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同級生の高橋に今思うこと

小学校のときの同級生に高橋という男子がいた。

高橋はとにかく不潔だった。
元々肌は地黒であったのだろうか、でも明らかに風呂に入っておらず常に体や服は薄汚れていて、体臭もキツかった。ちなみに老け顔でもあった。

当時、少年野球チームに所属していたメンバーはやけに結束が固かったのだが、高橋はその一員にも関わらず他のメンバーからなんとなく距離を置かれていた。

高橋は年中赤い半パンを履いていた。学年でホールに集まるとき、ズボンがお尻に食い込んでいて、よく指を刺されて笑われていた。

そんな感じでちょっとおかしなやつ、少年野球の一員というステータスでいじめられることはないけど、菌回しの元の菌にされがちだった高橋。

彼は勉強もからっきしダメだった。いつだったか忘れたのだが、わたしは高橋と同じクラスだった。多分中〜高学年だったように思う。彼は毎日出される宿題を一切やってこなかった。そういう生徒は他にもいた。でもそういうやつって大体は小学生ながら髪を金に染めていたり、授業中にジッとできなかったり、先生に楯突いたりしていたり。つまり、彼らは先生から何を言われても我関せずでしらばっくれられる強いメンタルの持ち主だった。でも、高橋はそうじゃなかった。

彼は宿題をやってこなかったことをみんなの前で先生から咎められると、居心地の悪そうな顔で「すみません」と謝る。先生も1回目ならこんな公開処刑みたいなマネはしなかった。ただ、彼は少なくともわたしと同じクラスになってからただの一度も宿題をやってこなかった。(今思えばたとえ常習犯でも公開処刑は良くない)

なぜかと先生が問うと、高橋は「家に鉛筆がなくて…」と細い声で返す。「筆箱毎日持って帰ってるでしょ?それと高橋君の弟、この学校の◯年生だよね。弟の担任の先生は、弟はきちんとやってきてるって言ってたよ」と先生。眼鏡をかけた弟は、同じ少年野球チームに属していて勤勉だと聞いた。そんな弟を引き合いに出されると、もう何も返せず、ただ泣くことしかできない高橋。

でも彼はお調子者でもあったので、泣いたことなど忘れて、昼休みはドッジボールに勤しむのであった。

わたしは心の底から彼が不思議だった。わたしも相当な先延ばし癖がある人間だが、お風呂はめんどくさがりながらも入っていたし、宿題はやっていた。なぜ宿題をしないのか、なぜすぐわかる嘘をつくのか。

中学卒業以来、高橋の顔すら見ていない。彼がどの高校に行ったのかすら知らない。多分、中学では同じクラスにならなかったんだろう。

そしてわたしが30を目前にして、急に、高橋の存在をふと思い出した。

わたしは仕事で上司とソリが合わずパワハラを受けて、メンタルクリニックで自律神経失調症とパニック障害と診断された(それぞれ別のタイミング)。

その時は本当に体が動かず、お風呂はその日のうちに入ることが全くできなくて、いつも夜遅くに夕食を病的に暴食して寝落ち。家を出る直前にギリギリで風呂に入り、髪を濡らしたまま家を出ることもよくあった。今まで毎日普通にできていたスキンケア、ヘアヘア、メイクがだんだんできなくなって、肌も髪もボロボロ。

思い返せば、人生の中で一番人らしい暮らしができていなかったときだった。休みの日は泣いて過ごし、極力人に会わず、風呂がなぜか死ぬほど苦痛だったので入らないようにした。平日になれば上司の顔色を伺い、叱責され、なぜできないんだと詰められた。

怒られることを恐れているのに、早くやってしまったらそれで済む話なのに、すべきことができない。これをわたしは30を目前に身をもって知った。

それと、周囲の結婚や出産が増えてきて、発達障害についての関心が湧いた。自身も生きづらいと思っている節が沢山あり、当事者あるいはグレーゾーンだと思っている。

そんななか頭に浮かんだのが高橋だ。

歳を重ねてわたしはいろんなことを知った。発達障害について知ったのもそのうちの一つだったし、世の中には家庭に何らかの原因があってつらい思いをしながら育つ子どもがいることも知った。

高橋はどんな家にいたのだろうか。
高橋はどんなことを考えて毎日生きていたんだろうか。
高橋の家族はどんな人たちだったんだろうか。

お風呂に入れなかった理由は?
宿題をやってこなかった理由は?
体が大きくなっても、小さい服を着ていた理由は?

知る由もない疑問は次々浮かぶ。

今、わたしが彼にあったらなんて言うだろうか。今のわたしが当時の小学生の彼にあったらどんなことを尋ねるだろうか。

きっと彼も何かしら生きづらさを抱えていただろう。

足の踏み場もない部屋の片隅で、わたしはそう思うのだった。

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