デジタル看取り

彼は、部屋の隅に押しやられた布団の中で、スマートフォンを握りしめていた。時刻は午前2時。ここ数ヶ月、夜眠れたことはほとんどない。布団の上には、数日前に食べかけたコンビニ弁当の残骸が散らばり、薄暗い部屋に漂う悪臭さえも、今や慣れっこになっていた。


毎日のようにツイッターを眺め、タイムラインを埋め尽くす他人の投稿に反応し、時には自ら挑発的なツイートを投げつける。その度に、彼の元に届くのは罵倒や嘲笑の言葉。それでも、彼はそれに埋もれるように生きていた。批判でも無視されるよりはマシだった。孤独は、SNSの中では少しだけ薄れる。少なくとも、誰かが彼の存在を確認してくれている限りは。


「お前ら、俺のことなんてどうでもいいんだろ?」

そう呟くと、すぐに数件の反応が返ってきた。


「かまってちゃんかよ」

「また死にたいアピールか?」

「死ぬなら勝手にやれよ、誰も止めねえから」


彼はそのコメントを読みながら、無表情のままスマホの画面を見つめ続けた。これが彼の日常だった。知らない誰かの冷たい言葉、時には心配してくれるような声もあったが、それも一過性のものでしかない。誰かに見てもらいたい、その思いだけが彼を動かしていた。誰かの目に映っていれば、まだ自分は生きていると感じられるからだ。


ニコ生でも配信をしていた。カメラ越しに彼のぼんやりとした顔が映し出され、雑然とした部屋の様子が丸見えだった。視聴者は数人、そしていつも通りのコメントが流れてきた。


「こいつ、マジでやるのか?」

「どうせ口だけだろ」

「配信で死ぬとか、ウケ狙いかよ」


彼は無表情のままコメントを眺め、ゆっくりと呟いた。「俺が死んだら、誰か少しは悲しむのかな?」


その瞬間、視聴者たちは一瞬止まったように見えた。しかし、すぐにまた流れ出すコメント。彼は、それらを読み上げることもなく、ただ無言で部屋を見渡した。何もない、何も変わらない。ただ、SNSの中でだけ、自分の存在をかろうじて確認できるこの世界。


ふと、彼は配信を止めようと思った。けれど、そんなことをしてしまったら、本当に誰にも見られない。ただの「孤独死」になる。SNS上で罵られたり、アンチに冷たい目を向けられたりしても、見てくれる人がいるうちは孤独ではない。配信を続け、SNSで息絶えることこそが彼にとって唯一の「看取り」だったのだ。


夜は深まり、部屋の空気は重苦しいほど静かになった。画面の向こう側で、無数のコメントが止まることなく流れていた。彼は少しだけ口元を緩め、最後の呟きを残す。


「じゃあな」


その瞬間、配信が突然途切れた。画面が黒くなり、視聴者たちは一斉に騒ぎ始めた。新たなコメントが次々と投稿される。


「本当に切れたのか?」

「演技じゃね?」

「誰か警察呼んだ方がいいんじゃない?」


だが、しばらくしてその騒ぎも収まった。新しい話題が流れ始め、視聴者たちは次の配信者に目を向けた。彼の存在は、ただのデジタルノイズとして消えていった。


部屋の中は静寂に包まれ、彼のスマートフォンの画面も真っ暗になった。彼の最後の瞬間を見届けたのは、顔も名前も知らない誰か、そして無関心な視聴者たちだった。かつての孤独とは違う新しい形の孤独死だったが、それは確かに「見届けられた」ものだった。


そして、その瞬間、彼の存在は永遠にSNSの記録として残されることになる。

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