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梅雨末期がお盆に来た (検証)

はじめに

お盆時期に梅雨末期」という標題で過去のお盆時期の悪天と例にとって、このようなことは過去にも何回かあり、2014年、2003年、さらには1993年というのがあり、このうち、2014年と1993年にはそれぞれ広島の土砂災害、鹿児島の8.6大水害といった顕著な豪雨災害が発生しているということも記述しました。やはり、今年も広範囲で大雨による災害が発生してしまいました。今年の8月中旬は結局、過去のこれらの年と比べてどうだったのか、ということを比較してみます。

今年の8月中旬の異常気象はどの程度のものだったのか

これを示すデータとして、前回と同じ西日本平均の8月中旬の旬平均値から、さまざまな気象要素について平年からの偏差の上位10位を気象庁HPから選び出し、それを表に整理してみました。

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これは表を整理する中で、2021年の8月中旬の異常さが改めてわかりました。私が気象庁の中で苦労した2003年のお盆より気温が低く、降水量が多く、日照時間も少ないだけでなく、冷夏年として有名で平成の米騒動が起きた1993年もぶっちぎっての一位です。もちろん、1993年は、8月中旬に限らず、夏全体が冷夏だったということはあるのですが。降水量と日照時間の記録は想像していましたが、気温も1993年より低い、というのが驚きました。温暖化が進んでいることもあり、平均気温の低い10位まで、21世紀は、他にはあの2003年しか入っていません。

一方、同じ時期で東日本を対象とすると、下表のようになります。降水量では1位ですが、気温は4位、日照時間は3位の記録です。お盆の天気予報で苦労したあの2003年は東日本の気温ではダントツの1位で、東京発信のマスメディアが大騒ぎしたのもよくわかります。

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今年のお盆の天気予報は事前に梅雨末期のような状況というプレス発表が気象庁から出ていて、うまくいっているように見えますが、実は気温の予報は、東京の最高気温など5日前の予報で実況より10度以上も高く予報しているなど、2003年に負けずあまり当たっていません。たとえば、8月15日の東京の最高気温について、5日前の予報では33℃でしたが、実際には20.2℃しかありませんでした。しばらく暑いと言われていたのに、上着が必要な涼しさになって戸惑った、という印象はお持ちかもしれませんし、農作物への影響も心配ですね。

週間予報の気温誤差の原因

2003年から20年近く経過したのに、気温予報の大外れの大きさにもちょっと驚いています。今回、なぜ気温予報が難しかったのか、誤差の原因をいくつか推測してみます。

1 海面水温 今年の7月の後半、太平洋高気圧が北日本からサハリンと平年より1000km程度北にシフトして、北海道などが非常に暑くなりました。北日本周辺の空気が暖かく、また雲が少なくて日射量が多かったことから、日本海等の海面水温が日本の南海上と同程度という異常な高温になっていました。台風から変わった温帯低気圧の北上等の影響で、この海面水温が急速に下がりました。ところが、週間天気予報は、大気モデルで予測していて、海面水温が急速に下がる情報は入っていません。この影響があったことが一つ考えられます。

2 2003年の時は特にそうでしたが、関東地方は北東気流と呼ばれる親潮海域からの冷たい風の影響を地形的に受けやすく、その影響で真夏に気温が下がることがしばしばあります。週間天気予報に使われている数値予報モデルは地球全体を対象とするもので、計算資源の制約から水平分解能は20km程度で日本の細かな地形を表現するには粗っぽく、北東気流とか沿岸前線などの関東の地域特性を表現しきれていないことが少なくありません。

3 雨が降ると気温が下がります。その理由として、日射が雲に遮られて地表面に届かないというのと、雨粒が落下する際に蒸発して気化熱で冷却するという効果もあります。こうした雲や降水に関わる物理プロセスは、複雑なものを単純化して計算しているところがあり、このあたりにも原因があるかもしれません。

4 このような異常気象が発生するときには、偏西風の蛇行の強化など、極端な循環場になっている時がほとんどです。このような極端な循環場の表現の予測は不十分なことがまだまだあります。

5 数値予報の結果から、地上気温に翻訳する際に、ガイダンスという手法を使っています。このガイダンスの手法として、逐次学習を軸とするカルマンフィルターなどを使っていると、それまでの猛暑の状況を学習していて、急に涼しくなる際には反応が弱くなる、という傾向があります。このガイダンスの追従性の悪さ、あるいは過学習といった背景で、場が大きく変化する際には課題があります。これが今回も結構あったのかもしれません。

まとめ

今年の8月中旬の異常気象が相当のものであったことが観測記録からも明らかです。社会的なインパクトとしては豪雨なのでしょうが、気象学のアプローチとしては、循環場の異常、気温の異常も含めて全体像を明らかにしていく必要があると思います。温暖化とこうした循環場の異常との関係も私も以前に述べた通り、研究を深めてIPCCの評価報告に掲載するレベルにしていくことが重要と思います。

気温予報の誤差問題は、メディアも今回は豪雨への対応が最優先でしたので、あまり取り上げられませんが、気温に敏感な産業では大きな損失を被ったのかもしれません。まず、誤差情報をリアルタイムで検証する仕組みが気象庁HPからはできません。これは誤解を避けるという意味もあることは承知していますが、ある意味天気予報は蛇口の水のように使い捨てで流れていくもので、5日前の天気予報の情報は公開されていません。気象会社等では、こうした情報も蓄積して活用されているのかもしれませんが、天気予報の精度を上げていくために、学術コミュニティにこうした情報と問題意識を共有いただくことも重要だと思います。



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