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実効再生産数とは何か? 〜数式が苦手な人のための超概要〜

 最近コロナ関連のニュースでよく耳にする実効再生産数という言葉。ネット上で専門家による講演会が開催される[1]など色々な情報があるのですが、残念ながら数式が苦手な人には敷居が高いものが多いです。そこでこの記事では数式を極力使わないで実効再生産数の概要を説明してみたいと思います。

1.実効再生産数とは何か?

 1人の感染者が新たに発生させる感染者(ひらたく言うとうつす人数)の平均は再生産数と呼ばれ、ウィルスの感染力を示す指標として使われています。

 再生産数は当然ながらウィルスが持っている感染力に大きく依存しますが、環境の変化(行動制限などの人為的介入、流行の進展に伴う免疫保持者の増加など)によっても変動します。ウィルスが持つ基本的な感染力を基本再生産数、ある時点での感染力を実効再生産数と呼びます。

R0(基本再生産数) : ある感染症に対して免疫を持たない集団において1名の感染者が感染期間に新たに感染させる人数の平均
Rt(実効再生産数) : 一定の対策下で1名の感染者が感染期間に新たに感染させる人数の平均 

2.実効再生産数で何がわかるのか?

 実行再生産数を使うと伝染病の展開を推測することができます。この値が1を超えた状態であれば感染は拡大していき、数値が大きいほど拡大の規模は大きくなります。この値が1未満の状態であれば感染は収束していき、数値が低いほど収束スピードは早くなります。

 このように実効再生産数は感染症の状況を把握するため便利な指標となるので、いろんな場面で活用されているのです。

3.どんな用途で使われるのか?

 実効再生産数流行の状況を説明するための指標として使われることもありますし、専門家による感染症対策の立案・評価でも活用されます。

 実効再生産数を算出するには、新規感染者数の推移を時系列で記録したデータが必要となります。最近ニュースでよく見かける日別の新規感染者数がこれにあたります。

4.実効再生産数を使って流行状況をざっくり把握する

 最近ニュースで日別の感染者数のグラフをみることが多いですが、このような時系列の発生状況だけみても感染症の状況を把握するのは難しい部分があり、そこを補完するために実効再生産数が使われます。

データだけでは分かりにくい
 一つ簡単な例を使ってそれを説明しましょう。下記は3つの地域の週次の感染者数を記録したデータです。実はこの3つは大きな違いがあります、どう違うかわかるでしょうか。

スクリーンショット 2020-05-19 9.31.49

 この表を見ると「どの地域も程度は違うけどと毎週新規感染者数が増加しているなあ」と言うのは直感的にわかりますが、その他大きな違いがあるようには見えません。

実効再生産数を使って分かりやすくする
 3つの違いを分かりやすくするために、その週の感染者数を前の週の感染者で割ってみましょう。

スクリーンショット 2020-05-19 9.32.10

 こうすると3つの差が分かります。Aは4週通じて倍率に変化はありません、Bは3週目から倍率が低下、Cは3週目から倍率が上昇しています。

 この倍率を実効再生産数と見なすことができます。

正確に言うと前の週の感染者が翌週の全ての新たな感染者を生むという(かなり大雑把な)想定をした場合の実効再生産数です。

 これを使って各地域の状況をざっと把握することができます。

A : 1月の間状況は変わらず(感染力は一定で変わらず)
B : 三週目から状況は好転している (感染力は弱まっている)
C : 三週目から状況は悪化している (感染力が強まっている)

5-1. 実効再生産数を使って対策効果を把握する際の課題

 前の例ではざっくりした状況把握のために非常に簡易な計算で実効再生産数を算出しました。ここからは、ある時点で実施した対策の効果を見極める必要がある場合、実効再生産数をどのように算出するかをみてみましょう。

 この目的で使おうとした場合、前のやり方では無視していた下記3点への対応を考慮する必要があります。

(1) 感染日の推測
 対策の効果を把握するためには、対策日前後の実効再生産数の変化を比較する必要がある。比較のためには対策実施日以前の感染者と以降の感染者を分類する必要があるが、収集データには発症日の記載しか無いので感染日はわからない。何らかの方法で感染日を推測する必要がある。

(2) ウィルスの特性を考慮した感染モデルの使用 
 前の週の新規感染者が翌週の全ての新規感染者を生むと言う想定はざっくりすぎる。ウィルスの特性を考慮した想定を取り入れたい。

(3) データ収集タイムラグへの対応
 できるだけ直近の状況を把握しておきたいが、データが上がってくる時間は地域、機関による差があるため全てのデータが揃うまで一定のタイムラグがある。即時性を考えると全てのデータが揃っていない状況でもある程度の状況把握が可能な仕組みが必要である。

5-2.実効再生産数を使って対策効果を把握する手順

 上記の課題に対し、ウィルスの特性情報を追加情報として使用し、統計的手法を使った推測を行うことで対応を行っています。

 ここではその詳細は説明しきれないので、ざっくりとどんなことをしてるかを記述します。詳細にご興味ある方は文末の参考資料をご参照下さい。

(1) 感染日の推測
 ウィルスの潜伏期間に関する調査情報[2]と収集データを入力に使い、統計的な手法を用いて発症日から感染日を推定します。

潜伏期間が5日と固定の場合は発症日から5日を引いて感染日にすれば良いので簡単なのですが、実際は潜伏期間はばらついているので統計的手法を用いてそのばらつきを加味した推測を行っています。

(2) ウィルスの特性を考慮した感染モデルの使用 
 ウィルスの世代時間に関する調査情報[3]と感染日が追加された収集データを入力に使い、統計的な手法を用いて日別の実効再生産数を推定します。

世代時間は簡単に言うと感染者が持つ感染力の相対的な推移です。例えば感染後3日目が最大で日毎に減少していくといったように。統計的手法を用いてこの推移を加味して実効再生産数の推測を行っています。

(3) データ収集タイムラグへの対応
 データ収集にタイムラグがあることを織り込み、報告日に応じてデータ件数を調整することでタイムラグへ対応します。

分析対象の日付と分析実施日が近いほど収集データが揃っていない、というのを織り込んだ数式を用いてデータ修正を行っています。

6.最後に

 実効再生産数が使われているのは、感染症の状況を表す比較的分かりやすい指標であるというに加えて、実際の感染症の伝搬をうまく表現しているモデルなので、現実の状況に合わせた解釈が可能であるという点も大きな理由の一つと感じました。

 また、実効再生産数の多様性については注意が必要であると感じました。同じ実効再生産数という言葉を使っていても用途、背景にある予測モデルなどによってその数字の意味は大きく異なってくるからです[4]。

 感染症で使われている数理モデルは、IT業界に身を置く人間にとっては、統計モデリングの高度で実践的なお手本として勉強になる部分が多いです。奥深い分野なので一朝一夕には行きませんが、幸いなことに論文など公開されている情報も豊富なので、そこに蓄積されている知見に触れ理解を広げていくことで、他の分野での活動にも生かすことができればと考えています。

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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参考文献
[1]実効再生産数とその周辺
* 文書後半「実効再生産数を使った対策効果」の内容はこちらの講演資料を元に作成しています。

[2]Incubation Period and Other Epidemiological Characteristics of 2019 Novel Coronavirus Infections with Right Truncation
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/32079150

[3]Serial interval of novel coronavirus (COVID-19) infections
https://www.ijidonline.com/article/S1201-9712(20)30119-3/pdf

[4]Complexity of the Basic Reproduction Number (R0)
https://wwwnc.cdc.gov/eid/article/25/1/17-1901_article
* 基本再生産数についての記事ですが実効再生産数にもあてはまる部分が多い


Photo by Obi Onyeador on Unsplash

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