帰ってきたよ

 いつも泣きそうになる秋の始まり、それに出会えるのはまた来年だ。家を出ようと握ったドアノブすら冷たくなっていた。
「今日は?帰ってくる?」
 掃除機をかけながら、間も無く二十歳になる僕にそう声をかけた。
「うん」
 ぶっきらぼうに答えて、僕は家を出た。外気が一気に入り込んできて、すぐにジャケットの首元のボタンを閉めた。季節が変わると、過去の「今頃」を振り返りたくなる。

 昨年の十一月十一日、僕は「すずめの戸締まり」を公開初日に見に行っていた。僕こだわりの、梅田にある大きなシアターに足を運んだ。
 最近、僕は見たい映画の予告を全く見ないようにしている。単純にその方が本編を楽しめることを知った。ストーリーの展開に感じる驚きが多いのだ。
 「すずめの戸締まり」も、どんな映画か知らないまま本編が始まった。特大のスクリーンとスピーカーで見る映画は格別な体験だった。
 本映画は日本で起こった地震をテーマにした映画だった。家族や友達と過ごす日々など、当たり前の日常のありがたさを伝えてくれた。クライマックスには思わず肩を震わせて泣いた。なんの誇張でもなく、溺れるような余韻だったことを今でも覚えている。後日二回目を見に行って、さらに涙を流した。

 今年は「すずめの戸締まり」ロスなのか、主題歌を繰り返し聞いて、本編映像を含む予告編を見て、ロスに浸っていた。
 暗くなった帰り道、主題歌を歌いながら自転車を漕ぐのにハマった。映画のシーンを思い出したり、セリフを呟いたりしながら帰る。
 スマホに目を落としながらマンションのエレベーターに乗り、家に辿り着く。7階に吹き荒ぶ風に体を冷やされるけれど、手を伸ばしたドアノブにはほんの少しの暖かさがあった。


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