見出し画像

『懸想文売り』弐の文〈ティーキャディー〉

弐の文 贈歌

 
 この前は、ゴージャスなティーカップをどうもありがとう。

 さっそく紅茶を入れてみたら、とっても優雅な気分に浸れたわ。入れ物が高級だと、ティーバッグでも美味しく感じられるのかな。
 でも、金襴手のカップに、毎度ティーバッグでは申し訳ないから、上等な茶葉を買ってみたの。
 スリランカ産のウバ。
 ストレートで入れたら、赤味の強いオレンジ色がとっても綺麗!
 しかも、美味しい!
 ウバに牛乳を入れたら、カップの内側の模様が消えちゃって、ちょっぴり残念だったけれど。

 ヤバいよ! ウバ!

 あまりに美味しかったので、茶葉をお裾分けします。
 先にいっとくね。
 ウバの魅力に、お気をつけあれ!

 

壱 製本工房〈まどか〉


 曇ったガラスの取っ手をまわし、きいっと耳障りな音を立てる薄っぺらなクリーム色の木のドアを引き開けると、机の上で作業していた女性が顔を上げた。

「あ~ら、いらっしゃい」

「こんにちはぁ」

 高校の帰りにちょっと寄り道。といっても、〈カメリア〉の斜め向かいにある〈港町ビル〉である。

〈港町ビル〉は、壁の茶色タイルが所々剥がれた、昭和レトロな三階建ての雑居ビルだ。四角い建物の中央を、表から裏へ貫くように細長い廊下があり、それに面して大小の店舗が並んでいる。椿ビルと違い、本物のお店である。一つ一つは八畳あるかないかの広さで、創作ジュエリーや雑貨、リサイクル着物のお店、絵本屋さん、お香屋さんなどが入っている。定年退職した元大学教授のおじさんが営んでいる古書店もある。ちなみに、ビルの玄関を入ってすぐの所は、ビルのオーナーでもある歯医者さんだ。千歳も小さい頃からお世話になっている。

 どのお店の主とも千歳は顔見知りだが、特に親しいのは、〈製本工房 まどか〉の菊地円花だ。十歳年上であるが、年の離れたお姉さんという感じで、とても話しやすい。

「二、三分待ってね。きりのいい所まで終えてしまうから」

 円花さんがそういって、再び作業台に目を落とす。

「大丈夫ですよ。新作を見てますから」

 勝手知ったるなんとやらで、千歳は壁際の棚に近付いた。

 円花さんのお店は、基本的にオーダーメイドだ。工房〈まどか〉は彼女の作業スペースで、既製品の販売などは行っていない。円花さんが装幀した革装本が、宣伝用に棚に飾られているのみである。

 革装幀の技法には、革をパッチワーク的に切り貼りして美しい模様を施すもの、革に凹凸模様をつけて金彩を施すもの等、色々な種類があるらしい。円花さんが得意としているのは、パッチワークだ。なので、棚におかれている革装本は、花柄や幾何学模様のカラフルなものばかり。

 ふむふむ。新作は、秋桜が揺れる花野模様か。

 ようやっと秋だねぇ。

 まだまだ残暑は厳しいが、こういうところから秋風が吹いてくる、と目を細めているうちに、円花さんが作業を終える気配がしたので、千歳はくるりとふり返った。

「それはそうと、どうでしたか、お宅訪問は?」

「そうそう、それそれ」

 円花さんが立ち上がりかけたところへ、半端に開いていたドアの隙間から、するりと灰色の猫が滑り込んできた。

 ひたひたと歩いてきて、千歳の足元にすり寄る。

「まーろ」

 呼びかけると、にゃおん、と可愛らしく返事をした。

まーろは艶やかな毛並みのロシアンブルー。同じ港町ビルの一階にある〈うさぎ小物 うささん〉の看板猫である。

 兎グッズのお店なのに、なぜに猫?

 店主の梅さんは、よくお客さんにたずねられるらしい。かくゆう千歳も聞いた一人。

「兎じゃ招き猫にならないから」

 というのが梅さんの答えだが、納得できるようなできないような。

 それは兎も角。

 よっこらしょと千歳は猫を抱き上げる。少々太り気味で、重い。

「梅さんは? おいてけぼりにしてきたの?」

「にゃおん」

 イエスなのかノーなのか。

 うーん、これから、円花さんとガールズトークなのに。

 捜しに来て、話を聞かれたら面倒だなと、千歳は思った。

 梅さんは、とってもお喋り好きな熟女なのである。

 お店はそこそこ流行っていて、そんなに暇ではなさそうなのに。

 お客さんと楽しく駄弁る。業者さんを引き留めて駄弁る。ビルの店子を捕まえて駄弁る。

 そして、駄弁リング中に仕入れたネタを、別の誰かに喋る。

 こっちは耳を塞ぎたくても、「あんたも知っといたほうがええで」と笑顔で教えようとする困ったさんだ。

 仕入れのセンスは素晴らしいのになあ。

 触り心地抜群のうささんぬいぐるみをもふもふしながら、何度そう思ったことか。

 喉元を撫でてからまーろを床に下ろすと、するりとドアの隙間から出ていった。単に挨拶をしに来ただけだったらしい。よかったよかった。

 円花さんも同じことを思っていたようで、〈CLOSED〉の札を出すと、今度はぴたりとドアを閉める。

「で、お宅訪問は――」

「それがさ、聞いてよ!」

 ふり返った円花さんの眉間には、しわが刻まれていた。

 あれ? お宅訪問は上手くいかなかったのかな?


弐 決戦は金曜日で嬉し恥ずかし……のはずが

「家に来ないかって、彼に誘われたの! 二人暮らしのお母さんが長期出張でいないから、一緒に飯作って飲もうって」

薄っすら頬を染めながら、興奮気味に、でもひそひそと円花さんが週末の予定を教えてくれた。

チュドーン! 

高校生の千歳の脳内で爆弾が弾けた。

「い、いつ?」

「今週の……金曜の夜」

「ナルホド! 決戦は金曜日ですね!」

 解ったふうに返したが、口だけだ。しかし、千歳が友達の家に泊るのと円花さんのお泊りでは、だいぶ違うだろうことは薄々察した。

 耳年増になっちゃいそうだけれど。

 予備知識があったら、本番で困ることはないだろうし。

 って、なんの本番よ!

 嬉し恥ずかし、でも上機嫌の円花さんを眺めながら、自分に突っ込みを入れたのが、先週の月曜日。


 週が変わって、本日の円花さんはしかめ面である。

「彼氏さんのお家、楽しくなかったの?」

「それがさぁ」

 円花さんの額の皺がさらに深くなる。

「仕事帰りに駅で待ち合わせして、鍋の食材を買ってから彼の家に行ったんだけど……」

 着いたら、家に明かりが煌々と点いていて。

「なんと、近所のおばさんが晩御飯作ってたの!」

 コンロの前で調理中の女性が、おかえりぃ、と慣れた様子でふり返り、挨拶したのだという。

――多美子さん、旅行なんやろ。お夕飯困るやろと思たから、作っといたで!

「乳母なんだって」
「うば?」
 聞きなれない言葉に、千歳はきょとんとする。

「彼のお母さんね、子供が生まれる直前に離婚して、ストレスでお乳が全然出なかったんだって」

 そんなとき、「私のお乳あげるわよ~」と気軽に声をかけてきたのが、件の近所の女性。

「昔はね、お乳が出ない母親が別の女性から母乳を分けてもらう、〈貰い乳〉ってゆうのがあったんだって」

「貰い乳……って、初めて聞きました」

「私も知らなかったわよ」

 円花さんが小さく笑う。

「彼の家がある界隈は、結構な下町でさ。いまでも玄関開けっ放しは当たり前、ご近所さんとの距離も近いらしくて。三十年ほど前は、お乳のやり取りする古い習慣もまだ残っていたんだって」

 お乳を貰ったお母さんだから、乳母なのだ。

「それが縁で、小さい頃は、お母さんが仕事で遅くなるときに、女性の家で待っていたそうよ。乳兄弟の女性の娘と一緒に宿題をしながら」

「ほとんどベビーシッターですね」

「シッターどころか、彼が大きくなって家事を手伝うようになるまで、家政婦として雇って、時々食事の用意や掃除などもやってもらっていたそうよ」

 勝手知ったる相手だから頼みやすかったんでしょうけど、と円花さんが微妙な顔をする。

「いまも、隔週で掃除を頼んでいて、鍵は持っているらしくね、彼はおばさんを見て驚いてはいたけど、慣れたふうでさ。なんで勝手に入ってきてる! とか怒ったりしなくて」

 女性のほうも、円花さんを見て一応目を丸くしたが、すぐにあっはっは、とおかしそうに笑ってこう宣ったのだという。

 ――鬼の居ぬ間に息子が女でも連れ込まんかよう見張っといてなゆうて、多美子さんから頼まれてたけど、ほんまに女の子連れてきはったわ!

 まことに、明け透け。

 ――けどまあ、折角来たんやさかい、お夕飯食べて帰りよし。ぎょうさん作っといたから。

 そういって、並べてくれたのは、おふくろの味というか、総菜あれこれ。筑前煮に、小松菜の煮びたし、ほうれん草の胡麻和え。焼き茄子に、南瓜の炊いたん、秋刀魚の塩焼き。

「仕方なく、白菜やらなんやらを冷蔵庫に詰め込んで……」

「冷蔵庫、場所がなくて大変だったでしょ」

 千歳は変なところに同情した。白菜だの菊菜だの水菜だの。とにかく鍋の材料は嵩張って、いつも冷蔵庫に入れるのに四苦八苦するからだ。

「うん……? いや、普通サイズの冷蔵庫だったけど、中はわりかし空いてて、全部あっさり入った……かな……?」

 円花さんが小首をかしげる。

「というか、あのときは、そいうことを気にする余裕はなかったのよね」

 ごゆっくりぃ~、とにやにやしながらおばさんが帰り、ようやく二人きりになって、食卓を囲んだのだが。

「なんかね、こう、毒気を抜かれちゃった感じでさ」

 そのときのことを思いだしたふうに、円花さんが遠い瞳になって嘆息する。

「仕切り直そうとするみたいに、食事の後、彼がフランスの天然水で自慢のコーヒーを入れるぜって張り切ってくれたんだけど、間が悪いことに、買い置きしていた硬水のペットボトルを切らしていて……」

 じゃあ紅茶にしようと缶を開けたら、そちらも空。

 結局、おばさんが入れていった緑茶を、無言ですすることに。

「なんだか気不味い雰囲気になって、泊まらずに帰ってきちゃった」

 なんということでしょう!

 千歳は掛ける言葉が見つからなかった。

 ただ、ちょっと意地悪に金曜の晩のことを分析すると、

「……その乳母さん、わざとお邪魔虫になりに来たように思えるんだけど」

「千歳ちゃん、鋭いっ!」

 円花さんも、きらりと瞳を閃かせる。

「実はさ、おばさん、食事の用意をしながら、しきりに自分の娘の話をしてて」

終いには、

 ――あんたら、この頃仕事が忙し忙しゆうて、お互いに顔見てへんやろ。会えへんで寂しいて、若菜がゆうとったで。せやから今度、多美子さんが出張のときには、あの子を派遣したるわ。若菜は私より料理上手やさかい。

 うわぁ、と千歳は震えた。

「あからさま!」

「私の思い込みじゃないよね? おばさん、絶対自分の娘と彼をくっつけたいよね?」

「彼氏さん、困ってたでしょ」

「かなり狼狽えてた」

 ですよねー。

「おばさんが帰った後に、しどろもどろで言い訳よ。若奈は姉みたいなもんで、昔から姉貴風を吹かせて自分の世話を焼きたがるから、鬱陶しいんだって」

 世話焼き姉さん擬き。

 それは絶対、彼氏さんのことが好きだな。

 円花さんも同じ考えなのだろう。ぎゅっと口をへの字にする。

「でさぁ、お詫びにって、昨日これを貰ったの」

 しかめ面のまま、円花さんは部屋の端に歩いていき、棚に飾られていたティーカップのうちの一客を持ってきた。

「あれ? これ、うちにあったロイヤルアルバート……?」

 白地にド派手な薔薇柄が目を引く、オールドカントリーローズ。英国アンティークで一番たくさん作られたティーセットらしく、〈カメリア〉でもアンティークカップコーナーの常連になっている。

 しかし、アンティークカップに関しては、まだまだ不勉強の千歳だ。他のカップなら、メーカー名すら出てこなかったに違いない。

 オールドカントリーローズでよかった、と千歳は内心冷や汗。だが、円花さんは気付かぬ様子で、

「そうなのよ。椿の包装紙だったからすぐにわかった!」

前に彼と〈カメリア〉に行ったときに見たのよこれ、と嬉しそう。

「そのとき、こんなカップで一緒にティータイムできたらいいねっていってたの」

 千歳は、円花さんがカップをおいていた隅の棚に目をやった。

 あちらにはもう一客、同じオールドカントリーローズのティーカップがおかれている。ということは、

「これ、ペアで貰ったんですか」

「そう」

「じゃあもしかして、改めて君と二人でモーニングティーを、的なお誘いが込められている、とか……?」

 うーん、と円花さんが腕組みをしつつ唸った。

「たぶん、そういう意味なんだと思う……けど」

 私から誘えっていうの? 私の部屋に?

詰問口調でカップを持ち上げ、薔薇模様を睨みつける。

やがて円花さんはカップをソーサーに戻すと、千歳に顔を向けた。

「ねえ、〈カメリア〉って商品を買ったら、オプションで恋文を書いてくれるんだよね?」

「懸想文の代筆ですか? はい、やってますよ」

「貰った商品――〈カメリア〉で購入して贈られた品に対するお礼の文、とかじゃ、書いてくれないかな?」

 どうでしょう、と千歳は曖昧に応じた。

「普通は、買った商品を贈る際に付ける文なんですけど。書くのは伊織なんで、聞いてみないと」

「じゃあ、いまから行く」

 思い立ったが吉日とばかりに、円花さんがカップを棚に戻した。

「早いに越したことはないわ。あの様子だとあのおばさん、すぐにでも彼に自分の娘をけしかけそうだもの」


参 懸想文売り、色々企てる


 円花さんと連れ立って〈カメリア〉に行き、伊織にティーカップのことを話すと、
「ああ、土曜日に若い男がペアで買っていったな」
 ちゃんと彼は覚えていた。

 今日はいわゆる〈懸想文売りの日〉ではなかったが、閉店間際で客がいなかったこともあり、早々に店を閉めて奥のテーブルに集う。
 円花さんの話を聞いた伊織は、腹を抱えて大笑いした。特に、おばさんが待ち構えていたという件。

「そりゃ、てぇへんだったなぁ」

「笑い事じゃないっての」

 だが意外にも、話の後半部分、彼氏さんが挽回しようとしてあたふたする場面では口の端を上げただけ。

「ふうん、そりゃ面白れぇ」

 伸びてきた顎鬚をぞりぞりと触っている。

「面白がらないでくれる?」

「いや、おかしいだろ。色々とさ」

 それでティーカップを買っていった男は、思い詰めたような顔をしていたんだな、と伊織が納得したふうに腕を組む。

「で? 菊地さんはなにを悩んでんの? お詫びの品がペアカップだったってことは、『もう一度二人で』ってお誘いだろ? さっさと仕切り直しちまえばいいじゃねぇか」

「う……」

 円花さんが視線を泳がせ眉根を寄せて、それが出来れば苦労はしない、と呟いた。

「金曜日は、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで行ったんだから。なのに、下を覗き込んだところで邪魔されて。当分、欄干に足を掛ける気にだってなれそうにないわよ」

「初心だねぇ」

「だから」

 円花さんは伊織の揶揄を無視し、忌々しげに続ける。

「やんわり誘いをかわせるような、上手な手紙が書きたいの。でも私、文才がないのよ! どう書いたら彼を傷つけないで誘いをスルーできるのか、まったく思いつかないの!」

「――了解」

 低く応じて、伊織がするりと腕をほどいた。

「ならば、懸想文売りが、あなたの気持ち、代筆致しましょう」

 と芝居がかった調子でいってから、

「今回は文面だけ考えてやるから、自分で書けよ」

にっと笑って、ペンを取る。


「菊地さんの彼氏が住んでんのは、下町だったか」

 文面を考えながら、懸想文売りが問う。

「そう。昭和の面影が残る商店街が近くにあって、町内みんな顔見知りみたいな」

「彼氏の家も、昭和な感じ?」

「ううん。築五十年くらいの古そうな家が多い中で、彼のお宅はきれいだった。十年ほど前にリフォームしたんだって。新築そっくりに」

「リフォーム? 母子家庭なんだろ、彼氏んち。よくそんな金があったな」

「お母さんは外資系の商社にお勤めの、キャリアウーマンらしいから」

「金回りはいいわけか……。そういや、オールドカントリーローズを買った彼氏も、いい時計をしていやがったな」

「ちょっと」

 円花さんが窘めるふうに伊織を睨む。

「彼の懐具合は関係ないでしょ」

「いや、あるぞ」

 大いにある、と伊織は繰り返して、やおら立ち上がった。

「今回の文だが、プレゼント付きにしたらいいと思う」

いいつつ、陳列棚から商品を手にして戻ってくる。

「贈物はこれ」

 テーブルにおいたのは、茶葉の袋だ。

「セイロンティー?」

「ウバ産だ」

「ウバ……?」

 紅茶の産地とは別のものを思い浮べたらしき円花さんが、意図を推し量るふうに怪訝な顔になる。しかし伊織はにっこり笑って、彼女の前に紅茶の袋を滑らせた。

「お買い上げ、誠にありがとうございます」

「こういうの、抱き合わせ商法っていうんじゃない……?」

 円花さんがすうっと目を細める。

 しかし伊織はどこ吹く風。抽斗から下書きの紙を取りだし、すらすらとペンを走らせたかと思えば、

「ほれ、文面はこんな感じでどうよ」

 あっという間に書き上げて、女二人に文を見せた。


 ――そして、文を読む――


「……これだけ?」

 あっさり、三十秒以内で読み終わる短い文に、円花さんが拍子抜の顔でいった。

「第一弾の文としては、それだけだが――」

 ついでにこれも渡してくれ、と伊織が別の紙にペンを走らせる。
 伊織が箇条書きしたのは、細々とした食材だった。


・硬水ペットボトル十本(普段コーヒーに使っている銘柄)
・紅茶 ティーバッグ八十袋入り一箱
・お米 五キロ入り一袋
・調味料 (醤油、マヨネーズ、ケチャップ、ソース等一つずつ)
・お菓子 個包装のファミリーパック 三~四袋

「なにこれ。買い出し用のメモ?」

「懸想文売りから指示されたといって、ストックとしてこれを揃えるように、彼氏に頼んでみてくれ。すでに家にストックがある場合は、それも含めての数だ」

は? と円花さんはますます訝しげ。

「なんのために?」
「ちょっとした、調査のためだ」
「なんの調査よ」
「それはいえねぇ。とにかく、きっちり数を数えるようにいってくれ。そのうえで――」
 伊織がさらに面倒臭い指示を出す。

「なんやそれ!」
 円花さんがとうとうキレた。
「訳も分からず、そんなこと彼に頼めるわけ――」

「じゃあ、こう伝えてくれ。『いうとおりにしたら、面白いことが判るぞ』と、懸想文売りがいってたって」

「面白いことってなにさ?」

「それは、仕上げを御覧じろ」

 あしらうふうに、伊織がにやり。

「早けりゃ、半月くれぇで彼氏の顔色が悪くなってくるはずだ。そうしたら、二枚目の文を書くからよ」

 



ここから先は

5,709字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?