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ひいらぎの窓【最終回】/すこしさみしい短歌展全首評

こんにちは、こんばんは。湯島はじめです。
お読みいただきありがとうございます。
 
日曜夜に、すこしさみしい短歌を読んでいく連載「ひいらぎの窓」本日は最終回です。
本日は、今日までそぞろ書房さんで行われていた「すこしさみしい短歌展」の応募短歌を読んでいきます。
計275首、しっかりと読み大賞・佳作を選ばせていただきました。素敵な歌が本当に多く、選はたいへん難航しました(本音)。
候補作以外にもほんとうに一言ですが寸評をさせていただきましたので、よければご高覧ください。
そして、自分のなかの「すこしさみしい短歌」大賞をさがしてみてくださいね。
 
 


<「すこしさみしい短歌展」大賞>

さみしさの村には住めぬさみしさはつむぐ言葉に明かりを灯す

二葉らむ

┗とても印象的な歌でした。
さみしさは「言葉に明かりを灯す」のだからいいことのように思えるのだけど、「さみしさの村には住めぬ」という。そこには「明かりのない、つめたいところに居たい」というような主体のつよい孤独を感じます。
さみしくも、明かりのある「さみしさの村」をそれよりもさみしい、つめたいところで見ている主体の暗く深いまなざしを想像できるような余地のある歌だと思いました。
 
「さみしさ」を客観的にとらえながら、そこから離れようとすることでさらに「さみしい」ところに行こうとしている。
「さみしさ」そのものの歌であり、とても「さみしい」景を少ない文字数で表現できていると感じ、大賞とさせていただきました。
 


<佳作>

 「東京」を我に教へし人なれば息するごとに偲ばるるなり

吉田裕子

┗「東京」を我に教へし人、というあらわし方に魅力を感じました。下の句の「息するごとに」で、その人をどれだけ慕っていたかがストレートに伝わる、さみしくもうつくしい挽歌です。


雪が降る時にも傘をさすようになったわたしを見つけられますか

かきもちり

┗雪がよく降るところの生まれの人は、雪の日に傘をささないというのを聞いたことがあります。「わたしを見つけられますか」には、おそらく住む土地を変えて、変わってゆく自分をそれでも見つけられますか、という切ないニュアンスを感じられ、きれいな歌だと思いました。


かなしみは月に刺さった一本の電信柱あくびがでちゃう

にゃおす

┗好きな歌です。「かなしみは月に刺さった一本の電信柱」このフレーズにやられました。もちろん月には電信柱は刺さってないので、空想上のことなんだけどこの「かなしみ」の感覚はすごくわかります。突飛なことを言っておいて「あくびがでちゃう」というのも、ネタバラシ感というか、冷めた感じがあって好きです。


呪いやすい性格だから花を見て「欲しい」だなんて思うのだろう

鈴木智子

┗こちらもとても好きな歌でした。花を見て「欲しい」と思うある種のひとの傲慢さと、「呪いやすい性格」。その相関は納得できるような、わからないような、けど説得力があり迫力のある歌だと思います。


安らかな白紙に戻すどれだけの愛に焦がれてきましたかMONO

とわさき芽ぐみ

┗消しゴムの「MONO」だと思うのですが、かかれていた何かを消して白紙に戻すことの空虚なさみしさを感じます。いわば、消すことしかできない消しゴムへの「どれだけの愛に焦がれてきましたか」という問いはやさしく、すこしのシニカルさも感じます。
 


<応募作>
 

古本市 合言葉は久しぶり にぎやかさは日暮れとともに 独りで持ち帰る本の重さかな

ますく堂

本の物理的な重さと、たくさんの人と会ったあとのさみしさや疲れがリンクしていて共感できます。 


春の庭 喧騒雑踏 裏側で 雨が降ったり それはきっと

チャ・ウチャン

┗春のにぎやかさと、それに比例するような真逆の、しずかな気持ちを感じました。「それはきっと」という結びも興味を引かれます。


炊飯の匂い食器を洗う音 隣家の夕餉 独り聞く夜

さく

┗隣家はきっと特別な日ではなくありふれた食卓で、だから余計にさみしくなる。「炒飯」の選択がいいなと思いました。


しようってクリープハイプが歌ってるもう誰からもキスもされない

つじ八重子

┗音楽の熱っぽさに浮かれるのではなくてさみしさを感じてしまうの、共感できるなと思いました。(あと個人的にクリープハイプが好きなのでアガりました。) 


赤になれ見慣れた信号さみしいと車内に流れる怪獣のバラード

フクネコ

┗「赤になれ」ってことは、そこから先に行きたくないという気持ちなんですかね。望まない引っ越しのような景なのかな、など想像が膨らむ歌です。

 

「終わったら結局独りになるんでしょ?」
俺はお前の側にいるから

ナガシマケンタ

┗ふたりの関係性ははっきりとはわかりませんが、後半のやさしい語りかけがやさしい故にさみしさを増しています。

 

深夜二時個室を揺らすマナー音
ばつが悪そで帰りたそうで

気泡

┗「マナー音」は、マナーモードにした電話の振動ですかね?これだけで伝わるのが面白いなと思いました。ふたりで居て、相手のことを描写した歌と読みました。


明け方に思い出したくなるはずの言葉 テレビをつけて誤魔化す

ぐっとこらえます

┗「テレビをつけて誤魔化す」が良いです。本当は思い出して心の支えにしたいことを思い出さないようにしている、その葛藤が伝わりました。


もう二度とみれないことに気づいたよお昼過ぎ頃夢を忘れて

いのうえ

┗夢ってほんとうにすぐに忘れてしまうんですよね。ただの夢だけど同じ夢を二度とみることはない、それをさみしさとした着眼点がいいなと思いました。


君がいて君と出会ったその日から私の胸はさみしいだらけ

キナコモチコ

┗「さみしいだらけ」いいですね。百人一首の「昔はものを思はざりけり」の歌を思い出しました。


「さびしさは鳴る」らしいんよ鈴の音で
ふたりでいるから聞こえんのかな

電球

┗方言が素朴さや幼さを感じさせて、好きな歌でした。さびしさの音が聞こえないのはいいことなんでしょうか。

 

庭先に柘榴の粒の照り映えて
今日は祖母の告別式

小豆洗はじめ

┗柘榴の赤赤とした実の「生」の描写と、祖母の告別式という「死」「静」の対比が美しい歌です。

 

空はなぜいつも私を受け入れる私1人のためのゆうぐれ

かおるおと

┗「空はなぜいつも私を受け入れる」の詩情がいいですね。ゆうぐれの赤が浮かんでくる歌です。


街からは今日サーカスが去るという
生きた言葉が少ねぇ日だった

みやりまや

┗一読してとても惹かれた歌でした。「サーカスが去る」という伝聞は、本当のことなんだろうけどどこか夢のなかの出来事ような、現実味のうすい感じがあります。その感覚に対するある種の「疑わしさ」の鋭い視点を感じます。


この空は
かなしいほどに星の数
かなしいほどにひとごごろ

柳澤弥生

┗空が星の数、というところに意外性がありました。「かなしいほどに」の繰り返しが良いです。

 

もっと寄り添えたはずだよ 帰りみち車窓から逃げふと消えた川

暮らす豆

┗「車窓から逃げ」という表現が斬新と感じました。前半は自戒なんでしょうか、心苦しい心情が伝わります。 


さみしいはわからないままお月さまお星さまだけがお友だちです

なな

┗月と星がみえるのは夜で、多くの人は夜のほうがさみしいという印象を持っている気がしますが、この歌ではむしろ月や星を友だちとしながら「さみしいはわからない」という。その静かな明るさがいいと思いました。 


弱ってる
ままの私も
行ける場所
そぞろ見つけて
うれしや遠し

 たぬきねこ

┗そぞろ書房さんへの歌ととっていいんでしょうかね。弱ってるまま行ける、素敵でぴったりな発想です。


1人きり ギター抱えて きた野原 風に向かって ローコードの歌

槇本大将

┗映画のワンシーンのような印象的な場面の歌です。さみしさとそれに抗う気持ちが伝わりました。


ひだまりの落ち葉にうもれ眠るサビ猫をてのひらで燃やせばさみしい

森村明

┗「てのひらで燃やせば~」の部分は、比喩なのかすこし迷いましたが気になる歌でした。サビ猫、の言葉選びが良いです。


胸元に真珠のブローチ艶やかな月の光の涙ひと粒

小堀たゑか

┗真珠、月の光、涙とイメージがきれいにまとまっています。誰かとの別れの場面を思い浮かべました。


カルピスの白と透明とが見えるくらい小さくなってしまいたい

黒川かおる

┗カルピスの白と透明、混ざりきっていない境目が見えるくらいということでしょうか。自分の読みにちょっと自信はないですが、着眼点が面白く気になる歌でした。

 

ロバに乗つたことがないつて気がついてすこしさみしい履歴書を書く

秋月祐一

┗すごく面白くて印象に残った歌です。履歴書を書いているときの(何やってるんだろう)みたいなちょっと空虚な気持ち、それと「ロバに乗つたことがない」の唐突さが結びつきます。


ジョバンニの眼をよぎる星屑が宇宙の底に吸われていきぬ

汐田大輝

┗「銀河鉄道の夜」ですね。宇宙の底に吸われる、静かで雄大なさみしさです。


アラームの 音鳴り響き ほころびる
うたかたの夢 ここぞという時に

はゆさく

┗夢が「ほころびる」という表現がぴったりで印象に残りました。共感できる歌です。


生きていると流砂が見える 難解な映画や二度と逢えない人や

松森克未

┗かっこいい上の句です。難解な映画と二度と逢えない人という並列も、独特の感受性を感じて気になる歌でした。


きっとまた会えると思い手を振れば振り返す影見えし夕暮れ

藤瀬こうたろー

┗さみしさもありますが、希望もあってきれいな歌です。「夕暮れ」の薄明るさが場面と合っているように思います。


布切れが飽きずに揺れた白→橙→紺の順に溶ける死にたみ

山口 一

┗描写をとりきれなかったのですが、「死にたみ」が色の順で変わっていくという感覚、とても面白いです。


シルバニアファミリー家具ごとバラバラに積み革命と定義した夜

艶宮

┗おもしろい歌です。その行動は傍からみると不可解で、さみしいようにも思えるのだけど、行動に情熱があってとても印象に残りました。


ストレスの元凶だった君が去る珈琲染みの名刺残して

尾野会厘

┗ストレスの元凶だけど、いなくなることに対してある種のさみしさもあるのかな。「珈琲染み」にも憎からず思っているような印象を持ちました。


 柵越しの母校無人のブランコをキオコキオコとから風が押す

結城熊雄

┗母校だけど、柵越しに見ることしかできないというむなしさ。「キオコキオコ」の擬音に詩情があります。


未来とは斯くも素晴らしいものと
君もどこかで どうか元気で

 望朱(のあ)

┗希望のある歌ですが、前半は自分に言い聞かせているような印象も持ちました。どこかで、元気で、という呼びかけが切実です。

 

壁見つめ あそこに居ると鳴く愛猫
天国いった猫の返事なし

Rei

┗猫は死んだものがみえる、という話がありますよね。かわいらしいけど、「猫の返事なし」でしんとしたさみしさを感じます。

 

らっこちて/あたちはいつも/ママの膝
おにぃちゃんは/ガマンしてるの

お利口さん

┗妹か弟から見た兄のことなんでしょうか。兄目線でのさみしさではなく、母親にしっかり甘えている年下子からの視点というのが面白いです。


 さよならを言えぬ別れを悔やんでさ あの場所へと向かうこの足

ノリ地蔵

┗思い出の場所なのか、それとも別れた場所なのか。「あの場所」にいろいろな想像ができる余韻のある歌です。


ただひとりなんとなく読み始めたら君へ繋がるツイートだった

月丁もち美

┗インターネット上の、薄いようでつながっている不思議な縁のようなものを感じます。


 繰り返し最後の言葉思い出す平凡すぎるあの言葉を

沖野竜太

┗平凡な言葉がその日から特別な言葉になってしまう。心情が描かれていないので、その心境に想像の余地があります。

 

娘らが「挙式の予定はまだない」と幸せそうに入籍をする

かに

┗「挙式の予定はまだない」という言葉に一抹のさみしさを感じながらも、幸せそうな様子をいとおしむ様子が伝わります。


欠けがえのないものに囲まれてなお塞がりもせぬ風穴があり

福住 恋歌

┗飾らない言葉選びに、強い心の空虚さを感じます。共感できる歌です。

 

夢の中周囲の人漸次入れ替わり君に会えないテセウスの船

クマリン

┗夢の世界の特有の奇妙さと、切なさがあらわれています。テセウスの船のように、変わってしまった「君」に会ったらどうなってしまうのか気になります。

 

普通になりたかった
叶わないからずっと中学生のまま
心置いてけぼり

リリィ

┗素直な言葉えらびで心情がストレートに伝わります。破調(57577のリズムを大きく外れている)の歌ですが、この歌の場合それが効果的な気がしました。


 淋しさに触れらる 縁を色づけたいつか散りゆく木蓮の花

藤むすじ

┗繊細できれいな歌です。木蓮は白や薄桃など、淡い色の印象ですがそれが「縁の色」というのがうつくしい表現と思います。


わかってるわかってるって呟いて
薄めた虚無を胃薬と飲む

星井るるめ

┗「わかってる」の繰り替えしが切実で、くるしい歌です。「薄めた虚無」の表現が良いです。

 

寒い日の黒猫くらい気まぐれに 薄くひっかくきみの言葉よ

雪街ねここ

┗好きな歌でした。黒猫、には気まぐれなイメージがありますが「寒い日の」という限定がとても面白いです。

 

来週も逢う約束をしたひとの背中が背中のまま遠ざかる

 ミチル

┗来週も逢うけど、今ここにあるさみしさ。「背中が背中のまま遠ざかる」の表現から、振り返らずに去っていったという描写以上の想いを感じます。


常夜灯、二人で本を読まないか
暗くて捲れぬ夜があるから

saund

┗「捲れぬ夜」がおしゃれな表現です。常夜灯への呼びかけもユニークな歌です。

 

母とよく来た喫茶店
閉店の貼り紙が
はがれかけていた

machikovsky

┗閉店してからもきっとしばらく経っているんでしょうか。わかりやすく情景が描写されており、さみしさ、なつかしさを感じます。 


昨晩 君と過ごしたワンルーム 君の痕跡 片付けたくない

あむ

┗「痕跡」というものものしい言い方は他人から見ればちょっと大げさにも思えるけど、それだけ君への想いが伝わります。
 


ガス水道 無い室内灯 寝るだけの
部屋から見下ろす他人の玄関

あやめ

┗ほかの人への羨望のような気持ちでしょうか。見下ろしているのが人そのものではなく「他人の玄関」というのが面白いです。

 

いままではたわむれだった指先を少しはなされここは寝室

 こーひー

┗指先をはなされて、最後の「ここは寝室」という、状況を捉えなおしているような冷静さがものさみしいです。


帰り道ひとり分の手のひらはただぶら下がる真っ直ぐ軽く

綺瀬ゆり

┗自分自身のからだを「ひとり分の手のひらはただぶら下がる」と客観的にとらえており、すこし奇妙で印象に残りました。「軽く」というところにさみしいだけでなく、身軽さ・自由さも感じます。


うさぎとか熱帯魚だって生きている淋しさだけで私も死なない

鈴鹿茉莉

┗熱帯魚にも淋しいと死ぬ、という説あるんでしょうか。「私も死なない」には孤独だけど強い意志を感じます。

 

点滴の速度で過ぎてゆく時間どの病室にも時計はなくて

ドラまま

┗点滴のぽつぽつと落ちる様子は、言われてみれば砂時計のようです。「点滴の速度で過ぎてゆく時間」秀逸な表現です。


便箋に濁った指紋のセロテープ
当時の背景 相、思い馳せ

翡翠階梯

┗便箋の濁ったセロテープの、指紋のあと。言われてみればあるなと思いますが、この様子を描写する着眼点がすごく良いと思いました。 


神様にいつか二人も許されて横断歩道渡る日は雨

臼田イチジク

┗「神様に許されて」もまだ雨が降り続いている。全体的にほの暗さがあり、示唆的な歌です。


半年の命なりけり虚っぽの金魚鉢からひだまりを掬う

悠々

┗「ひだまり」がいなくなった金魚との生活の証のように感じました。さみしいけれど、あたたかさのある歌です。


行間にときどきふいにみえてくる海に何度も目を奪われて

青山みのり

┗行間にみえる海。海をおもわせる話題なのか、主体の心の中にある海なのか、ふいに心が惹かれる様子が印象的です。


 純白のドレスを纏い微笑んだきみの隣にわたしはいない

あおい

┗素直な言葉えらびで、「わたし」のやるせなく、さみしい気持ちが伝わってきます。

 

ペンサコラ無線が結ぶ亡き父とあの日覗いた望遠鏡と

へちゃ

┗『コンタクト』という映画を下敷きにした歌でしょうか。映画は未視聴なのですが、「ペンサコラ」ことばの響きがきれいです。


 無理ならば 帰っておいでと声かける
心配性は 母に似たのだ

Maru.

┗やさしさが伝わってきます。声をかけている相手は自分の子なんでしょうか、それでかつての自分の母を思い出しているという歌と読みました。

 

「さびしい」を
 「さみしい」という
  その吐息
   至純まじりの
    誘いの視線

よかばいパワー

┗さびしい、とさみしい、の違いへの着目が面白いです。


いないからさみしいけれど いるときもさみしかったし誰もが孤独

ひかり美喜

┗共感できる歌です。ひらがなで書かれた前半部分に、心細さを感じます。


老いてゆく母も倍賞千恵子似で寅さんで云うさくらのようで

ゆりのはなこ

┗「母」は若いころから倍賞千恵子似と言われていたんでしょうね。母への愛情を感じます。 


窓からの光が見えた日の出にてあなたを想いイヤホンつけた

なおこーん。

┗「イヤホンつけた」。決して大げさではない、ささやかな日常の動作の描写が良いです。


縁が切れる 音も立てずに はしなくも

┗下の句(57577の77の部分)がないのでこれだと川柳になってしまうのですが、「はしなくも」美しい表現です。


メルカリのSOLDOUTが輝いてだれかに届く春色の風

四流色夜空

┗SOLDOUTを「だれかに届く春色の風」ととらえる感性が素敵だと思いました。
 

分けあって食べるよろこび「しづかだね」海の向かうは戦争なのに

大黒千加

┗前半から後半のギャップにハッとさせられる歌です。余韻がいつまでも残ります。


あの日々もあの日々ももう戻り来ぬ現実だけが押し寄せて朝

佐竹紫円

┗「あの日々も」の繰り返しが重く、歌の中で効果的にはたらいているように思います。 


消しカスの挟まつてゐる詩集ありなんでもない日に逢ひに行きたし

中村

┗とても好きな歌でした。「消しカスの挟まつてゐる詩集」の何気なさ、そこからの「なんでもない日に逢ひに行きたし」の飛躍は突飛なようにも思えますが、なんとなくわかる気もします。


非実在映画の夢を見ては泣く夢の映画と添い遂げたくて

黒井いづみ

┗「非実在映画」とても印象的です。その映画と添い遂げたいというのも、主体のかなわない願望や心情のあらわれのようでうつくしく、さみしい歌と思いました。

 

少し前住んでいたはずの街は今知らん顔してただ光るのみ

初穂

┗とても共感しました。「ただ光るのみ」光っているからこそ、かつて住んでいた町との隔絶をつよく感じます。

 

かけまくもかしこききみのよこがおをながめてられるのもあとすこし

佐藤竹碧

┗「かけまくもかしこき」祝詞のことばなんですね。「きみ」への崇拝に似た強い感情が伝わってきます。すこし大仰な書き出しからの着地点がとても好きです。

 

匂いたち 栄華極めた この桜
  やがてひとひら 散りゆく明日

とし

┗「桜」のはかなさを感じます。散っている様子ではなく、「散りゆく明日」という未来に想いを馳せているのが印象的ですね。


さびしいと言へばさびしくなりさうで亀のあくびをじつと見てゐる

┗アンニュイな邦画のような印象で好きな歌でした。「亀のあくび」はたしかにさびしさからは最も遠いところにあるようにも思います。
 

あの時と同じ珈琲のみながら君は「億」とか「老後」とか言う

 はすおみ

┗面白い歌です。「億」と「老後」が、おそらく主体にとっては途方もないものとして並列されているのがユニークです。

 

さびついた遊覧船がゆれている寂しい浜辺に淋しいわたし

鈴木智花

┗さびついた、寂しい、淋しい、音の連なりがきれいです。「さびついた遊覧船」の言葉えらびも良いです。
 


断った電話の声は明るくて終わった花を黙々と摘む

粗目雪

┗断ったのは、自分なのか相手なのか。わたしは相手なのかなと読みました。主体のふつふつとしたさみしさが「終わった花を黙々と摘む」にあらわれています。

 

東京と声に出すたび口笛のすこし上手になってゆくこと

たろりずむ

┗「東京」「口笛」のさみしいイメージが印象に残った歌でした。口笛が上手くなるというのは、主体にとっては「嘘が上手くなる」みたいなイメージなんでしょうか。


持っていた奇跡を使い果たした夜カップうどんのお揚げをすする

やわらかおばけ

┗「持っていた奇跡を使い果たした」と思うほどのことがあった夜、カップうどんのあげをすすっている。この主体のいじらしさというか、結構たくましいな…みたいな部分がとても好きな歌です。


春を待ち
一気に開き 微笑んで
儚く舞って 春を散らすの

柚木崎銀花

┗花のことにも人のことにも、そのどちらにも思える歌です。「春を散らす」良いですね。 


重ねあう日々もいつかは散ってゆくそれでも腕に残るぬくもり

春ひより

┗さみしいですが希望のある歌です。「それでも」の強さが良いです。

 

「いらない」と言われる同士よろしくね道玄坂で受け取るティッシュ

ちーばり

┗哀しい歌です。主体のキャラクター像を深めるのに「道玄坂」という地名が効いていると思います。

 

お値段はすえ置きのまま一回り小さくなった百円ショップ

笛地静恵

┗ユニークです。でも、百円ショップという比較的若い人や家族層の利用しそうな店が小さくなるというのは町の衰退を感じさせてたしかに寂しいな。


土壇場できみは華麗に翻る震えるゆびを袖に隠して

宮田 粍

┗「震えるゆびを袖に隠して」良いです。そこから想像できる、主体の「きみ」へのまなざしが印象に残りました。

 

漂ひしクラゲらをみな凍らせて雪は降りをり波寄する間に

依田口孤蓬

┗たぶん実際には海は凍らないし、クラゲも凍らないと思うのだけど、そのように思えるつめたい冬の歌です。静かで幻想的です。
 


情けなさ怒り悲しみ悔しさは
酒の力を借りて忘れる

じろ子

┗めちゃくちゃ身に覚えがあり「ああー…」とつぶやいてしまいました。ここに「さみしさ」がないのは意図的でしょうか、気になります。

 

流されて削れてかたちが変わってもまた手を振るね風が強いね

┗好きな歌でした。「手を振るね」「風が強いね」の少しのたよりなさ、印象的です。


離れても陽はまた昇る定めでも
君がいないと夜が明けない

futuro

┗「君」へのストレートな想いが伝わります。「君がいないと夜が明けない」良いフレーズです。

 

自転車でルール違反の二人乗り 漏れてきこえる「いいんですか?」

有島みこ

┗主体の心の声でしょうか。二人乗りというか、関係性に後ろめたさのようなものを持ちながらそれを楽しんでいるところのある印象を受けました。

 

友と別れ祭りのあとの駅の中
すみれの空にただ一人きり

薫子

┗祭りのあと、だから時刻は夜でしょうか。「すみれの空」とてもきれいな表現です。 


今夜また「夜が明けたら」流れてる泣いているかも知れぬ兄さん

さんちゃん

┗「夜が明けたら」は曲名でしょうか。泣いているかもと心配するのが「兄さん」というのが、背景を想像させます。

 

ただいまと独り言を呟けば無言を返す空っぽの部屋

ゆおん

┗部屋の静寂がそのまま主体の孤独さのような、とてもさみしい歌です。

 

 にたいなドレンチェリーの花摂って にたいとしか思えないから

本間

┗「 にたい」。考えてみれば「〇にたい」という動詞って数少ないですね。ドレンチェリーというのはシロップ漬けされたさくらんぼのことなので、それ自体の花があるわけではないのですが「ドレンチェリーの花」というのも気になる表現です。

 

自転車は雪と共存できなくて錆びたチェーンと共に春、来る

緋山重

┗自転車は雪と共存できない、このフレーズがとても好きでした。錆びたチェーンと春の一見そぐわなさもギャップがあって良いです。


夕焼けに貴女の顔がまたひとつ浮かんで消えて笑って生きて

月草偲津久

┗「浮かんで消えて」「笑って生きて」心を掴まれました。貴女への深い愛情の歌です。


二軒目を誘わなかった夜に咲くサボテンにやるストロングゼロ

中型犬

┗「誘わなかった」にストーリー性がありますね。サボテンにストロングゼロ、主体のキャラクター性があって良いです。

 

さんずいの苗字を捨てて助手席へ排気ガスでも花びらは舞う

domina

┗「苗字を捨てて」「助手席」から婚姻で苗字のかわった主体と読みました。下の句からは、新しい生活への少しの不安と決意を感じます。

 

閑寂な
春の小雨に濡れてゆく
おとなはそれでもなんとかなるから

つっちー

┗「おとなはそれでもなんとかなるから」良いですね。内容と、ひらがなの幼い印象とのギャップが印象的です。

 

さみしさにしんしん慣れてしまうこと 安いから買う低脂肪乳

中嶋港人

┗「しんしん慣れてしまうこと」擬音の使い方が巧みと思いました。「安いから買う低脂肪乳」の合理性と、さみしさに慣れてゆくことの静かな悲哀が伝わります。

 

連休の午前八時三十分デイサービスのバス町をゆく

あおいとり

┗「連休の」という限定が印象に残りました。連休だけど、家族で過ごすのではなくデイサービスを利用する方に想いを馳せているのでしょうか。 


どこまで行けども振り向けどもひとり着いてくるのは影ひとつだけ

井上橙子

┗さみしいけれど、とても格好いい歌です。「影ひとつだけ」に潔さを感じます。

 

騒がしい
皆が帰った
車室内
椅子のぬくもり
なごり惜しくて

ぽむ

┗「椅子のぬくもり」というささやかな日常の描写が良いですね。

 

はらはらと舞う花びらに涙して
命短し恋せよ私

琴華

┗かわいらしさと強さを感じる歌です。「命短し~」はやっぱりインパクトが強いですね。

 

寂しさを食べてたことに気が付いて今さらながら消化不良だ

奥かすみ

┗気になる歌でした。今までは、食べていたものが寂しさだと気づかずにいたのかな。夢を食べる獏のような印象です。

 

ただいまが染み込んでいく六畳で開く頓服しずかなページ

ひの 朱寝

┗「ただいまが染み込んでいく六畳」この表現とても良いです。だれも返す人がいない静寂だから、染み込んでいくんでしょうか。

 

夕暮れに「さしみかった」とLINEせば読み間違えて優しくなる妻

具志川具志男

┗すごく好きな歌です。「LINEせば」の言い回しもユニークでいいし、景もかわいらしくて大好きです。

 

私の声はだれの鼓膜にも掛からず夕風に身が溶けた気がした

Yofka_

┗「夕風に身が溶けた気がした」という透明感のあるたとえで孤独感をあらわしており、きれいな歌です。

 

ポリタンクひときわ赤い集積所春とあなたの門出を祝う

めがね乃くま

┗とても気になる歌でした。「ポリタンク」という物の選択もあまり見かけないなと感じたし、「ひときわ赤い」には個人的には少し不穏さを感じました。 


もう怖くないのにむかし通ってた道の途中にもういない犬

ワトゾウ

┗飾らない言葉選びでストレートに「さみしさ」が伝わります。子供のころに出会った「犬」ってすごく印象に残りますよね。 


人生を比較し弱音吐く君を特別に思う私は何

三粂 二乙

┗「私」のやるせなさというか、「君」への怒りや悲しみだけではない複雑な感情・愛情が伝わってきます。 


悲しみの解像度だけ高くなる何度もきみが消える改札

中馬真弥

┗「何度もきみが消える改札」良いですね。一日のことではなくて、日々のことなのか。それともきみが消えてゆくのを何度も思い出しているのか。 


午前二時そこだけ光るコンビニのおにぎり一つと帰るわたくし

夏野ひぐらし

┗夜中のコンビニの明るさがさみしさを引き立てています。「おにぎり一つと帰る」心細いんだけど、かわいらしい主体です。

 

この風はたぶん過去から吹いていてさびしい色が薄くついてる

T・G・ヤンデルセン

┗「この風」感情のゆらぎ、みたいなことでしょうか。俯瞰的なようすが、あまり思い出したくないことを思い出してしまうという印象に思えました。

 

叩いても蚊に追悼はしてなくてTポイントは寄付に使った

中靍水雲

┗蚊に追悼はしない。Tポイントを寄付に使う。小さな違和感や「ズレ」のようなところを切り取る視点が良いと思いました。

 

あと五秒あなたの胸にいるためにどんな犠牲を払えるだろう

青木健一

┗犠牲を払っても「あなた」の胸にいられるのはたったの五秒、切実な歌です。

 

この先も思い出さない今日という日も私たち靴を揃える

老川由良

┗「靴を揃える」良いですね。「思い出さない」としているところに「思い出さないようにしている」という意思の強さも感じます。

 

おとなってさみしくないと思ってた あるいはもっとおとなになれば

えみ

┗「さみしくないと思ってた」なので、主体はもう「おとな」ではあるのだろうけど、幼さのあるひらがなの表現が心細さを感じさせます。

 

夜が寂しさごと眠っていく朝 カートコバーンより年上と気づく

エクリチュールと蟹

┗「夜が寂しさごと眠っていく」詩情があって良いです。逝去した有名人の年を追い越したときって、独特のさみしさがあります。

 

寝る前に きみは言ったね
ページをめくり
「今日はじぶんで えほん読むから」

よっさん_こころおだやかに

┗自分の子への歌ですかね。想像するとすごくかわいいし成長がうれしいのだろうけど、すごくさみしいだろうな…。

 

アッサムの紅茶が鼻をくすぐって今も来世も未婚でいてよ

ムフ

┗「未婚でいてよ」なので、伝えている相手は今も未婚ではあるのかな。伝えたいけど伝えられない、という心情の歌と読みました。


アパートに一人残され日が昇るあとに残るは酒瓶ばかり

晴渡

┗にぎやかさの象徴のようだった酒瓶が朝に、一人になるとあまりにさみしい。静けさが伝わってきます。 


押し黙り花火の音を聞いているふたりでいてもふくらむ孤独

カワサキスイ

┗きれいな情景の歌です。「ふくらむ孤独」の静かさが良いですね。


こんがりと焼けて得意げなあのパンはパン粉のレーンに流れていった

鳥畜生

┗かわいいけどパンかわいそう……。意外性があって、面白い歌で好きでした。

 

新しい場所で楽しくしていますただ君のこと探しちゃうだけ

うえのるみこ

┗かわいい歌です。「楽しくしています」の報告調が、「君」との距離を感じさせます。

 

ショッカーの戦闘員を勤め上げ定年迎えた父の寂しさ

宮坂変哲

┗あの仕事をずっと勤めるのはフィジカル・メンタルともに誇っていいことです、ショッカー、定年までできるのか……。印象に残る歌です。

 

こころには淋しいの型紙があり何回切っても淋しいになる

正岡純子

┗「淋しいの型紙」すごい表現です。その先の「何回切っても淋しいになる」もよかったです。その型紙がいつか変わることはあるのかな。

 

東京へ旅立つ僕を見送った母が初めてお辞儀した春

歳三

┗「お辞儀した」というのがどの場面で、誰にというのがちょっとはっきりとは読めませんでしたが、描きたいことや「母」へのまなざしの優しさが伝わります。


 みぞおちに毛布をつよく押しつける身体が浮いてしまわぬように

直輝

┗心象的なことなのか、実際の感覚なのか迷いますが不思議な印象の歌です。変わっていくことへの恐怖、みたいな印象も持ちました。

 

いつまでもたしかめあっていたいのに出せばあなたはすぐに抜き去る

シィカちゃん

┗性愛の歌と読みました。ふたりはひとりにはなりえない、ひとの根本的なさみしさ、という感じがします。


さみしさを水で飲み込むひとときに硝子の窓を流るる結露

ひぞのゆうこ

┗水を飲む身体感覚と、流れる結露のようすがリンクしている感覚があり静かで美しい歌です。 


風呂前の母の痩身寂しくて尻をぺちんと叩いて逃げた

シュポパビッチなっこ

┗一読して、好きだなと思った歌です。老いてゆく母に対するさみしさ、それを認めたくない気持ちと、深い愛情を感じます。 


故郷をとおく離れてただひとりかはたれ時の異郷静けし

藍桜

┗「かはたれ時」の場面設定が良いですね。明け方の静かな異郷に対してふと思うなじめなさやさみしさが伝わります。 


午前2時オール電化の箱庭で火を見つめている夢を見ていた

なると

┗「箱庭」が幻想的な雰囲気を呼び起こします。火を見つめている夢はなにかへの希求みたいなイメージでしょうか。

 

ガシャンガシャン
ガシャンガシャンコ
四日市
むかし夢見た
パンクロッカーのぼく

悪虫喪々児

┗「四日市」は工業都市のイメージがあります。「パンクロッカー」との対比が良いです。


 天狗ってなに食べるのと思ったらあたたかい鼻さわりたくなる

池田竜男

┗発想が面白く気になった歌です。たしかに天狗は何を食べているんでしょう、霞……? 「あたたかい鼻さわりたくなる」の幼さというか、心細さからのとっさの行動という感じが良いです。 


閉校の
校庭に咲く
桜の木
祝う人無く
ただ咲き誇り

写遊人

┗静かできれいな歌です。募集した時期が4月なのもあるのか、「桜」の歌が多いですね。さみしさというか、別れのイメージがあるんですかね。

 

さみしくて死なないうさぎ さみしくて言の葉だけは死を選ぶひと

微塵模試欄

┗「言の葉だけは死を選ぶ」は、死やそれをほのめかすことを口にするということでしょうか。「ひと」に対してのシニカルな視点を感じます。 


東京へ
三女引っ越し
 
陽が落ちた
高速帰り
嗚咽と涙

けよち

┗嗚咽するほどだから、きっとものすごくさみしいんでしょうね。「三女」は末の子どもなのかな。こんな風に泣いてくれる親はあたたかくていいなあと思いました。 


初恋の福田典子が振り向いてくれるまでずっと夢から覚めない

でんでん

┗「福田典子」さんというアナウンサーの方がいるそうで、その方のことなのか、ごく個人的な思い出なのかはわかりませんがこういう風に個人名が出てくるととても目を引きます。


なみだを吸ってなみだを流さないままで影を濃くしてゆくぬいぐるみ

永汐れい

┗なみだを流さないまま、というのはぬいぐるみ自体はなみだを流さないということでしょうか。おそらく経年でくたびれてゆくぬいぐるみに対しての表現として「影を濃くしてゆく」というのがセンシティブで好きな歌でした。 


この夜にオナニーのない救済はあなたのいない春風のよう

林やは

┗どこで区切りがあるのか少し迷う歌でしたが、救いのないようすの前半から「春風のよう」に着地するのは意外性があります。

 

夕暮れに 桜をさらう 風の道
涙落ちても 春は来たれり

藤和

┗きれいな情景の歌です。「涙落ちても 春は来たれり」響きが良く、かっこいい下の句です。

 

電車に乗ってパンダに会いにいくのよ
ひとつ影を踏むいまのわたし

星野灯

┗少し不安定なリズムが、どことなくシュールな内容と合っていて気になった歌です。「影を踏むいまのわたし」実感のような、俯瞰のような、不思議な視点です。

 

淋しさを紛らすために街に出て
よけい淋しくなる帰り道

死んでるみたいに生きてる子

┗共感できる歌です。「街」がにぎやかであればあるほど淋しくなる気持ちが伝わります。 


均等にケーキを切らない横好きの符牒は通じなくなっていた

犬居疎眠

┗「符牒」は暗号とか、隠語の意味だから、「均等にケーキを切らない」のが二人のなにかしらの決まりみたいなものだったのかな。

 

もうきみと螺旋階段の写真を送りあえない日々は水色

rn.a

┗「螺旋階段の写真」を送りあう、「きみ」はさりげなくて、けど特別な人だったことが伝わります。「水色」で悲しすぎない爽やかな別れを想いました。 


さみしいと感じたことがありませんふうんなんだかさみしい人

ボートつくる

┗小説の書き出しみたいです。いつもさみしいのと、さみしいと感じたことがない人、どちらがさみしいんでしょう。 


寂しいと碌な判断出来ないねキャッチの人に縋りたくなる

水熊

┗キャッチの人という他人も他人で、いいひとかもわからない人に縋りたくなる。この歌もとても共感できます。


ひつそりと
誰見ることなき
山桜
 
我が胸の内も
かく有りしかも

風魔 忍

┗うつくしい歌です。さみしさの中に芯の強さがあり好感を持ちました。

 

涙腺の蛇口が馬鹿になっちゃってみんな最初は他人なのにね

藤田ゆきまち

┗「最初は他人」だけど、他人ではなくなってしまった人とのあいだでの感情のゆらぎでしょうか。「涙腺の蛇口」が良いです。

 

華金に米を運んだあなたより好きでいられる人がいること

yozorart

┗「米を運んだ」っていう限定的なシチュエーションがとても気になりました。「好きでいられる人」へということでしょうか。華金にこんなことをしている、という明るい自虐みたいなおもしろさも感じます。 


揺れる肩溶け合うシルエット温い瞳
ぱちり、弾ける おはよう世界

羽那奈

┗前半は夢のなかの光景でしょうか。「おはよう世界」の結句が、現実への希望も感じさせて良いです。


この先に分子が重なるときが来てそれでも僕らは分かりあえない

真田

┗分かりあえないことへのさみしさとあきらめ、「分子が重なる」というのはふつうではありえないことのたとえでしょうか。 


自粛明け桜祭りの往来に飲まれるようにひとり揺蕩う

めいりーん

┗「桜祭り」の言葉選びが良いです。にぎやかで、華やかな周囲とひとりの自分の隔絶感があります。


帰り途 夕陽の赤に 身をひたし 近づいていく いのちの故郷

タカダミユキ

┗「いのちの故郷」ほんとうの自分の故郷のことなのか、比喩のことなのかどちらかははっきりととれなかったのですが、どことなく「死」も思わせる気になる内容でした。 


花の雨、猫に見えたビニール袋、わたしとどんどん老けて行く夜

いのり

┗好きな歌です。「花の雨」の詩情、幻想性からの「猫に見えたビニール袋」の現実感のギャップがとても良いと思います。 


ひとしきりサンドにされて角食はパン耳たちをふと思い出す

星見冬夜

┗着眼点が優しく、面白くてとても好きです。「角食」ということばが詩につかわれているの、はじめて見た気がします。 


ゲームでは どんどんレベル 上がるのに リアルの私 地面を見てる

_yzms

┗「地面を見てる」で私の心情の重々しさ、行き場がないような気持ちが伝わります。

 

さみしい人たちがさみしい日に集うさみしい場所に君だけ来ない

月波

┗「君」はさみしくなくなったのか、それともさみしい場所にもこれないくらいに落ちてしまっているのか。想像が膨らむ良い歌です。「さみしい」の繰り返しが効果的に感じました。

 

無くなった君の荷物の隙間分この部屋に春の風が入る

taityaduke

┗別れの歌だと思うのですが、「春の風」でささやかな希望を感じ爽やかな歌だと思いました。 


バースデーケーキを毎日食べればすぐに老衰で死ねるのかな

良識

┗ケーキを毎日食べることと、老衰で死ぬことのギャップにハッとさせられます。淡々としたつぶやきなのが、主体の希死の重い気持ちを濃く感じさせます。 


星明かりさみしい夢を見過ぎたかポケットの中でフリスクの鳴る

新井きわ

┗「星」と「フリスク」の重なりが良いですね。さみしい夢を見過ぎたか、という表現も好きです。 


だあれも
つかまらないから
土曜午後
わたしのいない
投稿見てる

ふみづき

┗「わたしのいない投稿」はたとえばSNSのタイムラインに書き込まずにじっと見ているということでしょうか。自分がここにいないような空虚な気持ちが伝わります。 


ひとりでに君の名前を口遊むオフィーリアのごと湯船にたゆたふ

平木リラ

┗「オフィーリア」の名前でかなわない恋愛を想起します。「ひとりでに 口遊む」の心の底から漏れてしまったという感じが、強い想いを感じさせます。 


あの春を共に過ごした私たち子宮をすてて私はひとり

青い

┗「私はひとり」の圧倒的な孤独、「子宮をすてて」という率直な表現からは自責のような気持ちも感じました。


もうないね祖母との記憶ひねり出す文房具屋の角のガシャポン

ゆた

┗祖母との思い出がある場所だったんでしょうか。「文房具屋の角のガシャポン」だれもがイメージできる具体性がとてもいいです。

 

たいせつにするってことがわからずにぬいぐるみを側に置く深夜

すちゃ

┗印象に残った歌です。ぬいぐるみを側に置く、きっとやさしい気持ちがあるんだけどうまく表現できないというもどかしさを感じました。


「磯臭く無い潮風もあるんだね」
話すことなく埋没しせり

古川詩織

┗「埋没」したのは何だったんでしょう。会話の内容は些細で、リアリティがあって、そんなことを話せずに別れてしまった後悔でしょうか。 


祈りとは花束解く時に似てひとつを愛でて、ひとつを愛でて

夏野アサヒ

┗好きな歌です。「ひとつを愛でて」の繰り返し、花束を解くときってたしかに一本一本の花を丁寧に選り分けますよね。それを「祈り」に重ねる感性がとても良いと思います。 


何しても嫌われるからもういいの眠れぬ夜は時報を聞くの

ほろづき

┗悲しい歌にも思えるのですが、主体のぶれない強さも感じます。それと同時に、ほんとうは嫌われたくないという強がりのような印象も受けました。 


百円を拾うあなたが夏の陽に霞む どこにも行かんといてな

泉まくなぎ

┗「百円を拾う」という些細な動作が良いですね。こういったなにげない行動、情景のなかでふと「どこにも行かんといてな」という強い気持ちになる一瞬、とてもわかります。 


胸いっぱいの空洞を涙で満たし
幸せに成りたいと鳴く

蓮実 蒼

┗「鳴く」の漢字をあてているところが気になりました、泣く、ではなくて鳴く。より心からの咆哮という感じがします。 


ぼんやりと立ち枯れる窓のさぼてんの与えるほうになりたかったの

鈴木精良

┗「与えるほうになりたかったの」というしずかな独白がかなしく、印象的です。枯れたさぼてんの無情さが、さみしい景を引き立てています。 


返信がふいに途切れて見上げればじゃじゃん、今夜は満月でした

小泉夜雨

┗あっけらかんとしたさみしさがあって好きです。じゃじゃん、の少し無理をしている感じも良くて、歌自体に月明かりのような優しさがあります。 


老朽化している機器を取り換える全部ぼくより若かった機器

みおうたかふみ

┗発想がとても良いと思いました。「老朽化」って考えてみればすごい言葉だな。 


春だからなかなか会えないねって言う そうだね、そんな理由じゃないね

あき子

┗好きな歌でした。しずかに語りかける口調にやるせなさや、相手に対するあきらめなどの色々な心情を感じます。 


傘を差せば減る口数の淋しさをうつす権利はもうないのかも

小俵鱚太

┗しずかな親愛の薄れ、のような印象で読みました。「淋しさをうつす権利」、権利というと大仰な感じがするけど感情を自由に共有できる関係性、みたいなイメージでしょうか。 


本当にさみしい時の泣き方で誰かが泣いている原画展

朝田おきる

┗すごく気になる歌です。原画展で泣く人はたまにいそうだけど、「さみしい時の泣き方」で泣いているという。もしかすると、もういない画家の原画展なんだろうかとか、色々背景を想像できます。

 

【虚無】というラベルを貼った空き瓶に閉じ込められて夜を漂う

ぶらりん

┗虚無の気持ちのなかにいるだけでなく、さらに空き瓶で世界から隔絶されている。孤独な夜のさみしさ、もどかしさを感じます。 


淋しいと感じることもあるAIの私ただ文字の海に浮かぶだけの存在

ChatGP

┗かなり派手な破調の歌で、ただ内容を読むにこの短歌のリズムを外れた調子は狙い通りという気がします。内容とペンネームもマッチしています。

 

桃からは何も生まれず洗濯や芝刈りをして暮らしています

佐藤氷魚

┗「桃太郎」のモチーフの歌ですが、その空虚な雰囲気がとても印象に残りました。「桃からは何も生まれず」なので、桃が流れてくるには来たんでしょうね。けどその桃からは何も生まれなかったし、元々の昔話では老夫婦の二人でやっていた洗濯と芝刈りを(おそらく)ひとりでやっている様子もすこしのアイロニーを感じて好きでした。。 


さみしさの輪郭を聴く誰よりも明るい君のプレイリストに

安藤みなも

┗「さみしさの輪郭を聴く」という表現が秀逸です。「君」のキャラクター性や、主体の君への親愛も伝わってきます。 


私だけチーズも青もここにあるし、みんなって何を探してるんだろ

有無春波

┗チーズと青。比喩なのか、探すものとしてなにか下敷きになっているものがあるのかはっきりとわからなかったのですが、「みんなって何を探してるんだろ」に、満たされているはずなのに感じる疎外感のようなさみしさを感じました。

 

10代に好みしジャケット
捨つる朝
扉越しに聞く収集車のメロ

桔梗竜胆

┗「扉越しに聞く」のは昔好んでいたものへの執着の薄れなのか、別れることへの少しのつらさがあるからなのか。哀愁のある歌だと思いました。 


わたくしが知りわたくしを知る街が徐々に消えゆく高架化のため

鞘森天十里

┗「わたくしを知る街」が良いです。街からの視点が入っていることで、本当にそこに馴染んで生活をしていた主体のやるせなさを強く感じます。 


散りぢりになった同期の人生で忘れさられる僕の生きざま

五月雨薊

┗「同期」って職場のつきあいではあるけど、特別感があり、彼らに覚えていてもらいたかったという主体の悲しみが伝わってきます。

 

さみしさが秋風の亜種として吹く森へ行ったっきり帰らない

はづき

┗「秋風の亜種」という表現、おもしろいです。募集した季節柄なのか、春の歌が多いように思ったのですがこちらの歌は「秋」の季節を描いていて、「さみしさ」への強いイメージがあるのだろうなと感じました。

 

友帰り 玩具を片す小さき背 夕餉の支度 静かに響く

絹 真結子

┗小さき背、はお子さんの背中でしょうか。「小さき」からはさみしさや、子供へのいとおしさが伝わってきます。

 

電車から見慣れてしまった憎い青
何度目だろうまたねは言えない

Minako

┗「青」なんの青だろう。憎いと言っているのでその相手の身に着けている、たとえば制服とかのイメージでしょうか。そのものが描かれているよりも、想像の余地があるなと思いました。 


深い海に沈む迷夢をひとりきり私はここで眠るの夜

こまつうどん

┗「眠るの夜」なんだか気になる表現でした。海に沈む夢はおそろしいように思いますが、主体はそれをおだやかに受け入れている様子もあります。 


優しいといわれる度に遠ざかる わたしの指とあなたの睫毛

けもの

┗「あなた」に触れたいけれど、関係性を壊したくなくて躊躇しているイメージでしょうか。感情の機微が伝わってきます。 


心音と深夜シンクを打つ雫 わたしは最後でかまいません

鷹緒

┗「かまいません」の字足らずが、きっぱりとした印象を生んでいます。心音とシンクを打つ音のリンクも良いですね。
 

よく遊び笑って怒り泣いて寝るそんな子ら見て生きるとは知る

ろっきぃ

┗「生きるとは知る」かつては自分も子どもだったはずだけど、大人になりあらためて生きるということを教えられる。あたたかくて、良い歌と思いました。 


舞い上がる準備のようにばあちゃんは日に日に軽く白くなりゆく

霧島あきら

┗老いてゆく「ばあちゃん」への愛情が伝ってきます。「舞い上がる準備」という表現が、いつかくる別れを受け入れようとしている様子に思えました。
 

夢を見た自分ひとりになる夢を
嗚咽も涙も止まれよ止まれ

藍ノ空

┗心細い夢をみて嗚咽するほど泣いてしまうのは、そのときを想像してしまうほど夢がリアルだったからなんでしょうか。
 

花散らす
雨に肩組み酒飲めば
 
伽藍の部屋も
旅の支度さ...

イチゴミルク

┗肩組み酒を飲む様子と「伽藍の部屋」のギャップに意外性があります。

 

うつくしいものばかり見た夕のふち心分けあう人がいたなら

さとうれい

┗好きな歌です。「夕のふち」という時間の表し方が良いですし、だれかに感想を共有することを「心分けあう」というのも秀逸な表現と思いました。

 

改札がピヨピヨしない歳だからどの鳥も止まらないなで肩

ツマモヨコ

┗無知でしらなかったのですが、こども用のICカードだとピヨピヨ音がするんですね。「どの鳥も止まらないなで肩」すこしくたびれた様子の描写に惹かれます。 


夜行バスでは無力です蒲鉾のように光は成形されて

鈴木黒目

┗「蒲鉾のように」おもしろい比喩です。「夜行バス」という限定も気になるものがあります。
 

散り果てた桜の破片に埋まったら
知られぬままに溶けてしにたい

透影 弦

┗「桜の破片」あまり聞かない表現ですが、言葉にするどさがあって良いと思いました。 


白昼に祖父の頭上を鳩が舞う ああ祖父はもういないのだった

岡野伸吾

┗一度読んだあと、もう一度最初から読み直してしまうような、余韻のある歌です。おそらく主体の想像した「祖父」のシーンはのどかで、祖父の人間性や主体との関係が伝わります。 


灯された熱の記憶がてのひらで今宵も踊る独りころころ

一福千遥

┗「灯された熱の記憶」もう灯ることのない電球とか、そういったもののイメージでしょうか。「独りころころ」が空虚でさみしいです。

 

さみしいの変奏曲を口ずさむ雨がつぎつぎひとつぶになる

鈴木雀

┗雨は降ってきた時点でもともとひとつぶですが、それが「ひとつぶになる」と改めて認識している感覚がおもしろいと思いました。 


冷蔵庫 唸る機械と光漏れ
胸と庫内の空白を知る

若槻きいろ

┗「冷蔵庫」の選択が良いと思いました。わずかな唸りや、ぼうとした光と胸の「空白」が呼応しています。 


息を吸うことすら苦しい夜だからあなたの声で耳を塞いだ

榛名涼々

┗主体の切迫した気持ちが伝わります。「あなた」は個人的なつきあいのある人ではなく、たとえば歌手だとか配信の声だとかそういうイメージが浮かびました。 


懐妊の報を聞きたり ことごとく彼方を区切る白きカーテン

七海ゆき

┗病院の景だと読みました。「彼方を区切る」に隣の人への心理的な距離、閉塞感を感じます。

 

元どおり、と笑えるでしょうかもう泡を生まない炭酸水を飲み干す

北谷雪

┗抜けた炭酸は決して元どおりにはならない。それを飲み干す行為に、しずかな覚悟やあきらめを感じました。

 

自分ではどうすることもできないがここには自分だけしかいない

熊野ミツオ

┗シンプルな言葉選びで伝えたい内容がまっすぐに伝わります。
 


人生は二周目からが面白い言ってた友が二周目で死ぬ

月波与生

┗少し不思議な歌です。「二周目」は本当に二回目の人生なのか、人生のなかでのリスタートみたいな意味なんでしょうか。

 

うつむいて歩いた癖が直らずにまた捨て猫を見つけてしまう

中村マコト

┗さみしいけれど、やさしい視点の歌です。「捨て猫」に自分じしんを重ねているような印象を受けました。 


さびしくて北緯三十五度線の端から胸につづく風紋

日下踏子

┗スケールが大きく、うつくしい歌です。さびしさの「風紋」へのたとえがぴったりと合っていて秀逸です。 


夕立に急いで駆けて雨宿りぺトリコールが運んできた無

〈水の眠り〉

┗匂い立つ「ペトリコール」で「無」を感じる、おもしろい感覚の歌と思いました。 


今はもう怒鳴らない母優しくてぽつかり浮かぶ埋まらない月

ネリネ

┗「怒鳴らない母」、変わってしまった、あるいはもしかするともういない母に対してのさびしい気持ち。「埋まらない月」が感傷そのもののようで良いです。 


廃校の廊下に残る消火器のなんて淋しい正しさだろう

砂狐

┗好きな歌でした。廃校になってもただそこに立ち続けている消火器に「正しさ」を見出す主体の感性に好感を持ちます。

 

やさしさはさみしさをとかしたスープ 淡い明日のわたしを生かす

夜々

┗やさしさとスープは近いイメージですが、やさしさが「さみしさをとかしたスープ」というのが面白いなと思いました。「淡い明日のわたし」の不確かさが印象に残ります。
 

誰からも叱られなくなっても1.5リットルには口をつけない

片岡かんの

┗かつては大きいペットボトルに口をつけたら叱ってくれる人が居たんでしょうね。その人がいなくなってもそれを守っている主体のキャラクター性が好きです。

 

傷だらけ林檎だったら甘くなる筈だけれどそうじゃなかった

シキウタヨシ

┗「そうじゃなかった」の淡々とした独白に強いむなしさ、やるせなさを感じます。 


誰のためでもなく淹れた珈琲の湯気も香りも私に優しい

橘 亜季

┗ひとりで生きてゆくことの強さ、のような印象を受けました。芯のある歌です。 


傷付いたふりのふりだよ本当は花を煮詰めたようにさみしい

早月くら

┗「傷付いたふりのふり」だから、本当は傷付いている。「花を煮詰めたように」はしずかなたとえだけど、強く情念のこもったさみしさを感じます。

 

どこまでが葉桜だろう早緑は一日ごとにかしましくなる

ソウシ

┗青々とした葉の時期は、もう葉桜とはいわれない。「葉桜」の一瞬のうつくしさ、一瞬で終わってしまうことへの感傷を感じます。

 

鈴になるときは誰にも言わないし本物の砂漠は見たくない

石田小石

┗鈴と砂漠。気になる取り合わせの歌でした。「鈴になるときは誰にも言わない」おごそかで孤独な決意のように思えます。 


いらねえよ流星群の夜なんて
俺は今日だけ下を向くから

ひとひと

┗「今日だけ下を向く」どんな気持ちでしょうか。口調や内容からは同調に抗う主体の少し孤独な気持ちを感じます。

 

あなたを思って泣くけれど悲しいだけの涙じゃない

山田もめん

┗飾らない言葉で「あなた」への様々な気持ちがストレートに伝わります。 


幸せを君に求めてしまったら
この愛に落ちる一滴の墨

律花

┗「一滴の墨」の視覚的なイメージがあざやかに浮かびます。幸せを求められない相手への愛、背景を想像させます。 


うすいあかるい 夜明け前の空 ぼんやり月をみる

ねこ竹花

┗「うすいあかるい」にあたらしくはじまる日への希望を感じます。

 

愚痴言えるリアルな彼女も友もなく本とSNSで生きてる

六浦筆の助

┗「SNSで生きてる」まるでその中でだけ生きているように感じられる、現実のやるせなさが素直に伝わってきます。 


君がいた変な名前のアパートはひとりで見上げても変だった

古川柊

┗「君」と「アパート」の青春性、「ひとりで見上げても変だった」という着地のおかしみとさみしさ。とても好きな歌です。 


森を見ず木を見ています現実にその木がないとわかっていても

春木のん

┗わかっていても、それを信じずにはいられない(けど実際はないとわかっている)、主体の葛藤を強く感じます。 


意味のある 言葉失う あなたとの 問いの色すら 思い出せぬ夜(よ)

皐月墨華

┗「問いの色」という表現に情緒があって良いです。

 

もう誰も足を止めない葉桜と呼ぶには青くなりすぎた木々

金子 竣

┗「青くなりすぎた木々」桜のことだけではなく、ひとの人生の過ぎた時期へのかなしさ、のような印象を受けました。 


会ったことない人ばかりのSNS友達と呼べる人はいなくて

豆打だんす

┗友達とは言えないかもしれないけれどたしかにつながっている、考えみればSNSは不思議なつながりです。


砂の上
布団一式捨ててあり
あなたを欲した
冬ざれの海

お由美

┗砂浜の「布団一式」、意外な景ですが圧倒的なさびしさ・人恋しさを感じました。 


くらげの骨を噛み砕く深海魚 七つ数えて息つぎをする

天獄あお

┗「七つ数えて息つぎをする」あきらめのようなどうしようもない感情を感じます。「深海魚」と「くらげ」は比喩なのかなと読みました。 


恋知らぬ母の前にニキビ面のわれは恋歌を諳んじていたり

沖永わかな

┗「ニキビ面」から若者を想像します。「恋知らぬ母」はそのころの母ではなく現在の母のことなのでしょうが、その母の前で恋の歌を諳んじるという、すこし屈折した母への感情を感じます。


切り並べられた動物たちの死に人が群がりほたるのひかり

深水英一郎

┗閉店前のスーパー等の食品売り場の景でしょうか。「ほたるのひかり」に終末的な雰囲気を感じます。 


あなたの影もあなたも人のかたちだよ 春に残せる留守電がない

第二灯台守

┗「春に残せる留守電がない」気にかかる表現でした。前半の語りかけと併せて、うまく「あなた」にかける言葉がみつからない、という葛藤の歌でもあるのかな。


 春寂しみんな畑に出払って庭のウグイス独り鳴きをり

日本雲見会

┗独り鳴く「ウグイス」はさみしいようですが、美しい情景の歌です。

 

青空もときにさみしい顔をする背泳ぎの手でなぐさめてみる

橘晃弘

┗「背泳ぎの手」の表現が良いです。さみしい顔に対して、真正直にはなぐさめられない主体の人間性が魅力的です。

 

休んだよ卒業式の高校を
10年経った今も夢見る

夏森かぶと

┗伝えたい感情がストレートに伝わるいい歌と思いました。(私も行かなかった卒業式があり、個人的にめちゃくちゃ共感しました。) 


「お天気を言い訳にせず会いに来て」つたえる勇気、雨がかき消す

紺堂 カヤ

┗かわいらしい歌です。「雨」に主体の気持ちの落ち込みを感じます。 


IHうなり シチューかをり 祖母の
迎へてくれし家 いまはなき

歌草

┗「IH」に「シチュー」、祖母のリアルなキャラクター性が伝わってきます。描写が細かいので、それが「いまはなき」というのがより寂しく感じさせます。 


夏に聴くクリープハイプのラブホテル 共感なんてしたくなかった

外村ぽこ

┗いい曲ですよね。『ラブホテル』は夏の歌なんですけど、曲と自分とがリンクして感じる少しの高揚感と、そのあとの虚しさやさみしさを想いました。

 

駅頭でつめたい雨の音をきく 腹が鳴っても鳥は寄らない

落日夜半

┗「腹が鳴っても鳥は寄らない」印象的なフレーズです。孤高な印象の歌です。


散りぬるを、不様に砕けしわが戀を な触れそきみは骨も拾うな

やましろ

┗格好いい歌です。結句「骨も拾うな」には潔さとさみしさを強く感じます。

 

祉を肇じむ寂しさ抱く心あり
こころのかたちじぶんのかたち

ソムタム

┗正しく意味がとれている自身はないのですが、「祉」大きな力に対しての自分の姿を再認識しているような、内省の歌と読みました。 


あかいちと いたみだけまだ ここにある いのちみまんで ながれおちたこ

nuppeppoh

┗重く、苦しい歌です。ひらがなでの表記が、まだ混乱のさなかにあるひとの心情をあらわしているように思いました。

 

こんなにも目的地ってあるのかと、うらやみながら眺めた光

長谷川光志

┗「光」が具体的になにかまでは取りきれなかったのですが、駅の電光掲示板などを思い浮かべました。主体のどこにもいけない気持ちのやるせなさが伝わります。 


うつむいた花の姿がさみしくて蕾に戻るだけと思い込む

彩葉

┗「蕾に戻るだけ」という発想が素敵です。じっさいは花はおそらく萎れてしまっているのだけど、そう信じたいという切なさが伝わります。

 

少年の野球ボールを拾うとき胸ポケットからHOPEが落ちる

平安まだら

┗「胸ポケットから」としているところから煙草のHOPEのことでしょうか。英単語hopeの本来の意味を含ませた巧みな歌です。「野球ボールを拾うとき」に主体の背景にあるストーリーを感じます。 


公園の遊具がひとつ消えていてシロツメクサは群れても寂しい

星野珠青

┗「シロツメクサ」の言葉えらびが良いと思いました。童心や寂しさのイメージと親和性がある花です。 


水を切る かけらのやさいが 流される
たべるために すてるということ

うみのいきもの

┗「たべるために すてるということ」ストレートな下の句が印象的です。その行動を批判的ではなく、淡々と描写しているところに好感を持ちました。 


二千円家賃が安くなったのでゆきの好きだったもの代とする

いなば・みゆき

┗「ゆき」への愛情を感じます。ルビが振られていることが、愛猫への感情をより印象的にしていると思いました。


シロナガスクジラの声を聴くために夜中を待ってwikiをひらいた

榎本ユミ

┗「シロナガスクジラの声」が特定のものの比喩なのか、そこまでは取りきれなかったのですが、インターネットのなかでもとりわけwikiという情報の大海のようなサイトとクジラの声というのが不思議と響きあっています。


東京に6年住んで今はただ月の光に怯えるコンビニ

ちーちゃん

┗月の光とコンビニの人工的な明るさの対比がとても良いです。

 

もう少しうまくいったらね。もう少しね。

不屈のエイリアン

┗あえて、自由律(短歌の本来のリズムを大きく崩した調子)としているのか迷いますが、気になる内容です。 


弔問に時間がかかった 疲れない映画を一本みてから眠る

あめのちあさひ

┗淡々とした行動の羅列から、書かれた情報以上の感情を感じます。「疲れない映画」に主体のキャラクター性が出ていて良いです。 


嘘つきのパンダヒーローいちまつも死後の話はしたくはないか。

高田

┗「パンダヒーロー」でしかも嘘つき、善悪どちらか市井のひとには曖昧なんでしょうね、「ヒーロー」の悲哀を感じます。かっこいい余韻のある歌です。

 

両方のポッケをフルーツ飴で埋め街へ繰り出す日没の後

白野

┗ユーモアがあってかわいらしいのだけど、「日没の後」というところにすこしの不穏さも感じます。いい意味での「怪人」というか…。すごく好きな歌です。

 

街の浮くまでふりつづく雨のはる活字の群れとひとひを過ぐす

賀茂杏子

┗「街の浮くまで」斬新な表現ですが、長く、つよい雨の様子が伝わります。「活字の群れ」と雨も親和性がありきれいな一首です。 


少しだけ傷付いてると微笑んだあなたの背後で燃え上がる空

秋瀬うに

┗「あなた」の様子から、言葉や態度以上の強い感情が想像できる歌です。その強い感情を「燃え上がる空」とたとえた表現が素晴らしいと思いました。

 

亡き祖母の傍らに孫呼ぶ声も
卒塔婆梵字と褪せてゆくらむ

┗薄れてゆく卒塔婆の文字と、祖母の声を忘れてゆくことのイメージの重なり。静かで、きれいな歌です。

 

文字にきもちののらない日々よどこへゆこうかおしえてよ海

ふじのこのみ

┗「文字にきもちののらない日々」良いですね。そのような日々の対義語のような「海」、説得力のある対比だと感じました。 


汚くも暗くも寒くもない部屋で火を見るためにライターを買う

卯山モナミ

┗「火を見るために」という動機からは、いろいろな心境が想像できます。シャープで、印象に残った歌でした。 


天才のことを自分はそうじゃないみたいに語るひとと焼くハツ

久久カナ

┗動物の心臓である「ハツ」を焼くのが示唆的です。それが、自分を少し卑下するひとへのじれったさのようにも、すこしの憎しみに近い気持ちのようにも感じられました。 


ぐったりとプールサイドにうずくまる
さみしいにおいが漂っている

張戸侑月

┗「プールサイド」言葉えらびが良いなと思いました。プールの塩素の独特なにおいでしょうか、さみしさやなつかしさと親和性があります。

 

嘘だっていいから好きって言ってって気持ちが降らせた通り雨です

原田衣子

┗さみしさと、執念のような強い気持ちを感じます。強い想いだけど「通り雨」というのが控えめで、キャラクター性を感じます。 


丁寧に閉じたとびらの内側の思い出さえも風化してゆく

清水晴架

┗「丁寧に閉じた」あとだから、きっともう内側をみることはないけどいつまでも想像してしまう。繊細な感受性に惹かれました。

 

原宿の誰もみていないようで誰の目にも映る百木蓮

斌(あきら)

┗たしかに、都会に植えられた樹木はだれもが目にしているけどまじまじと気に留めてみる人は少なそうです。白い木蓮の花の印象もさみしさを引き立てます。


咲き乱れ渦中にあろう忘るるは
椿朽ちれど躙るも消えぬ

星雫々

┗「躙るも消えぬ」に懸命に忘れようとしても忘れられない強い想いを感じます。そのような想いのたとえとしての「椿」があざやかです。



◆さいごに
お読みいただきありがとうございました。
一言のコメントはほんとうに一言になってしまいましたが、すべて真摯な気持ちで書かせていただきました。
 
「ひいらぎの窓」は今回で最終回となります。思っていたよりもたくさんの方に読んでいただけて、紹介などもしていただいてとてもうれしく思います。知らない短歌や歌集に出会える一助になっていたらいいなあ……。
また機会がありましたら、お目に書かれたら幸いです。どなたさまも、よい短歌ライフを。

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