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抽出
ブランクーシ展に行った。レポがてら、思ったことをつらつらと書いてみる。
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このダンディなおっちゃんこそがコンスタンティン・ブランクーシその人である。この立派なお髭とか垂れ目な感じとかが僕の大学の恩師に似ている。
ルーマニア出身の彫刻家で、「考える人」で有名な彫刻家、ロダンの弟子でもあった。ロダンは何人か弟子を取っていたが、そのメンツの中ではブランクーシは比較的早々に独立したらしい。ロダンが「20世紀の新しい彫刻」として弟子や周囲からチヤホヤされていたのを見て、影響を受ける前に離れよう。といったところだ。(すごくわかる!)
ブランクーシといえば、なるべく要素を減らして単純化したフォルムの彫刻が大変有名な方。
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鳥というモチーフに対して、要素を絞って、抽出した形。まさに「抽象」である。これが鳥のトサカやクチバシ、羽や羽毛を写実的に、ひとつひとつ丁寧に表していくと複雑化して、観た人も「リアルな鳥だな」としか思わない。ブランクーシのこれだけ単純化したフォルムの鳥だからこそ、老若男女誰が見ても自分自身の記憶と結びつけた「鳥」を連想する。事実展示室の中でも鑑賞者が「鶴?」「クチバシだけつくったのかな」とか各々の解釈を言葉にしていた。ブランクーシ本人的には鳥の本質に迫るために要素の抽出を行った訳だけど、結果的に観ている人からすると無限に答えがあって議論が深まる。これぞ抽象の面白さだな、と思う。
展覧会の副題に「本質を象る」とある。「かたどる」の英語表記を確認したところ、「carving」であった。carvingは彫り、刻むこと。減量による造形。つまりは彫刻。何だか彫刻に対するリスペクトが感じられてぐっと来たポイント。
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これを観たかった。空間の鳥は見たことがあったけど、これはお初。会えて嬉しい。なるほど、良いエッジである。澄川喜一さんのそりのあるかたちなんかも、ブランクーシの影響はあるのでは無いだろうか。私が影響を受けた彫刻家の源流には多分、ブランクーシがいるんだろうな、などと考え嬉しくなった。
美術館側も推してたけど、日本でブランクーシの作品がこれだけ一同に会する美術館での展覧会は今までに無いらしい。確かに経験には無い。アーティゾン美術館の作品収集力、石橋財団の横の繋がり…すげぇー。
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話は逸れるけど、横浜トリエンナーレが最近までやっていて、近いし行こうと思えば行けたんだけど、観に行く気にならなかった。あぁいう社会に対する思想や批判をエネルギーに作品を作る人達に共感出来ないんだよなー。(業界的にはトレンドだと思うし、時代錯誤なのは絶対僕の方)
最近ひたすらに何か手を動かして描いたりつくったりしたい衝動に駆られる。多分そこに思想は無い。とにかくかっこいい形を木と追求したい。単純(バカ)である。思想が単純なら、複雑化する必要は無い。楽でいいな。
だからブランクーシの作品観て、安心したし嬉しくなった。あ、やっぱり俺単純で良いな、このまま続けて大丈夫だ、と思えたから。多分全然ブランクーシの意図や本質は捉えて無い感想だけど、観る人の自由だから良いのです。ありがとうブランクーシさん。
ところで図録も購入したけど、中々読み応えある!!大体図録って展覧会の会場内に記載のある文章で構成されてると思うんだけど、え…こんな文章あった…?図録用に書き下ろした…?みたいな情報が沢山ある。ひょっとしたら鑑賞者が作品に集中するためにも言葉による情報は会場からなるべく排除しようという、美術館側の配慮かもしれない。会場まで抽象化されてたということですね…やりますね。
7/7までだそうです。もう1週間も無いですが…オススメです。
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