御本拝読「レディーズ・メイドと悩める花嫁」マライア・フレデリクス

推理と社会問題

 海外ミステリのレーベル「コージーミステリー」、「ニューヨーク五番街の事件簿」シリーズの2作品目。今のところまだシリーズ2冊で、以降の続刊・翻訳は未定の様子。しかし、近年の海外ミステリーの中でとても印象に残った一冊。
 一般的に、一つの小説の中にテーマを複数つめこむのは難しい。推理なら推理、恋愛なら恋愛、に絞った方が書きやすいし読みやすい。「犯罪→推理→社会正義」や、「恋愛→障害→差別や社会的弱者」など、一つの話の中で近いテーマが共存・展開していくことはままあるけれど、焦点がぼやけないようにするのは至難の業。本書は、1件の殺人事件の推理を軸にして、ある時代のアメリカの社会情勢と女性の権利や自立について深く言及・表現していく
 本シリーズの前作も、別の殺人事件から当時のアメリカ社会の人権事情が描かれていた。が、それらは登場人物たちの状況や性格を説明するための背景としての意味が大きく、話自体は結局主人公の周りの家庭内の人間関係へと収束していった
 本書は、そこからさらに広い世界に、そして深いところへ話が展開される。正直、少し昔(本作は「タイタニック号沈没事件」の何日後かの話)の、しかも外国の話なので、現代の日本のコージーミステリーを読むようにすらすらとはいかない。多少じっくり腰を据えて読み進めた。
 推理の過程で、社会問題が深く絡みついてくる。主人公は、それを鋭い知性と感性で静かに解き進めていく。

下層からの景色

 主人公のジェインは、成金のセレブ一家に仕えるメイド。早くに母を亡くし父に捨てられた孤児で、主に売春婦だった女性たちを保護し支援する施設を運営するおじに育てられた庶民。同じように貧しいイタリア移民たちの住む街で育ち、かけがえのない親友はイタリア系の女性・アナ。
 性格は、いつも冷静で落ち着きがあり、とても賢く穏やか。「レディーズ・メイド」という、良家の子女に付き添うメイドである。今仕えているのは、ベンチリー家。容姿に自信がなく、臆病で極端な引っ込み思案な長女・ルイーズと、容姿は抜群だが我儘で傲慢な次女・シャーロットの二人に仕えているが、本作はルイーズの結婚式に関しての話で、ほとんどルイーズに付き添うことになる。
 ジェインの現在の職場はセレブ、つまりは上層の人間たちの世界である。起こる事件も関係者も、ほとんどが由緒ある良家や金持ちの一族の人間、または社会的地位の高い人たち。ジェインの日々はそんな上層の中にある。
 一方、革命を起こそうとするアナや、差別や蔑視によってグレていくしかないイタリア移民たち、工場で働いて懸命に這い上がろうとする元売春婦たち。ジェインのルーツはそこにあり、今もそこに親しみを抱いている
 さらに、この時代、まだ女性に参政権がなかった。セレブの女性たちも、いわば「飾り物」で、家と家をつなぐための道具や、成功した男性のトロフィーにすぎない。貧しい庶民出身で労働者の女性であるジェインは、間違いなく下層の人間だ
 だからこそ、事件も冷静に解いていける。セレブの苦労や感傷も理解はするものの、同情や憧れは一切ない。同様に、アナや革命派・イタリア移民たちの過激論にも根底の考えに一定の理解は示すものの、それに積極的に参加するわけでもない。その感覚的な中立の立場で、ジェインは全てを見ている
 が、本作は、事件の被害者が「女性・イタリア系・労働者」である。そして、自分の仕えているルイーズが巻き込まれていること。それが、彼女の静かな「怒り」に火をつけた
 「軽んじられるもの」の一人として、彼女なりの闘いが始まる

変わりゆく女達

 本作は、シスターフッドの物語とは言えないかもしれない。親友とはいえアナとジェインは思想や行動原理がはっきりと違うし、「友達だから全部許す・甘えさせる」関係ではない。互いの「心」には踏み入らない、ある意味ドライで孤独にも見える。主人であるルイーズとジェインも、「主従」の関係を超えるほどのやり取りはない。
 しかし、物語を通して、ジェインはじめ女たちは変わってゆく。強く見えた女性が本当は弱かったり、賢くないように見えた女性が実はしたたかだったり。そして、変わっていく彼女たちに、ジェインは新しい感情や関係を見出していく
 本作に、ジェインの「相手役」として新聞記者のビーハンという男性がいる。彼の物語中の役割はさておいて、この男、現実にどの時代・どの国にもいそうな「曲者」だ。ジェインに気をもたせ、まるで弱者の味方のようなことを言う。が、その実、既婚者(それも、嘘をついたとか隠していたわけではなく、「聞かれなかったから言わなかった」という質の悪さ)であり、移民や下層級への差別意識がデフォルトでこびりついた男である。
 ビーハン含め、作中の多くの男性たちはその価値観や生き方を変えることができない。できないまま、道を誤ったり自滅したり、全てに見ないふりでごまかしたりする。
 一方、女性たちは変わっていく。悲しい方向へ変わる人もいれば、目覚ましく成長する人もいる。それが、物語のもう一つの核である「社会問題」につながり、心地の良いラストへ向かう
 中でも著しく変わったのが、ジェインの主人であるルイーズだ。成人しても子供の作り方を知らないような頼りない女性、一人では何もできない女性として描かれていた彼女が、物語中盤で大きく事態を動かす。その理由が、自分のためではなく、登場人物の誰よりも人道的で崇高な思いに基づいている。
 それに、ジェインは感銘を受ける。自分でもはっきりしなかった「怒り」を、ルイーズが簡単な言葉で形にした。今までおどおどして人に隠れてばかりだった彼女が、一人で決断して一人で全てをひっくり返すような行動にでる。その姿に、ジェインの中に「仕事だから」ではなく「この人の力になりたいから」という新しい感情が生まれる。
 ジェインとアナも、ほんの少しではあるが、お互いの変化に感化されていく。凝り固まっていたものや、見ようとしなかったものに、向き合っていく。それは、社会の変化(平等や弱者の権利のために行われた、ラストシーンのパレードの様子)と呼応する
 変わっていけることは、強い。柔よく剛を制す、柳に雪折れなし。その強さを、女性たちの中に見た。

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