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宇宙は桃の葉の香り

starfieldというゲームをしている。
9月6日に発売したばかりの本作だが、何年も何年も待ち望んでいたゲームのため、当日は何のためらいもなく仕事を休んだ。

starfieldはその名のとおり宇宙を舞台とした作品になっている。宇宙船の船長となって、星の数ほどある星を巡ることができるのが特長で、『そうだ、今日はひとつ隣の通りのコンビニに行ってみよう』ぐらいのノリで隣の星系までワープして見知らぬ星をテクテクと散歩できる。楽しい!!

先日、図書館に行ったとき
突然すみっこの棚が何のコーナーになっているのか気になり、「すみっこなんだから誰も読まないジャンルの棚なのだろう」などと思いながら隅まで歩いた。図書館の最果て、薄暗くて、どこか近寄りがたい。人の気配は青々と光る非常口マークの棒人間のみ。といった区画にあったのは、宇宙コーナーだった。

宇宙、好きか嫌いかでいうと好きだ。なぜなら全くわからないから。
宇宙コーナーの本を適当にパラパラと立ち読みしたけど全く意味がわからない。考えても考えても意味がわからなくて、それが面白かった。全く読めないからこそいい。
『サルでもわかる宇宙』的な本も読んだが、わからない。サルって豊臣秀吉のことだったのかな。大名向けの本?
しかし、もしこれらの本を読んで、宇宙のことが「解っちゃった」ら僕は宇宙のことがそんなに好きではなくなるだろう。
これからも好きでい続けるために宇宙のことは分からないままにしておきたい。

こうして僕はいつか宇宙の本を読む日まで、この図書館のすみっこ、宇宙コーナーの棚の中に宇宙を残してきた。



さて、僕は今、お湯の入っていないバスタブの中で

「Return to Earth…」

と呟いている。

僕は自律神経がクソ弱く、普段から全く律せていない。弱さでいうと泣き我慢大会における柴田理恵ぐらい弱い。
自律神経を整えるには風呂がいいと聞く。サウナで「整った」とおっしゃる方が話題になりましたが、僕の場合は「整う」というより「復元する」に近い。すでに脳内がブルースクリーンであり、早いところ風呂に入って再起動、バックアッププログラムを試行しなければならない。

この律すための入浴を『律すパーティー』と呼ぶことにしよう。(沢口靖子監修)

そんなわけでお湯を溜めたわけだが、
普段はシャワーを浴びる日が多いため、浴室に入った瞬間、湯気が「私の懐で風呂温めておきました」と言わんばかりにもわっとして一気に風呂感が高まる。湯気ってもしかして豊臣秀吉?
入浴剤は桃の葉の香り。…実じゃないんだ。

風呂に入ると、脳が「さあ!今からいろんなことを考えるぞー!!」と気合い入れて大声で叫んでいるような気がする。結局脳がうるさく、集中できないのでいろいろなことは考えられず終わるのだが。

そんなことを考えているとすぐにのぼせてきた。私の入浴時間はいわゆる「バリカタ」ぐらいのスピードだが、今日は頑張って「硬め」ぐらいまでは浸かれたと思う。

だけどせっかくの桃の葉入浴剤をもう少し楽しみたい気持ちもあった。
考えた結果、僕は風呂をフェードアウトすることにした。

栓を抜く。
バスタブをなみなみと満たしていたお湯が徐々に流れていく。
水位がみぞおちのあたりに達した時、ふと違和感を感じる。
「これって…」
水位がお腹ぐらいに差し掛かった頃、確信に変わる。
「体が重くなっていく…!」
腕が重く、胴が重く、体の中の胃や肺たちは「僕たちもいるよー!」と言わんばかりに主張してくる。重たい。望まぬ半身浴の中、身体の重さは次第に増していく。

そして気付けば私はお湯の入っていないバスタブの中で無身浴をしていた。
もはや立ち上がることすら難しいほどに身体の重さを全身で感じており、自分という存在がここにあることを改めて実感した。これが重力。これが宇宙。私の体を引き寄せ続ける地球という星に私は帰ってきた。


「Return to Earth…」


この狭い浴室にも宇宙はあった。
もしかすると宇宙は桃の葉の香りがするのかもしれないが、僕にはまだ分からない。

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