最近の話。

・私はきちんと構成の立った文章を書くのが得意ではない。そういう人種にとって役に立つのが「箇条書き」というスタイルだ。前後の脈絡をとっぱらって思うままにつらつらと書けるから良い。オチとか話の着地点を考えないで書くことができるのは本当に楽だ。ということで最近思ったり感じたりしたことを箇条書きにして綴ってみたいと思う。

・4月からの東京異動の正式な内示が出た。長いようで短いような、短いようで長いような…という感じで、福岡には4年勤務していた。しかしよくよく考えると福岡での期間は自分の8年間のキャリアの半分を占めていることになる。そう思うとやはり長いのかもしれない。
 営業職から外れることを希望していたが、東京での異動先は結局営業部署になった。引き続き営業職からは解放されないのか…という思いもあるが、変わり映えのしない業務から離れることが一番求めていたことでもあるので、素直に変化を楽しみながら変に力むことなく向き合っていきたいと思う。

・異動に伴いしばらく物件探しをしていたが、先日東京で暮らす家を決めてきた。率直にホッとした気分である。
 不動産屋に行くまでに物件情報をリサーチしていく過程は楽しいのだが、2、3月の入居・退去の入れ替わりの激しい時期は「ネットに情報は掲載されているが管理会社に問い合わせてみたら既に契約が決まっていた」というケースが非常に多い。良い物件を見つけたと思ったら先行で契約されていたということの繰り返しに若干心がすり減った。そして一度契約まで至った物件を家族に共有したら主に家賃面での理由で大反対に遭い、再び一から物件選びをやり直す羽目になった時が一番しんどかった。背伸びしすぎた家賃の物件を選んだ私が悪いのだが、ようやく決まった物件を…という思いに加え、30過ぎになっても自分自身の選んだことに親が干渉してくる生活が続くのかと思うとげんなりした。
 不動産屋さんが(本当に)嫌な顔一つせず「よくある事ですよ」と笑って許してくれたのが救いだった。私が逆の立場ならイラッとした態度がすぐに顔や声に出ると思う(つくづく営業職に向いてない)。営業としてあるべき姿はこういうものだと素直に感動した。世の中にはいろんな営業職があることを知った。

・去年の暮れに人生初のぎっくり腰をやってしまった。ダイエット目的で腹筋ローラーをひたすら前後させる生活を送っていたのだが、悪い姿勢で行っていたためか負荷が腰一点に集中してしまった形だ。
 ぎっくり腰になった瞬間のことは今でも覚えている。歯医者での治療を終え、椅子から立ち上がるという動作をこなす際に腰に僅かな違和感を覚えた。その違和感は徐々に存在感を増していき、やがて歯医者から駅に着く頃には普通に歩くことが出来なくなっていた。そして悲鳴をあげる腰の痛みを誤魔化そうと酒を飲みながら夜を過ごしベッドに入ったが、炎症が出ている時の飲酒は禁忌中の禁忌であり、翌朝には大袈裟でなくベッドから起き上がれなくなってしまった。
 結局1ヶ月の期間と天井の1/3くらいのお金をかけてぎっくり腰を治したのだが、腰痛が無くなって普通の生活が送れるようになっていると気づいた時の感動は忘れられない。風邪を引いた時に普段の健康のありがたみを感じることがあるが、ぎっくり腰から解放された時の喜びはそれの比ではない。心が不調気味だったタイミングでぎっくり腰をやってしまったこともあり、復活した時の反動も大きかった。ちょっとやそっとの事の悩みが本当に馬鹿らしくなるのだ。ぎっくり腰をやってしまった時は精神衛生を取り戻すチャンスなのかもしれない。とはいえ普通の生活が全く送れなくなるため、今後の人生では二度とぎっくり腰のストレスは味わいたくない。

・大学の陸上部のプチ同窓会のようなものをzoomでやった。直接会うということが難しい今のご時世に疲弊することはよくあるが、一方でネットを介して気軽に会うことが出来る技術と文化・文脈が進んできたことは良いことだと思う。久々に会った先輩や同期は現役時代と変わらず、酒を飲みながら楽しい時間を過ごした。
 過去に一緒に過ごした時間がどれだけ長くても、疎遠になってしまう人は一定数いる。現に部活の人たちでも消息不明な人は多いし、今回の同窓会の開催で声を掛けたものの、LINEの既読すら付かなかったなんて人もいた。
 昔はそういうことに対して一喜一憂していたが、年齢を重ねてきたからなのか、今はある程度仕方の無いことだと割り切って考えてしまえる自分がいる。縁がなかったら離れていくだけのことだし、また何かのきっかけがあれば再び縁は繋がれていくだろう。そもそも私だって高校進学で小・中学校のコミュニティから次第に離れていったせいで、地元では既に死んだことになっているのだ。
 何がきっかけで縁が繋がっていくかは分からないし、きっかけなんてそうそう自分で作れるものではない。しかしながら一緒にいて心地いいと感じる人との関係が続くチャンスが目の前にあるのなら、私はそれを繋ぐためになるべく頑張っていきたいと思うのだ。同窓会の幹事はもうやりたくありませんが。

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