子供が投げたオモチャにそっくりなのに飛行船になれない【第四話】:「何者にもならない群れたち」
「そのまま生きようとしてればいい」
主治医のカバの言葉が頭の中でリフレインしながら私の心の言葉とのポリリズムが産まれた。
生きようとする事は何者かに成らなければならないという事、そんな風に考えて生きてきた私は生きようとすることの責任感に押し潰されそうになった。
生きようとする「だけ」なんて無責任なんじゃないだろうか?
鳴り止まない頭の中はキリキリキリキリとした音で覚めた。
拘束室の冷たい鉄の扉が開いた音だった。
「これから魚住さんは一般の閉鎖病棟に移るわよ」
「運が良かったみたいで、個室の部屋が空いたから個室ね〜よかったわね〜鼻歌なんか部屋で歌えるんじゃない?」
なぜかご機嫌な看護師のアレサに手を引かれ拘束室の向こう側へ抜け出した。
光、光、光だ。きっとあの時初めて太陽を見た。
一般の閉鎖病棟は閉鎖病棟とは言ってもテレビもあり皆んなで食卓を囲み親族との面会も許される。
病室が並んだ先には大きなテーブルがある広い部屋があり、そこでは絵を描いたり本を読んだり仲良さそうにお話ししている人達がいた。
ホールで久しぶりにテレビを見た。向こう側の世界では山梨で女の子が行方不明になったというニュースをやっていた。
遥か遠い惑星に住む私たちには関係のないニュースだ。こっちの惑星には行方不明者は出ない。厳重に警備されている閉鎖された惑星だから。
「おー!新入り?なんで入院したの?拘束室から出た系?もしかして措置入院?措置入院ってマジ大学で言ったら京都大学だよ!あの、あれ、精神病レベルがね!」
「元気いっぱいですね…あなたは…」
「ウチはユキ!ユキ呼びでいいよ!」
「はあ…ユキちゃん…」
金髪に整ったボーイッシュな女の子の名前はユキというらしい。
ユキは幼い頃から児童養護施設で育ち、ストレスや愛情不足から双極性障害になったという。
ホールを見渡せば奔放でお喋り好きなユキの他に、ただ廊下を何往復もしているだけの人、何かに対してずっと話しかけ続けている人、占いの勉強を懸命にしている人。色んな人がいた。
その時私はこの惑星は病んだ惑星で、
皆何かしら精神疾患を患っていて苦しんでいると思っていた。
その苦しむ様子と病んだ惑星を私は馬鹿にして眺めていた。
17時初めてのホールでの晩御飯。
30人ほどの患者たちが整列して食事を受け取りテーブルに座っていく。
給食をもう一度食べれる日がくるとは思っていなかった。
私の向かいに座った女の子は少しふっくらしていて可愛い女の子良い匂いがした。
「私ねサナエって言います!今は閉鎖病棟にいるんだけどね!ここ出たらお母さんとお菓子屋さん開くって決めてるんだ。あなたは?」
「私は英里奈です。」
「英里奈ちゃんは、ここ出たら何するか決めてる?なんか、手の甲に入ってるの、それタトゥー?ロックな感じだね!ロックな感じのことをするの?」
「私は音楽が好きで…唄とか…作って発表したり…とか…そういうのが…好きで、ここ出たらやるかな…?」
「へぇ!かっこいいね!ロックスターだね!応援するよ!」
私はこの会話で初めて気がついた。
私は音楽が好きで歌うことが好きな
普通の、普通の女。
音楽が好きだって事を初めて知った。
知っていながら気付かないフリをしていた。
歌いたかったことも。
この惑星にいる皆、そして私は何者かに成らなくても自分が好きな事を大事にして、
ただ生きていればいい。
私は馬鹿にする事をやめた、私の大事な気持ちも、ここの住人に教えてもらった。
彼女達は純粋だ、ただ躓いてここに居るだけ。
病める時も時に美しく
腐らなければそれだけで生きていて許されるのだから。
執筆者:魚住英里奈(@erina_chas) つづく
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