役割

とても悲しいことがあった 夕方まで何も手につかなかった

夜の公園で散っていく桜を眺めた あっという間に季節が過ぎていく 年を取った 30歳 寿命はあと半分ぐらいか ここまで生きてこれたのは奇跡かもしれない

24の時、身体が衝動的に動いて、中央線に飛び込みかけたことがある ホームの柱にしがみついて、何度も何度も深呼吸をした 鬱陶しいぐらい空が明るい日だった

あれから6年経った 今でも自殺願望はあるけれど、身体が勝手に動くことはない いや嘘だ 年に何回か、いまだにそういう日がある どうしても避けられない これがおれの人生なのだろう

とはいえ、おれはたぶん、そう簡単にはくたばらないと思う 根拠はない 強くなったわけでもない 生きることが好きになったとか、そんなわけもない

このクソ以下の社会や現実を、自分なりのやり方で、できるだけいい方向に変えていきたいと考えるようになった 次の世代の人たちのことや、死んでいった人たちのことを考えるようになった もちろん今を生きている人たちのことも 友達や家族のことも 自分自身のことも

だからまだ生きている必要がある気がする べつに大したことはできないだろうけど、なにかまだ果たしていない「役割」があるような気がする

中島らもの発言で、

人間にはみな「役割」がある。その役割がすまぬうちは人間は殺しても死なない。逆に役割の終わった人間は不条理のうちに死んでいく。

というのがある おれがまだ生きているのは「役割を果たしてないから」なんじゃないかと思う その役割というのがなんなのかは、具体的にはわからない 自分自身でコントロールできるものとは到底思えない だから「社会をいい方向に変えること」が自分の役割だとは限らない もしかしたら正反対かもしれないし、まったくなんの関係もないことかもしれない

しかし、もし「役割」を自分である程度選べるのなら、やはり自分なりのやり方で社会を変えたい そうすることで誰かを助けたい 次の世代に何かを渡したい くたばるのはその後にしたい

おれはかなり歪んでいるし病んでいるから、たぶん万人受けしないやり方を実行するだろう 「最低だ」と石を投げられる可能性もある だが聖人だけが人を救えるわけではない 昨日書いたことと同じになってしまうが、この世界には毒でしか救えない魂というのが、確実にある おれは最終的にはそこを追求していきたい


死んでる頭で思いつくまま書いていたらわけがわからなくなってしまった…ちゃんと整理できてないからあとで書き直すかも まあとにかくね、明日もなんとかやっていきます

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