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山県有朋 明治国家と権力(小林道彦、2023)

山県の下に有為な人材が集まったのは、彼の政治的な個性と権力的ポジションによるところが大きい。
山県は外国語が苦手だった。
だが、近代軍の建設は国家の最重要課題であり、欧州からの軍事知識の摂取は時間との闘いでもある。
そこで山県は、自己の周囲に洋行帰りのエリート軍人を集め、彼らから最新の専門的知識を吸収することに努めた。西周や桂太郎が明治初年の代表的ブレーンである。

山県のように、他者から知識を得ようと思ったら、
日頃の人間関係が重要であることは論を俟たないです。
私自身も、できないことが多いので、
色々な人から力を得られるように、
日頃からコミュニケーションを大切にしたいと思います。

強初な権力意志を維持するためには、日々の安定した日常生活は必須の条件である。当時の山県の一日を見てみよう。
彼は規則正しい日常生活を送っていた。夏は六時頃、冬は七時頃に寝室を出て、朝食は八時、昼食は正午、晚餐は午後六時にとった。朝食は牛乳一合、パン二片、昼食は和食で一汁三、四菜、おもに魚肉と野菜だった。晩餐は洋食でスープとともに三皿、それに多少の野菜をとった。また、三、四杯のフランス産ワインとベルモットを嗜んだ。日本酒も愛好しており、「酒が飲めなくなれば、それは自分の死ぬる時である」とは本人の言である。食後には居室でコーヒーを飲み、煙草を喫した(『山縣公のおもかげ』)。

安定した日常生活を送るための敵は、現代ではスマホですね。
最新の情報が取得できる長所もある一方で、
無駄な情報も多く、時に引っかかってしまいます。
自分で自分を律することができるための、
修行だと思ってスマホと向き合います。

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