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九州北部に大きな被害を与えた台風

台風第9号が高い海水温により大量の水蒸気の供給を受けて積乱雲活動が活発になり、それで台風自体も発達する予想となっています。その進路予想、まだ先の予想なので誤差も少なくないのですが、九州の西海上を北上し、場合によっては九州に上陸も否定できません。発達した勢力でこのコースから上陸となると、九州北部にとっては最悪の台風シナリオとなります。

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今から200年近く前に、シーボルト台風と呼ばれる台風が九州北部を襲い、暴風や高潮により、台風災害として最悪の2万人近い犠牲者を出したとされています。

この台風については、佐賀地方気象台長だった故小西さんが古文書の資料から解き明かし、日本気象学会の学会誌である「天気」に「1828年シーボルト台風(子年の大風)と高潮」という論文を書かれています。https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2010/2010_06_0015.pdf

以下、この論文からの引用を軸に説明していきます。まず被害状況ですが、

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明治以降で犠牲者が最も多かった台風は伊勢湾台風で、およそ五千人の死者行方不明者だったので、その数倍の規模の被害であったことがわかります。さらに古文書から風向の変化や建物の被害状況を読みとり、さらに長崎出島でのシーボルトによる気圧観測も参考に、台風の進路や勢力を推定しました。

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この太線が推定されるシーボルト台風の進路となります。上陸時の中心気圧は935hPa程度と推定されています。台風の進路と勢力がわかれば、高潮の状況も再現できます。気圧低下による吸い上げ効果、進行方向右側での風の吹寄せ効果により、特に有明海での高潮が顕著で佐賀藩の犠牲者が多い原因と考えられます。陸地の浸水状況も古文書に記されていますので、このシミュレーション結果と実際の高潮の状況とを比較して、シミュレーションの妥当性を確認することもできます。また、上の図の細い線は、シーボルト台風に匹敵する勢力とされる1991年の19号台風(以下台風9119と称します)台風の進路です。この台風については、潮位観測がありますので、台風によってどの程度潮位が上昇したのかがわかります。

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この結果と類似の勢力、進路だったシーボルト台風の潮位のシミュレーションと比較することで、シミュレーションの妥当性を確認しています。有明海の奥深いところで高い潮位上昇が観測されていること、山口県の瀬戸内側(周防灘)でも高い潮位上昇が見られることが特徴的です。

シーボルト台風と台風9119の勢力、進路が九州北部にとって特に高潮発生にきわめて危険なものであることがわかります。

ところで、台風9119ですが、幸い、シーボルト台風のような甚大な高潮災害にはなりませんでした。防潮施設など高潮対策のハード対策が進展していることが確かにあるのですが、潮位には天文潮と呼ばれる太陽、月との天文的関係に起因する変動がかなり大きく、特に有明海ではそれが顕著です。

過去の潮位については、気象庁で再解析が行われて公開されています。https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/tide/sea_lev_var/index_hourly.php

下図は有明海の大浦の潮位ですが、まず、干満差がきわめて大きいことが特徴的で、大きい日には5m近くになります。また、干満差が大きい時期と小さい時期があることがわかります。干満差が最も大きな時期を、満月または新月に対応しますが、大潮と呼びます。9119が上陸した27日は干満差の大きな時期に当たっていることがわかります。

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さらに時間ごとの潮位を見ていくと、上陸時の27日の16時前後は台風による潮位上昇が重なっているので、26日の時系列を見ると、16時は干潮時であることがわかります。26日には216cmまで低下した潮位が、27日には344cmと高くなっているのは台風による潮位上昇の結果と考えられます。改めて、潮位のグラフを見ると、27日には干潮時の潮位は高くなっていますが、満潮時の潮位はほとんど前後の日と変わりません。台風の接近が干潮時と重なったことで、天文潮と台風による潮位上昇と重なりとしての潮位では、最高潮位が平常とほとんど変わらず、有明海での高潮災害は発生しなかったのです。

幸い高潮災害は免れた九州北部ですが、暴風災害では大きな爪痕を残しています。この地域の人にとっては忘れられない台風ではないでしょうか。この台風、その後北日本に暴風をもたらしリンゴなどの果樹の大きな被害をもたらし、リンゴ台風、という名前がメディアで使われました。リンゴ農家にとっては深刻な被害であったのは確かでしょうが、17万戸の住宅被害があるなど、暴風被害も甚大でした。日本損害保険協会による保険金支払額の統計が下記にあります。https://www.sonpo.or.jp/report/statistics/disaster/ctuevu000000530r-att/c_fusuigai.pdf

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平成29年以前では、この台風が保険金の支払い額一位でした。一昨年の台風第21号、昨年の令和元年東日本台風、いずれも京阪神、首都圏といった人口や資産の集中する地域への影響が大きかったこともありますが、この2年間保険金支払額の大きな風水害が多いことは、それはそれとして深刻に受け止めるべき事実だろうと思います。

さて、有明海の台風接近時の天文潮位ですが、http://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/tide/suisan/suisan.php?stn=188501 に予測があります。天文潮位の予測は気象予測と比較してかなり正確です。

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9月2日に大潮を迎え、干満差の大きな時期にあたります。台風の進路や強度がどうなるのかに加え、台風接近のタイミングがこの天文潮のどこに当たるのかが高潮災害の見極めには重要になってきそうです。偏西風に乗って加速し始める段階にもあたり、タイミングの予測はそう簡単ではないこともあり、リスクの大きさを勘案して最悪のシナリオを想定して早めの避難行動をとることも必要だろうと思います。

高潮災害のもう一つの留意点は、台風が近づいてからは、暴風で避難等が困難になるので、ある程度早めに行動を起こすことが求められますし、避難対象者も多くなり広域避難も場合によってはあり得ますので、コロナ禍の状況も勘案した避難計画も必要になります。最新の台風情報を確認しつつ、計画的な対応をよろしくお願いします。

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