虚栄の破綻

 金も女もすべてが手中にある。そう信じて疑わなかった。誰もが羨む生活を送り、欲望の赴くままに生きる男、岬貴之。成功は彼のためにあるようなものであり、金を積み上げることに何の障害もないかのように思えた。だが、野心は常に飽くなきもの。手堅い投資から一歩を踏み出し、彼は信用取引に手を出した。利益が倍になれば、自分の生活もさらに華やかになると信じたのだ。

 最初は順調だった。いや、華々しい成功が続き、さらなる高みへと昇っているように見えた。しかし、相場が一変するのは一瞬のことだった。無敵だと思っていた彼も、市場の冷酷さには勝てなかった。積み上げた富は一夜にして消え、莫大な借金だけが残った。

 貴之は気づかないふりをした。まだ金はある、まだ取り戻せる。だが、現実は容赦なかった。豪邸は売られ、愛人たちも彼の元を去り、かつての友人やビジネスパートナーは距離を置き始める。彼の周りに残ったのは、失ったものの痕跡と、かつての栄華の空虚さだけだった。

 生活レベルが一気に下がり、彼はかつて自分が見下していたような人々と同じ階層へと追いやられる。だが、その中で彼は初めて、自分が本当に欲しかったものが何だったのか、考えざるを得なくなる。


 かつて、岬貴之は「Rich or die?」と豪語していた。成功者以外は生きる価値がないとでも言わんばかりに、彼はその言葉を振りかざしては、他人を見下して楽しんでいた。バーでもクラブでも、耳にするのは自分を賞賛する声ばかり。女たちは彼の金と権力に群がり、男たちはその影響力を恐れて敬意を払う。誰もが彼の前で媚びへつらい、失敗者は彼の軽蔑の視線に晒されることを恐れていた。


 だが今、その口癖は嘲笑の対象となり、彼自身が「You are dead!」と指をさされる側に立たされることになるとは、思いもよらなかった。


 すべてを失った彼は、かつての豪華なバーのカウンターで手酌をすることはできない。今や、薄汚れた居酒屋で安酒をすする日々。かつて自分を取り囲んでいたのは豪奢なシャンデリアと、高級なスーツに身を包んだ投資家たちだったが、今や隣にいるのは、疲れ果てたサラリーマンや底辺の生活を送る労働者たちだ。彼らは、かつて貴之が軽蔑していた人々そのものだ。


「おい、岬さんよ。どうしたんだ? 'Rich or die?' じゃなかったのか? 死ぬのはテメーの方じゃ!」  

 
 カウンター越しに投げられたその言葉は、貴之の胸をえぐった。かつての自分が、他人に向けていたような残酷な言葉が、今や自分に返ってくるのだ。


 彼は拳を握りしめた。反論したかった。
 しかし、何を言っても虚しい。言葉はもう彼の武器ではない。かつてのように金で黙らせる力もない。力がない者に、誰も耳を傾けないことを、彼はようやく理解した。


 それでも、彼はあの言葉にすがりつこうとする。「Rich or die...」だが、声は震え、喉から絞り出したその言葉は、すでに誰の耳にも届かない。

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