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青春とは心の若さである(青春という詩Ⅱ) 

noteを始めて間もない頃投稿した「青春という詩」の補足記事です。
始めてから「3ヶ月は毎日投稿する」と言う目標を立てたのですが、
始めて間もなく書けない✖✖❢という日が来てしまったのです。
そこで2005年にt-comのココログで始めたブログ「たっきの心禄」に
書いた「青春」を転載投稿しました。
(今回の記事をそれと合わせて読んで頂けると幸いです)
青春という詩|takki (note.com)

 記事を投稿した後、サムエル・ウルマンが書いた他の詩を読みたくなって
角川文庫の「青春とは、心の若さである」翻訳:作山宗久を購入しました。原語で読めない私が言うのはおかしいかもしれませんが、読んでいて翻訳が生きていると感じて翻訳者の事も知りたくなった事も購入の切っ掛けです。 

この本で、青春の詩の作者サムエル・ウルマンは詩作を生業とする人では
なかった事を知りました。
なんと、ウルマンの詩集は彼の80歳の誕生日を祝って家族・知人が編集し、縁者に配った唯一詩集であった事も知りました。
その詩集は家族や縁者の小さなコミュニティの中で大事にされていたということです。それ故、その他の人がこの詩本と出会う機会は非常に稀だったと思われます。 

作山宗久氏はその熱き情熱と飽くなき探求心によって、遂に令孫に出会い、ウルマンの生涯唯一の詩集「八十年の歳月の頂きから」を贈られるという
幸運を得たのです。
そして、ウルマンの白鳥の歌と言われる「なぜ涙を?」を加え、「青春と
は心の若さである」角川書店・翻訳:作山宗久の出版と結実したのでした。
また、ウルマンの三通の手紙も掲載されていてその人柄にも触れる事が出来ました。
私には作山宗久氏が「青春」の詩そのもののような人だと感じられます。

 名詩としての読み方もありますが、書いた人を偲びながら読むと優しい気持ちになります。
今迄、こういう読み方をする事はありませんでしたが、これからはそういう機会を増やしていきたいと思いました。 

「青春」と言う詩は23行の短い詩ですが、読む歳ごと目が留まる行が変ります。この間は、「君にも吾にも見えざる駅逓が心にある」で、しばし感慨に耽りました。
また、「青春とは人生のある期間ではなく 心の持ち方を言う
薔薇の面差し 紅の唇 しなやかな手足ではなく
たくましい意志 豊かな想像力 炎える情熱をさす」では
何かに取り組む情熱 あったはずのものがいつの間にか冷めてる。
燃やせねば❢と思いました。私を鼓舞させてくれた言葉です。

皆様にも、そういう自分の気持ちを鼓舞してくれる言葉があると思います。もし、よろしければ一節でも紹介して頂けると幸いです。 

最後まで読んで頂きましてありがとうございました。

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