

それでは早速やっていきましょう!
※ネタばれ注意です!!※

1.映画の概要

「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」は2017年8月に公開されたアニメ映画です。
原作は1993年にフジテレビで放送された岩井俊二監督のテレビドラマ作品のようです。

原作については詳しくないのですが、総監督の新房昭之はアニメ界で超有名な監督ですね。
「魔法先生ネギま!」や「さよなら絶望先生」の監督をやられていたことでも有名ですね。
そのこともあってか、公開前からかなりの期待値だったと記憶しています。

2.神前暁さんについて

神前さんは劇伴だけでなく歌モノも手掛けられている作曲家です。
所属はMONACA。
アニメだと「らき☆すた」「涼宮ハルヒの憂鬱」「物語シリーズ」、ゲームだと「もじぴったん」などが有名です。

かわいい音楽から重厚な音楽まで手掛ける超一級の作曲家です。
最近デビュー20周年を記念した特製アルバムがリリースされました↓

皆さん買いましょう!笑(当然僕は買いました)

3.サントラ解説

それではサントラ解説です。
ここに書いてあることはあくまで個人的な意見ですので悪しからず……。

〇1曲目「もしも」
映画冒頭から流れる音楽です。
前半は久石譲さんを思い起こさせるミニマルミュージック風の音楽。
ミニマルミュージックとは、メロディを歌い上げる音楽ではなく、同じフレーズを何度も繰り返していくことで音楽を構築していくジャンルのことです。
近年ではミニマリストという方々が有名ですが、「ミニマル」とは「最低限の」という意味です。
つまりミニマルミュージックは最低限の音楽の要素を繰り返していくことで、音楽を作っていくという発想ですね。
最も流行ったのは20世紀中盤~後半のようです。
ジブリの音楽で有名な久石譲さんも、学生時代このジャンルに傾倒しており、ジブリの音楽内でもミニマルミュージック的な音楽を聴くことができます。
ちなみに、僕が久石譲さんの曲の中で最も好きなミニマルミュージックは「DA・MA・SHI・絵」という曲です↓

話を「もしも」に戻すと、マリンバがやピアノが拍をずらしながら同じフレーズを繰り返しているのが分かるかと思います。
(ちなみにマリンバやピアノは、ミニマルミュージックの巨匠スティーブ・ライヒが使っていたこともあり、ミニマルミュージックとの親和性が高いです。)
そこにバイオリンや木管楽器などの息の長いフレーズが乗っていて、あくまでミニマルミュージック風になっていますね。

ミニマルミュージックのサントラ的な良さは何かというと、幻想的な雰囲気を簡単に作り出せるということです。

映画の冒頭、水中で二人が登場するシーン。
抽象的なモノローグから始まり、黒を基調とした背景にカラフルな打ち上げ花火が上がる。
とても幻想的です。
この幻想的な雰囲気を強調するために、ミニマルミュージックの要素を取り入れたのだと思います。

途中から入ってくるベルのメロディは、後にこの映画の「メインテーマ」として出てくるので覚えておきましょう。

さらにラスト30秒。
いきなり音楽の雰囲気が変わります。

これはドラマの劇伴ではなく、フィルムスコアリングで作られている映画のサントラならではの手法ですね。

映像的には、島の遠景が映るカットでバイオリンのロングトーン。
遠景カットに静かなロングトーンは「これから何かが始まる予感」を増幅します。
ディズニー映画などでも用いられるテクニックです。

家が映るカットでややコミカル寄りの日常曲へと変化します。
テンポがやや速くなり、幻想的な雰囲気が一気に現実的な雰囲気に変わっています。
ただし、一気に雰囲気が変わらないように転調していないことに注意してください。
正確にはセンタートーンが変わっていません。
センタートーンとはその調の主要になる音のことを指します。
ここではCメジャースケール⇒Cミクソリディアンスケールになっています。

最後も空のカットが映るのと同時に音楽が切れるようになっています。
こういった細かい表現ができることがフィルムスコアリングの強みですね。

〇2曲目「中学生の通学路」
分析的には「行動」ですね。
やや「前向き」っぽい要素もあります。

さて、アニメはドラマに比べて映像の情報量が少ないので、音楽でシーンの補強する場面が多くなります。
なので、この「行動」もシーンによせた曲というよりは、中学生の青春感も内包していますね。

この曲はCメジャーキーですが、Cメジャーキーは黒鍵を使わないことから「かわいさ、純潔」といった意味があるので、このシーンにぴったりです。

楽器編成はストリングス高音+木管+ピアノ+ハープとシンプルです。

最後、及川なずなが登場するシーンでいきなりキーンという音だけになります。
これはクロテイル(アンティークシンバル)という打楽器を、コントラバスの弓でこすっている(Arco)音です。

サスペンスなシーンや、神秘的なシーンによく使われます。
クラシック音楽では滅多に出てきませんが、サントラだとしょっちゅう耳にしますね。

ここでは、及川なずな自身の神秘感と、主人公・島田典道の日常に対する違和感を描写するために使われています。

〇3曲目「教室の日常」
これは、タイトルにもある通り「日常」です。

学校の全景から、教室内のカットに入ったところで音楽が始まります。

同じ神前さんの「らき☆すた」のBGMと比べると、リアリスティックな楽曲になっているのに気が付きましたか?
これは、「らき☆すた」に比べて「打ち上げ花火」の方が画面の情報量が多いためです。(デフォルメ加減が少ない)
同じアニメでも、描画感によって作り方が変わるのが、サントラの面白いところです。

そのことを意識してか、通常よほど予算がないと打楽器をレコーディングすることは少ないのですが、タンバリンとトライアングルは生音のようです。
当然ですが、生音にするとより現実味のある楽曲にすることができます。

最後は田島が机から落下するところで終わっています。
ジャジャン!としっかり終結させることで、次のシーンへの受け渡しをスムーズにしています。
「劇伴音楽の作り方」でも書きましたが、コミカルなノリはメリハリが大事です。
田島が机から落下してフフッとなった雰囲気を引きずらず、次のシーンへ転換していることに注目してみてください。

〇4曲目「転校」
及川なずなが転校を知らせるため、職員室に入ってくるところで流れます。
分析的には「心情」ですかね。
後で出てくる「背伸び」のアレンジバージョンです。

冒頭はクラリネットの単旋律。
クラリネットのこの音域は「ブリッジ」と呼ばれています。

クラリネットには低音域の「シャリュモー」、中音域の「ブリッジ」、高音域の「クラリーノ(クラリオン)」、超高音域の「アルティッシモ」と4つの音域があり、それぞれに特徴があります。

「ブリッジ」はクラリネットの音域の中でも指をたくさん動かす必要があり、音が安定しづらい音域です。
しかし、ここでは及川なずなの不安定感を演出するために、あえてこの音域のクラリネットを使っているのでしょう。

ラストは終結せずに終わります
これは先ほどの「教室の日常」と好対照ですね。
不安感を余韻として残すことで、次に何が起こるのか、視聴者に期待を残させる場面転換です。

〇5曲目「ドキドキする」
プールサイドの及川なずなと島田典道が出会うシーンの曲ですね。
かなり映画のサントラっぽい曲ですね。
分析的には……「ニュートラル」に近いかな……?

映像的にはコミカルにも日常にも触れるシーンですが、あえて心情を描きすぎない音楽で視聴者を画面に引き込んでいます。

トンボが飛び立った後の万華鏡のようなカットで、ピアノの和音を登場させることでシーンをより強調しています。
その後のピアノが段々と高音に上がっていくのは、トンボが空高く上がっていく様子を描写しているんだと思います。
こういった細かいテクニックがニクいですね。

最後はリバースパットがクレッシェンドして扉の閉まる音を強調しています。
島田にとって夢のような時間が覚めて、一気に現実に引き戻されている描写ですね。
関係ないですが、この曲で使われているリバースのシンセの音はOutputREVっぽいですね。

〇6曲目「50m競争」
3人がプールで50m競争する際にかかる曲ですね。
これもジャンル的には「行動」に近いですが、かなり特殊です。

ピアノのアルペジオのリフは、先述のミニマルミュージックっぽさもありながら、ラヴェル「水の戯れ」のように水しぶきを表現しているようでもあります。

この曲で出てくるようなリバース音(音声を逆再生したような音)も神秘感を与えてくれます。
ミニマルミュージックとも相性が良いです。

途中で出てくるピッツィカートにエフェクトをかけたような音は、ややサスペンス感を増幅しています。
これは及川なずなの持ってきた「石」がプール内に落ちてくるシーンと連動しており、「この石が何か起こすんじゃないか」という視聴者の期待感を煽っているわけです。

レ→ミ♭→ラ→ファというグロッケンのメロディが終わると、すぐにピアノのリフレインのテーマに戻ります。
ピアノに戻るところと、シーンチェンジを合わせることで、「石」への違和感を次のシーンまで引っ張っていません。

〇7曲目「花火大会のきっかけ」
「花火を横から見るとどう見えるか?」と会話している中、教室に及川なずなが入ってくるタイミングで流れます。
「コミカル」よりの「日常」ですかね。

及川なずなは直接関わってきませんが、及川なずなが教室に入ってきたと同時に音楽が始まることで、及川なずなの存在を強調しています。

よく聴かないと分かりづらいですが、ところどころにリバース音を入れることで、ただの日常曲になっていないことが分かります。
こうした細かいシーンにも神秘性の要素を足すことで、映画全体の印象を引き締めてくれています。

最後は終結せず、及川なずなの下校のカットが終わったところで音楽も終わります。
会話が続いている中音楽が終わるので、いつの間にか音楽が終わっていたという自然な印象もありますが、注意して聴いていると及川なずなの存在を強調させるような終わり方ですね。

〇8曲目「典道の心配」
上のシーンのすぐあと、島田たちが自転車で帰るシーンのカットで流れます。
分類は難しいですが、ニュートラル寄りの「日常」ですかね。

ミニマルミュージックっぽいピアノのリフレインも、途中入ってくるリバース音も、先述の通り映画のテーマ性を引き締めてくれています。

最初のコードがDsus2という主要和音の第3度を使わないことで、調性を曖昧にし、より不思議でフワフワとした印象を与えてくれます。

最後はれバース音からピアノとグロッケンのレの音で終結。
シーン的には島田が自転車を止めて足を痛がるカットで終わるので、それを強調している形です。

〇9曲目「なずなの憂鬱」
及川なずなが部屋で着替えるシーンにかかる曲です。
短くて分類しづらいですが超ライトな「サスペンス」ですかね。

ピアノのGm→Asus2という和音はかなりモーダルで、調性が曖昧です。
Gmで暗いけど、次のAsus2で一気にその暗さをぼやかしている、水彩画のような描写です。
このあたりの和音使いは坂本龍一さんが非常に上手いです。

暗いけど暗すぎず、ニュートラルではないけどちょっと不安。
相当な鍛錬を積まないとこういう音楽は書けません。

最後は「石」が映るカットでド→ファ→レという特徴的なベルの音
これは先ほど「50m競争」でレ→ミ♭→ラ→ファというグロッケンのモチーフと類似しています。
どちらも「石」が出てくるカットなので、おそらく神前さんは「石=ベルの音色」という印象を視聴者に与えようとしているのでしょう。
ハンス・ジマーがスーパーマンをレ→ファという2音だけで表現したのと同じような手法ですね。

〇10曲目「花火大会の準備」
この曲は映画本編ではカットされてしまっているようです。
恐らく安曇が待ち合わせ場所に来るシーンで使われる予定だったのでしょう。

特徴的な音色はカリンバという民族楽器でしょう。

どこか土着的な雰囲気があって、日本の花火大会の雰囲気にぴったりです。
こういうところで安直に篠笛や和太鼓などの日本の民族楽器を使わないところで神前さんのセンスが光っています。

当たり前ですが、聴きなじみのある音色は親近感が感じやすいです。
なので篠笛や和太鼓など、日本人になじみのある楽器ではなく、あえてカリンバをチョイスすることで、民族感を出しつつも神秘的な雰囲気に仕上げています。

余談ですが、後ろで鳴っているトライアングルは生音ではなくSpectrasonicsStylus RMXのものっぽいですね。

〇11曲目「なずなの「もし」」
田島となずなが喋るシーンでかかる音楽です。
分析的にはやや日常よりの「心情」ですね。

最初はピアノのリバース音から始まります。

序盤はややなずなの心情を描写するピアノ。
そこから、なずなが排水路をまたいで田島に近づくカットで曲想が変わります。
メロディはアコーディオンへ。

アコーディオンという楽器は遅いテンポの曲に使うとのどかという印象を与えます。
なずなの心情を描写しすぎず、風景の美しさを描いていますね。
途中で入ってくるクラシックギターも同様です。

最後は曲が盛り上がるかと思いきや、中途半端なところで終わっています
これはなずなの「なんで島田君が勝つと思ったか、分かる?」というセリフの答えを、田島や視聴者に考えさせるようです。

〇12曲目「逃げ出せない」
そのすぐ後のシーン。
なずなが母親に捕まるシーンでかかる曲です。
前半「サスペンス」からの「行動」からの「サスペンス」です。
かなり映画音楽的な曲ですね。

序盤はストリングス高音のロングトーンと、ミニマルミュージック的なピアノのリフレイン
不安でありながら、神秘感と切なさがあります。

そのあとのクラリネット群の動きもかなりミニマルミュージック的です。
シーンとしては田島が安曇を殴るシーンなのですが、あえて暗すぎず「行動」的な音楽にすることで、あくまでサスペンス映画ではなく青春映画的な雰囲気になっています。

「石」のカットとともにピアノの不協和音とベルの音
ここでも先ほど述べた神前さんの意図が垣間見えます。

そのあとのストリングスの盛り上がりもミニマルミュージック的です。
この曲は90分ある映画の丁度30分ぐらいのところで流れます。
序破急で言いうところの序のクライマックス
ストリングスも今までにないくらい盛り上がり、視聴者を画面に引き付けています。

最後はピアノの不穏なアルペジオの上を、ストリングスの特殊奏法がうねるように這っています。
まるで映像を早戻しした際の音声を表現しているかのようです。

風力発電機が動き出したところ(時間が元通り動き出したところ)で音楽も終わります。

〇13曲目「花火大会のきっかけ [if]」
曲名からも分かる通り、この曲は「花火大会のきっかけ」と対になっています。
かかるのも、なずなが教室に入ってきたカットです。

メロディなどのモチーフは同じであるにもかかわらず、不協和音が入ったり、リバース音がさらに追加されることで、より神秘的かつ違和感のあるサウンドになっています。

「あの時と同じだけど同じじゃない」を音楽でも表現しているわけです。
めちゃくちゃ面白いですね。

最後の終わり方も「花火大会のきっかけ」と同様のモチーフで終わります。
シーンもなずなが教室を去るカットで切れるようになっており、2曲の対比が見えますね。

〇14曲目「典道の心配 [if]」
この曲も先ほどの「典道の心配」と対になっています。
かかるシーンも似ていますね。

楽器構成やモチーフは同じであるにもかかわらず、和音を半音だけずらしたりすることで不穏で違和感のある音楽になっています。
しかし不穏過ぎてもいないところが神前さんの技術力の高さを感じさせます。

〇15曲目「なずなの憂鬱 [if]」
この曲も同様ですね。
先ほどの「なずなの憂鬱」と対比されています。
シーンもなずなの部屋でかかります。

この曲は短いので変化が感じ取りにくいですが、「石」が映るカットでピアノの不協和音がより強くなっています。

余談ですが、なずなが着替える順番、先ほどはブラウスを脱ぐカットであったのに今回はスカートを脱ぐカットになっていますね。
映像的にも細かい対比がたくさん隠れていて面白いです。

〇16曲目「二人」
なずなが家にやってきて、自転車で二人乗りするシーンでかかる曲です。
青春だなー。
あえて分類するなら「前向き」でしょうか。

ピアノの左手、上向下向のアルペジオはある種の広がりを表現してくれます。
壮大さと言っても良いです。
雰囲気は違いますがショパン「革命」などが好例です。

ちょっと例としては不向きかもしれませんが筋肉少女帯「山と渓谷」という曲も挙げておきます。

https://music.apple.com/jp/album/%E5%B1%B1%E3%81%A8%E6%B8%93%E8%B0%B7/1394981759?i=1394983190

16分音符の速い動きが自転車の速さを、それに対して遅い和音の移り変わりが広がりを表現していますね。

安曇に見つかって「あっ……」というセリフの後にピアノのアルペジオが入ってくる点にも注目です。

最後はしっかりと終結させ、夕日のシーンが映ることで、時間経過を表現しています。
これも映画ではよくある手法です。

〇17曲目「かけおち」
二人が茂下駅で喋っているときに流れる曲です。
なずながカバンを開けた瞬間に音楽がスタート。

冒頭はサン・サーンス「水族館」のような神秘的で不思議な和音。

こういう雰囲気はハープやストリングスの高音、クロテイルなどの金属打楽器と相性が良いです。

まるでなずなの家出が現実的でないもののように感じられます。
中学生の田島にとって、それくらい家出に非現実感があったのでしょう。

なずなが再びカバンを閉めるところで音楽も終わります。

〇18曲目「背伸び」
再びなずなと田島の駅でのカットに戻ってきたときにかかります。
この曲は「心情」的でありながら神秘的な、不思議な曲ですね。

やはりなずなの口から「夜の商売とか?」などというセリフが出てきた非現実感を音楽で表現しているようです。
ミュートのトランペットも良い味を出しています。

その後のフルートのメロディは、先ほどの述べた「転校」のメロディですね。
いわゆるこのメロディこそが「なずなのテーマ」なのでしょう。

その後の特徴的なベルのメロディとハープのアルペジオ。
特徴的なベルの音色は「石」駆け落ちへの期待を、反対にハープのアルペジオはところどころ短調になって不安を表現しています。

最後は「一緒に来てくれる?」という問いかけに対して、やや「サスペンス」感のある終わり方をしています。
田島がどう答えるのか、視聴者の不安を煽っているわけですね。

〇19曲目「何もできない」
印象的な90度回転のカットが入った後、この曲がかかります。
なずなが親に連れ戻されるシーンですね。
分類的にはかなり特殊な「哀しみ」でしょうか。

ピアノの高音の同音連打は聴いている人の不安を煽ります。
なずなの「典道君!」というこだまが増幅するとともに、音楽も大きくなっていきます。
クライマックスに達した瞬間次のカットへ。

次は「石」が手から落ちるカット。
音楽もいきなり静かになって、クロテイルのArcoの音。
「石」が落ちると同時にピアノベルの特徴的な和音。

先ほどは語り忘れましたが、近年のサウンドトラックではこういったベル系の音の管弦楽法が研究されています。
例としてジョン・ウィリアムズの「STARWARS」より「レイのテーマ」を挙げておきます。

〇20曲目「祐介と典道」
なずなと別れた後、友人と合流して、島田と安曇が話すところでかかります。
「哀しみ」的な導入から後半は「メインテーマ」のような大きさへ。

日本の劇伴にあるような歌い上げる「哀しみ」ではなく、もっと不安というか、ドギマギしたような心情が丁寧に描写されていますね。
本当に心情描写が素晴らしい。

その後の「着いたー!」というセリフが入る開けたシーンのカットで、音楽も編成が大きくなり、広がりが出ています。
このときのホルンのメロディが後半も繰り返されていきます。

田島たちが上り始めたシーンから「メインテーマ」風のメロディへ。
シンプルですが、雄大で美しいです。
ストリングスの内声の動きなども含め、海外のサウンドトラックにあるような上品さが漂っています。

〇21曲目「ひらべったい花火」
田島が平べったい花火を見た後、前の時間軸のことを思い出すシーンでかかります。

これもマリンバやピアノのミニマルミュージック的なモチーフが印象的です。
マリンバが音によってパンが左右に振られているのも面白いです。

先ほどの「逃げ出せない」の後半との対比も面白いです。
「逃げ出せない」では木管などが主導であったのに対し、この曲ではストリングスがガッツリ音楽の主導権を握っています。

ところで「逃げ出せない」は序破急の序のクライマックスでかかると言いましたが、この曲は序破急の破のクライマックスでかかっています。
90分ある映画のだいたい60分辺りです。
こういった対比もとても面白いですね。

最後は盛り上がったまま、その勢いで次のシーンへ。

〇22曲目「取り戻せる世界」
次のスケッチ調の画風になった田島の世界で流れます。

まるでオルゴールを聴いているかのような、どこか懐かしい曲です。
この曲はオルゴールの音色を使っているわけではないかもしれませんが、オルゴールの音色は回想シーンと相性が良いです。
このシーンも回想シーンのようなぼやけた雰囲気があるので、曲でもそれを強調する形になっていますね。

ベルのド→ファ→レ→ソという動きは5度の動きを平行させています。
こうした5度のモチーフの平行は、つかみどころが無かったり、不安定な感じを出すのに最適です。
先ほども述べたとおり、3度の音などの調を決定する音が省略されている分、調性が曖昧になるからです。

田島が「なずな……」とつぶやくシーンで音楽が終わります。
余韻を残して、自然に音楽が切れていますね。

〇23曲目「お父さんのこと」
電車の中でなずなが生い立ちを語るシーンにかかる曲です。

今までの曲とは違い、ピアノの低音が出てきていることに注意してください。
今までの曲は神秘性や非現実感を演出するためにに、ピアノは高い音域で、細かいアルペジオをしていました。
一方この曲では、ピアノの中低音の音域が出てきており、かなり地に足着いた音楽になっていることが分かります。
これは、なずなの両親のことに現実味を持たせるためでしょう。
先ほどまでの浮ついた時間と、両親の駆け落ちという現実的な話。
これを音楽でも対比しているわけですね。

最後は中途半端なところで音楽が終わっています。
これは、いつの間にか音楽が消えていて、次のなずなが歌うシーンにスムーズに繋ぐためでしょう。

〇24曲目「瑠璃色の地球」
これはメチャクチャ面白い曲ですね。

今までの劇伴音楽はいわゆる「スコアミュージック」でした。
スコアミュージックとは、映画の中では実際に鳴っていない音楽をBGMとして付けることで、映像を補強したり、心理描写する音楽のことです。

反対に実際に映画の中で鳴っていて、登場人物も視聴者も聴くことのできる音楽を「ソースミュージック」と言います。
映画の中のラジオやテレビから流れてくる音がそれです。

この曲は「スコアミュージック」と「ソースミュージック」の中間のような役割になっていますね。
歌は田島にも聞こえているけど、伴奏は視聴者にしか聞こえない。

しかも、通常アニメ映画の作画は声優さんのレコーディングの後に行われます。
ビデオコンテの状態で声優さんの声を録り、それに合わせて口の動きなどを描いているのです。

つまり、この曲だけはフィルムスコアリングではなく、声優さんのレコーディングよりも前に書かれたものだと分かります。
時系列としては
ビデオコンテ → 「瑠璃色の地球」の作曲 → 声優さんのレコーディング → アニメ仕上げ → オーケストラのレコーディング
です。

これは制作現場がよほど密な連携をしていないと不可能な大技です。
それに加え、劇伴作家としても歌モノ作家としても超一級の神前さんだからこそ成しえる御業です。

本当に素晴らしい。
制作チームの皆さんにブラボーを送りたいです。

〇25曲目「飛ぶ」
田島の「飛ぶ」というセリフの直後に流れます。
分類的には「行動」ですね。

ちなみに「飛ぶ」の前に流れている曲は「逃げ出せない」がエディットされたもののようですね。
劇伴の納品ではステムデータ(各楽器別に分かれた音声データ)を納品するので、「逃げ出せない」のクラリネット群を抜いたBGMのように聴こえます。

さて、「飛ぶ」は「お父さんのこと」とはうって変わってピアノの高音域のアルペジオから始まります。

田島の「今日だけは一緒にいたい」というセリフ後で、音楽も雰囲気が変わります。
初めてスネアドラムが入ってきて、着実に前へ進んでいる雰囲気が出ていますね。

いままで出てきたキャラクターが登場し、少し大団円感もあります。

最後はしっかりと終結して、「さぁここからがクライマックスですよ」というアピールをしています。
ただし最終和音はAsus2。
Aにすると終結感が強すぎて、ここで物語が終わってしまいますが、Asus2にすることで一区切りしたけどまだまだ続く感を出しています。

〇26曲目「もしも玉」
なずなと一緒に花火を見るシーンで流れる曲です。

冒頭のストリングスのロングトーンは心情を表現しているというよりは、その場の雰囲気を表現しているようです。

その後の二人が手をとり、ダンスするようなシーン。
音楽もフランス音楽のようで素敵です。
ミシェル・ルグランの「Summer of '42」の冒頭のようです。

その中でクロテイルのArcoやベルの音が鳴っていることに注意してください。
そう、「石」=「もしも玉」のモチーフですね。

最後は「もしも玉」を投げる直前、安曇に声を掛けられる直前で終わります。
オーケストレーションがまるで花火が散っていくようで美しいです。

〇27曲目「瑠璃色の地球([if] ver.)」
これも先ほどの「瑠璃色の地球」と同様の作り方をされているっぽいですね。
ただしこちらは歌の口パクが表現されていないので、もしかしたら後で制作されたものかもしれません。

最初はまるで電車の車輪の音のようなシンセサイザーのリズムから始まります。
伴奏もピアノ+ストリングスからベルの音色+ストリングスになって、やや現実感が薄くなっていますね。

「瑠璃色の地球」とテンポが変わっているので、この曲はこの曲でレコーディングしたんでしょうね。
手間のかかり具合がすごいです。

〇28曲目「海上列車」
列車が海の上を走っているシーンで流れる曲です。
この曲もフランス映画のようなオーケストレーションで美しいですね。

この曲も中低音から始まっていることに注意しましょう。
非現実的な世界で、それでも「もしも玉」のことを受け入れてなずなに話す田島。
いままでの非現実世界に浮ついているシーンとは別物です。
そういった描写を音楽でもしているわけです。

なずなの「信じるよ」というセリフのあとのフルートとバイオリンのメロディはなずなのテーマですね。

ラストの方のやや不穏なホルンのメロディが出てくる箇所などは「背伸び」の後半との対比ですね。

〇29曲目「このおかしな世界で」
その後のなずなのセリフから流れる曲です。
これもナズナのテーマのアレンジですね。

ここぞとばかりに「心情」によったアレンジになっています。
ソロバイオリンも「心情」とは相性抜群ですね。

ダブカル(四重奏の倍の編成、ダブルカルテット)ぐらいの編成かと思われます。
心情シーンであえて編成の小さいバイオリンアンサンブルにするのはとても効果的です。

リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラかく語りき」の冒頭部分もとても美しいです。(2:39~)

最後は「もしも玉」のモチーフを連想させるピアノで次のシーンへ。

〇30曲目「典道となずなの世界」
典道となずなが海の上の岩を渡るシーンでかかります。

序盤はピアノのリフレインにベルのメロディ。
このメロディこそ、実は「メインテーマ」なのだと僕は考えています。
映画の最も重要な場面で流れるメロディ。

それが段々と大きくなっていき、なずなの「次会えるの、いつかな」というセリフと共に音楽もクライマックスへ。
サビの直前で静かになって、ストリングスの駆け上がりと共にサビに突入する。
これは劇伴作曲家が最も聴かせたいメロディの前にやる技術です。

メロディが変奏されていて分かりづらいですが、1曲目の「もしも」の途中でもこのメロディが出てきています。

最後は花火師のおじさんが「もしも玉」を筒に入れるカットで音楽が終わります。
ピアノの最後の上昇音型は、まるで花火が上がった後(サビ)散っていく様子のようです。

〇31曲目「[if]」
この曲も映画ではかかっていないようですね。
一番最初の「もしも」という曲と対比なっています。
おそらくエンディング前のボーカル曲が流れているところにつく予定だったのではないでしょうか。

途中から映画の「メインテーマ」が入ってきますね。
ここら辺も1曲目の「もしも」と対比されていて面白いです。

ミニマルミュージック的な要素はありますが、ストリングスアレンジがもっと地に足着いているので、現実に戻ってきた感があります。

最後に「日常」っぽいメロディが出てくるのも「もしも」と同じです。
おそらく最後出席をとるシーンで流れる予定だったのでしょう。
こういう曲はサントラを買わないと気が付けないので、とても面白いですね。

4.おわりに

さて、いかがでしたか?
アニメ映画のサントラは曲数も多く、解説つけるのが大変ですね……。
これを読んだ後にもう一度映画を見ると、見え方が変わるかも……?

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それでは、最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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