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子供が投げたオモチャにそっくりなのに飛行船になれない【第二話】:「動かない車窓から」

アルコールと精神薬がしっかり体に馴染始めてから半年以上経った。レキソタンを2シートと黒霧島を飲んでとても興奮している。
その足で私は今家の近くのビルの屋上に来ている。ぼんやりと旦那さんが階段を駆け上がってくる音が聞こえる。

私と旦那さんは深い共依存関係になっていた。
お互いに深く愛し合っていたし、互いの事を全く知ろうとしなかった。それなのに私は旦那さんがいなくなってしまったらもう生きていけないと思い込んでいた。
その日も長い喧嘩だった、発する暴言は自分へも呪いのように降りかかり、憧れは期待に変わり諦めに変わっていった。
そして憎しみに変わった愛情は正義の面してやってくる。

「疲れた、とにかく疲れた。もう終わりにしようもう分かった分かった」
頭の中がその言葉で一杯になったままアルコールと精神薬に急かされてその足で屋上に立っている。

私が屋上から身を乗り出しいよいよ祖母に会いに行こうとした時
「もっと人を愛せよ馬鹿」と旦那さんの怒鳴り声がした。正義の面した憎しみの言葉だ。
その後すぐどんと鈍い音がして私は目が覚めると真っ白い牢獄の中手足を拘束されていた。そしてここは天国でも地獄でもなさそうだった。

5畳ほどの部屋にベッド一台、剥き出しのトイレ、枕側の大きな窓は黒く塗りつぶされていて何も見えない。
足元の方の鉄のドアの小窓からぼうっと見える光はナースステーションだろうか?
小窓の横に張り紙が一つ
「措置入院決定の知らせ 東京都知事小池百合子」
左の白い壁を見ると爪で引っ掻いて書かれたような字で「薬を早く持ってきて」と書かれている。
状況を整理しようとしても意識がぐわんぐわんと回って何も掴めない。隣の部屋からは狼のような男の叫び声が唸り声が聞こえる。
私は自殺に失敗して、閉鎖病棟にぶち込まれたらしい。死ぬ事すら失敗した自分に心底ガッカリした。
こんな牢獄のような部屋で精神を休ませて社会復帰しましょうね?とでも言うのだろうか?
塗りつぶされた大きな窓は永遠に出発しない車輪の取れた電車の車窓の様に見えた。

「死ぬ事を考えている時の方がよっぽど幸せだった」「今すぐに死なせてくれ」
そう叫んでいるとすぐに鉄の扉が開き医者に無理矢理薬を飲まされまた気絶した。

気絶するまでの数分間私は動かない車窓を眺めていた。


つづく(魚住英里奈)



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