掬う花弁

『婚約いたしました。』
そう告げる文面が、幼き頃の恋心を思い出してしまった。



床に転がった空き缶。忘れられたようにくしゃくしゃになったスーツ。
思い出してしまった感情を忘れれるように、また一口ビールを口に運んで溜息を吐いた。
カチッ、と音を立てライターを付ける。ゆらゆらと揺れる火がどこか暖かく感じた。

暗い部屋。
カーテンの隙間から漏れる月明かりだけが光となった部屋。
そんなここが心地よくて仕方ない。
ふぅ、と肺から煙を吐き出して机の上のハガキに向き合う。


「……あー〜」
ガシガシと頭を掻く。
どうしたものか。
幼い頃一方的に好きだったとはいえ、今となってはなんの感情も湧きやしない。
何の関わりのないただのクラスメイトの俺なんかにもハガキを寄越すんだから結構な人数に来て欲しいのだろう。
__あの頃はただ純粋に好きだったんだ。
あの子に渡した綺麗な花が、公園で踏み潰されて荒らされてぐちゃぐちゃになっているその時までは。

花びらが周りに散らばっているその一つ一つを砂とともにかき集めて大切に握りしめた。
大人になった今じゃ、あの花がただの雑草だったことに気付いてしまっている。

なんの価値も無かった。




静かな部屋にペンを滑らせる音だけが響く。
丁寧に時間をかけて書いたハガキがただの紙屑にしか見えない。
御欠席の字を丸く囲んで、嘘で汚くなった言い訳の文章を書き連ねる。


『おふたりの幸せを心よりお祈りしています。』

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